第136話 一処に長居すべからず
アーミーリザードを撃退し、リュッグ達は一切の損失なくエッシナへと荷物を運び入れた。
「本当に助かったよ。定期補給の隊が襲われ、アーミーリザード発生の報は届いていたが、対処のための戦力を出しづらくてね」
レイトラン指揮官は心の底からリュッグ達を歓迎する。軍の補給としてはまるで足りないが、少量でも届いた事とアーミーリザード撃退の吉報は、国境を睨み続けなければいけない彼らにはことのほか大きかった。
「国境の状況は、芳しくないと?」
「今もアルマンディンが一隊を率いてギリギリの位置で構えています。やはりと言うか、当然というべきか―――ケイル側は、魔物の群れを統制できているわけではなかったようで、国境を越えた先で相当な戦闘を繰り広げているのですが、魔物の一部がこちらにも時折流れてくるのですよ」
まだ群れを成してじっとこちらを伺っていてくれた時の方が、ある種の安定感があった。
しかし今は魔物の群れは完全に暴走状態にあって、その8割ほどはケイル王国軍と日夜激戦を繰り広げているものの、群れから離れた少数がパラパラとこちらにやってくるようになり、エッシナに駐留中の彼らは以前以上に頻繁な出動を強いられていた。
「当分は不安定な状況が続くと……なかなかに大変そうですね」
「いえ、やってくる魔物は少数ですから。一度にそれなりの数がまとまって来られるのでなければさほどでも……地方警備に毛が生えた程度ですよ」
それでも補給が滞るのは苦しい。しかし直近の脅威だったアーミーリザードは排除された。
大きな問題が一つ解消されたからか、レイトランの表情は明るかった。
「では、我々は戻ります、ご武運お祈りします」
届けて早々、リュッグはレックスーラへと引き返す選択を取った。ムーとナーは少し休みたいと言ったが、二人を空いた馬車の荷台に押し込んで、見送りの兵士に手を振りながら、さっさとエッシナを後にする。
「……何かあるのか、リュッグ殿?」
兵士に声が届かない距離まで来たところで、ゴウが訝し気に聞いてきた。
「エッシナには長居しない方がいい、その根拠はカン」
「カンか」
「カンです」
ゴウも軍人だ。戦場においては理論理屈だけではやっていけない不可思議さというものがあると理解している。
虫の知らせ、胸騒ぎ、妙な悪寒―――様々に言い表されるそれらに従うことは、実は結構な確率でその後の正解の行動に繋がりやすい。
「ならば仕方あるまい。それで、レックスーラに戻った後は?」
レックスーラの町もエッシナに近い。エッシナで何かあるとしたら、レックスーラに滞在していては、その何かに巻き込まれる可能性もある。
「一度、ジューバへ戻りましょう。その後の行き先は……また改めて考えたい」
ジューバの町はファルマズィ=ヴァ=ハール北端地域において、どこに向かうにしても丁度良い位置にあり、街道も各方面に通っている。
南に下るにしろ同地域内で継続して活動するにしろ、とりあえず腰を据えて方針を考えるには良い町だ。
発展しているので、身動きが取りづらい場合でも長期滞在がしやすいのも大きい。
「(ヨゥイの出現状況にも左右される。今回は何とかなったが……)」
魔物の活性化は昨日今日の話ではない。当然、王国もその対応に追われているし、実際に王国から傭兵ギルドに圧がかかって、難儀な魔物の討伐案件も増えている。
そんな中、補給部隊という軍の生命線が道中、魔物にやられているという現実。
つまりは現状の危機に国の対応が追い付いていないということ。
国家の最大戦力、それを維持して支えなくてはならない所に支障が出ているようでは、ファルマズィ国内の治安状況は、悪くはなっても改善は今しばらくは見込めないだろう。
「……。……王都方面へ足をのばすのも手か……」
必然、国家の中枢に近いほど、治安維持に国力が割かれているはずで、安全性が増す―――ものと信じたい。
シャルーアを抱えるリュッグとしては、なるべく危険は避けるべきだというのが基本スタンスだ。その方針に従うなら王都方面に向かうのも一つの選択肢だなと思いつつ、リュッグは馬車の手綱を振るった。
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そしておよそ半日後。
ジューバとレックスーラの中間ほどの、周囲が岩石地帯になってる場所で、彼らは野宿の準備に取り掛かり始めた。
「あー、疲れたー! ……今日はいっぱい働いたねー、お姉ちゃん」
「行きはよいよい……帰り、ヨゥイ、多かった」
まるでリュッグ達の行く手を阻むように、いずれも律儀に正面から襲い掛かってきた魔物達。その遭遇率は、ナーダやミルス達を伴っていた行きとは比べ物にならないほど頻繁だった。
「どうにも街道沿いにて待ち構えていたように思えるが……」
魔物にそんな知恵があるものなのかと、疑うようにゴウがアゴに手をあてた。
「おそらく、誰かやられたんだろうな」
「? どういう事ですか、リュッグ様??」
テントをバサバサと振りながら広げていたシャルーアも首をかしげる。
「ヨゥイの餌食になってしまった人間が出た場合、その匂いなりをかぎつけて他のヨゥイが集まることがある。その中で多少頭のいいヤツなんかは、人間の通り道を学習することがあるんだ。もっとも、そうだとしたらかなり面倒な事になるからな、勘弁してほしいんだが」
知能の高さはイコール、そのまま魔物の手強さに直結する。
何も考えず本能のままに襲い掛かってくれる方が遥かに楽だ。人間の知恵という武器が通用するのだから。
しかし魔物が賢ければ賢いほど、その知恵が通じにくくなる。基本、身体能力で劣る人間の専売特許が使えないのは、相当にヤバイことだ。
『グブブブ……グフッグフッ……』
そして、そんな知恵ある魔物の1体が、ちょうど陽の沈んだばかりの空を背にして、テーブル状の岩の上から野営の準備を進めているリュッグ達を眺めていた。




