第156話 動じない少女は最強無敵
――――――ルイファーンとジャッカルが話をする2時間ほど前。
サーナスヴァルの牢獄からラッファージャの宮殿に連れてこられての翌早朝。この宮殿の主の、豪華な寝室でシャルーアは目を覚ました。
「……(そうでした、昨日連れてこられて)」
やたら広い上等なベッドは家にいた頃を思い出させる。隣には満足そうに惚けた寝顔を浮かべてるラッファージャがいた。
無理矢理連れてこられ、一晩楽しまれたシャルーアではあったが、彼女自身のラッファージャへの印象は意外と良かった。
かつて愛した男性。尽くして、そして捨てられた―――ヤーロッソにタイプが似ているのだ。
違うのは、ラッファージャの方が幾分か紳士的だったこと。
かつてはだんだんとエスカレートしていって、最後にはハードなあれこれを強要し尽くしてきたヤーロッソとは違い、彼はあくまでも一緒に遊ぶことを楽しんでいた。その差からある意味、シャルーアから見れば純粋・純情な男性のようにさえ感じる。
……もっとも、一通り " ありきたりな男女の交流 ” をし尽くした後、熱い夜の最後に何故か、黒いレザー製の衣装を付けさせられ、ムチでラッファージャを叩くという行為の追加をお願いされた時は、素直なシャルーアも行為の意味を謎に思って小首をかしげたものだが。
「……痕になってます。お薬をいただかないと」
ベッドの上で幸せそうな、子供に戻ったかのようなあどけない寝顔のラッファージャ。その背中や腹には、乞われたとはいえ彼女が打ったムチの痕がまざまざとついている。
それを見てシャルーアは、昨晩の疲れなどまるでないとばかりに軽やかにベッドから跳び降り、そのまま寝室を出た―――自分が黒いレザーの衣装を身に着けたままなのも構わずに。
「ぬおっ!? な、ななな??」
廊下を巡回していた早番の私兵はギョッとする。
「あ、お仕事中にすみません。傷のお薬などをいただきたいのですが……」
扇情的かつ大胆な服装の少女がその姿に似合わない、トテトテトテとした可愛らしい走り方で駆け寄ってくる。
少女が昨日、ラッファージャが連れ込んだ者なのは分かっていたが、一体昨晩は何をしていたのか? 雇用主の趣味を勘繰らざるをえないその恰好に、彼は思わず視線を明後日の方向へとそらした。
「え、あ……き、傷薬ですか? どこか怪我でも?」
何故か半端に言葉遣いが丁寧になってしまう。少女はあどけなくも可愛らしいのだが、服の力なのか妙な迫力を感じてつい臆してしまう。
「いえ私ではありません。あの男性が昨晩……いえ、私のせいなのですが、お願いされたとはいえ、少し強く打ち過ぎてしまったようです」
「(いったい何を!? ってか、ラッファージャの野郎は何させてんだよ!!)」
私兵が驚くのは無理もないことだった。
連れ込んだ女とラッファージャがお楽しみな夜は、もう何も感じないくらいに慣れきった出来事。
しかし今までは、普通に男女の一夜でしかなかった。
翌朝、女がシクシク泣くという事はあってもそれ以上のことがあった事はない。
ラッファージャにしても女の扱いが悪い男ではない。むしろ連れてこられた女達はその後、ここでの悠々とした生活に馴染んで、中には本気でラッファージャの妻の座を望む者すらいるほどだ。
連れて来る手法に問題アリとはいえ、連れ込んだ後はむしろ金持ちとして上位の庇護者の甲斐性はちゃんと見せる男―――それが、立場逆転で女に刺激的に組み伏せられるような趣味があったとは、雇われとはいえ長年仕えてきた私兵の男にとっては衝撃的な事実だった。
「あ、あー……あれだ、うん。侍医がいるからそこで傷薬を貰うといい。とりあえず案内しよう、ついてくるんだ」
「はい、わかりました。お仕事の最中、お手数おかけしますがよろしくお願い致します」
そう言ってペコリンと礼儀正しく頭を下げる少女に、私兵はどうにも調子が狂いつつも、少女を医者のところへと案内した。
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「はっはっは、あのお坊ちゃんはなーにやっとるんだか」
宮殿内の医療室。ここには金で雇われた侍医が常時、複数人務めている。
ラッファージャはもとより、連れてこられた女性達や同じく雇われ者の私兵たちの怪我や病気に対処していた。
シャルーア達を出迎えたのは老齢の白衣をつけた男性、ただ一人だけ。
「朝早くからすまない。先生がいてくれて助かった」
「なーに、老いぼれの朝は早いからな。大金もらっとるし、何より朝メシまで暇しとったからちょーどええわい。カッカッ♪」
シャルーアの恰好を見て、話を聞いた彼は、非常に面白いことを聞かせてもらったと上機嫌に笑い飛ばした。
「……にしても、あのボンボン野郎がそこまでやらせるなど珍しいのお。普通にアレの相手をするにも、並みの女子にはキツいはずじゃが。お嬢ちゃんは大丈夫かの?」
これまで連れてこられた女性達は、ラッファージャの相手をしきれなかった。どうしようもない放蕩男ながら見た目以上に剛健な体力の持ち主……敵うはずもない。
なので女性達は翌日、必ず青い顔しながらこの医療室に来るのが通例だった。
ところがそんな女性達と違ってシャルーアはケロッとしている。しかもやってきた理由が自分の身体の心配ではなく、あのラッファージャを傷つけたから薬をくれというのだから、老医師は愉快でたまらない。
「はい、私は問題ありません。それほど大変なことは何もありませんでしたので」
本当に平然としたまま、そう答える。そこに我慢や耐え忍ぶ様子も、涙を堪えるような素振りもない。
本当に言葉通り、彼女にとっては何んてことのない夜だったのだろう。
老医師は大きく噴き出して腹をかかえて笑い出し、私兵の男は化け物でも見るかのような驚き顔でシャルーアを眺めていた。




