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焦がれる刀のシャルーア  作者: ろーくん
変化に巡る思惑

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第15話 ターリクィン皇国の嫋やかなる貴婦人


――――――ファルマズィ王国より遥か北方、欧域(エウロパ)文化圏に位置するターリクィン皇国。


 オーケストラが奏でるBGMの中、絢爛(けんらん)なるパーティー会場で貴族の男女が会話に、飲食に、踊りにと、それぞれ興じていた。




「い…一曲、お相手願いますか淑女(レディ)?」

 まだ社交界の経験が浅いのだろう。声をかけてきたのは10代の初々しさが抜けきらない貴族の若者だ。


 彼女(・・)は微笑をたたえながら彼の求めに快く応じた。






「ほぉ…」

「なんと美麗で可憐な…」


 曲に合わせて流れるように踊る二人。

 近くにいる誰もが彼女から目が離せない。彼女一人がダンスフロアを舞う女神のよう。


 美しい色の金髪。

 肩口までにまとめられ……しかし一束だけ長く結わいて後ろに流したそれがアクセントとなって、ただでさえ美しい姿に一層の魅力持たせている。


「くうう、また彼女がっ」

「あの美貌は反則ですわ…」


 瑞々しい白肌の艶は、その色輝きだけで女には嫉妬を、男には垂涎をもたらした。



「む? 彼女…コルセットを着けていない、だと?」

「素のままであのスタイルの良さとは驚きだな」


 いったいどこに内臓が収まっているのか不思議なほど細くクビレある腰。

 全体的に華奢と言える身体なれど、その胸とお尻は素晴らしいボリュームとラインを有している。


 そんな彼女の美貌を、ドレスの煌びやかさがなおも際立たせていた。


 背中が大きく開き、お尻の上部が少し見えている。胸元は限界まで覆いを減らし、指をかけて下に軽く引くだけでそのたわわな実りが飛び出しそう。

 長いスカートは床を擦る。

 だが黒を基調として紫のラインと宝石の屑をちりばめたソレは、彼女がステップを踏んで移動するたびに夜の星空が川を描き、本当に流れているかのような美しさを見せていた。




 ……そんな彼女に人々が目を奪われている間にも曲は終わった。


「クス……。ではご縁がありましたらまた踊りましょう~、ごきげんよう~」

 恭しく挨拶を済ませ、その場より下がる彼女。相手をつとめた若者はいまだ夢見心地で呆けていた。



「お次は、(わたくし)めと一曲いかがですかな、ローディクス夫人(・・)?」

「あらぁ、これはヘンドリクス少将閣下。お誘いとても光栄ですわぁ」



 彼女の名はアンネス=リンド=ローディクス。

 ターリクィン皇国皇帝の相談役たる長老公、ローディクス卿の妻である。

 年の頃は22歳。夫とは実に48歳差。


「(…まったく信じられぬ。これほどの美姫をあの老公はいずこより(めと)られたというのか?)」

 軍人として歴戦のヘンドリクスは、その体格たるや立派であり、長身骨太で雄々しい。



 そんな彼も男である。身長差ゆえにどうしても彼女の開いた胸元を見下ろてしまう。


 ハイアングルからの景色に、何も身に着けていない全裸の美女と踊っているような錯覚を覚え、つい生唾を飲んでしまった。


 そんな男の機微を彼女が気づかないはずもなく…


「はぁうっ!?」

「…お声をお鎮めに…。いかがでしょう~、今宵はもっと素敵な夜を私と共に…?」

 踊りの最中、誰の目にもつかない死角で、ここぞとばかりにヘンドリクスは股間をさすられる。

 誤魔化しのきかない山の隆起……彼女の誘いを断りきれない。そして曲が終わると、二人は当然の如く会場より中座して、その姿を消していた。




―――――――翌日、日も高く上った昼食時。


 一台の馬車がローディクス邸に到着した。


「お母様、おかえりなさいませ!」

「おかあしゃま、おかえりなしゃいませー」

 居並ぶ家人達をかきわけ、元気いっぱいに飛び出してくる子供達を、馬車から降り立ったアンネスは全身で受け止める。


「ただいま帰りましたよぉ~、お二人ともいい子にしていましたかぁ?」

「はいっ、もちろんです!」

「うんっ…じゃないくて、ええとぉ、はーいっ!!」

 アンネスはニッコリと微笑む。それは母の温かさを辺りに放ち、家人達の心はホッコリとしたものに包まれた。


「おかえり、アンネスや」

「ただいま戻りましたわぁ、旦那様。遅くなって申し訳ございません~」

 今年で齢70歳となるローディクス卿が彼女の夫である。


 ニッコリと穏やかな笑顔で(たお)やかなる妻を迎える彼は、アンネスにとって愛する夫であり、大切な恩人でもあった。





 ……かつて、アンネスはアサマラ共和国の兵産院にいた。


 かの地よりの脱出―――それも自分が産んだ幼子を連れての脱走と逃亡は、当時14歳(・・・)の少女であったアンネスには数々の偶然に恵まれての奇跡の出来事だった。


 生れてこのかた、まともな教育など受けていなかった彼女は、アサマラ共和国から逃げようと単純にただひたすら北へと歩いた。

 3歳の我が子の手を引き、腹に4ヵ月目の子を抱え、過酷な逃亡の旅の最中、彼女が願ってやまなかったこと――――神様、どうかまだ私達を助けないで(・・・・・)


 より遠くでなければまだ危険で安心できないと思ったからだ。


 ボロボロの酷い恰好に膨らんだお腹、乱した髪で幼子を連れた風貌。幾度も哀れんだ大人が手を差し伸べんとしたが、彼女はそれを振りほどいて進んだ。


 ダメ、もっともっと遠くへ………


 そしてお腹が大きくなり、ついぞ動けなくなった……そんな時だ。

 通りがかったローディクス卿の、宰相引退の華々しい大行列(パレード)に手を差し伸べられたのは。




 助けられたアンネスが望んだのは、彼の養子になる事ではなく妻になる事だった。父親の違う二人の我が子の、絶対的な安全と未来を確保するためである。


 ローディクスは、アンネスの子らへの愛を理解し、彼女の望みに応えた。

 そしてその身がアサマラ共和国での日々によって、快楽依存症にされていた事も、老いたローディクスではそんな彼女を満たせないであろう事も全て受け入れ、早くに失った妻の後妻として正式に彼女を迎えた。


 彼女は昨日、父親の違う3つ目の新しい命を昨夜その腹に宿して、愛しい家族の待つ家へと帰ってきた。

 ――――不義ではない。それが今のローディクス家を切り盛りする夫婦の在り方であった。







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