第128話 責任は罠張りし者に願う
馬車が逃げ惑っている。
街道に戻ったりそれたりしながら、とにかく魔物の群れから逃れようと一心不乱に走っている―――その報告を受けた時、彼は眉をひそめた。
「魔物どもめ、完全にその馬車に目がいっているというのか」
当初想定していたパターンのどれにも当てはまらない事態。
ケイル王国軍の将、バルーサは頭が痛いとばかりに額を抑える。
「いかがいたしましょう? これでは魔物どもがファルマズィに向かいませぬ。いえ、向かったとしてもまとまり悪くては、有意な成果にはつながらないかと」
「分かっている。最悪、監視部隊を贄にすることも構わんと思っていたが、状況が一変しすぎた。まさかまだ街道を往来する人間がいるとは思ってもいなかったが、想定していなかった我らが甘かったのだろう」
だが、それ以上にバルーサには頭にきていることがあった。それはローブの男が、自分達に魔物を制御する術を伝えなかったことだ。
『過ぎたものを持ちたがるのは子供だけだ、欲の深さは愚かしいほどの罪だよ』
魔物を国境に配し、ファルマズィ側にその意識を向けさせた後、ローブの男はいずこともなく消え去った。
「(何が欲深さは罪だ、偉そうに。我らが魔物を自在に操れていたなら、このように時間も苦労もせずにことを進められたはずだというのに!)」
憤りのままに机を叩きたいがそれもかなわない。
最近手に入れたエウロパ圏のフルプレートアーマーが採寸ミスで、関節の可動部の位置がズレやすく、彼の身体の動きをたびたび阻害してくるからだ。
「……魔物に追われている民間人の馬車とやらはどのような状況か?」
「はっ、群れに捕まるかどうかのところをギリギリで逃げ回っている様子。ですが、さすがにあの群れに追い回されては、逃走の経路取りがままならぬようで、かなり右往左往しているようです」
ハッキリと言ってしまえば、この地域を完全封鎖しなかったのが一番ダメだった。往来する人間なんてもはやいないだろうと高をくくっていたのが過ちだ。
「……よし、遺憾だが今回の作戦を放棄する。ここで民間人を見捨てては、それこそケイル王国軍の名に傷がつく」
「では、魔物の群れを蹴散らすので?」
「それしかあるまい。幸い、この本隊には3000の兵力がある。群れといえどせいぜい数百そこいらの魔物に遅れを取るはずもない。監視の部隊を拾いて、そのまま殲滅に向かう」
そうすればあたかも魔物が国境に居座っている報告を受けて、それを討伐するためにやってきた軍とすることができる。
ファルマズィとの間に外交的な問題も残らないし、民間人を魔物の群れから救ったとなれば内外への覚えも良くなるはずだと、バルーサは頭の中で算段をつけた。
「では、すぐに出陣の準備を整えさせます」
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バカラバカラッ!
ドドドドドドドッ!
懸命に走り続ける馬の蹄。地面を揺らしながらうごめく魔物の群れ。
ターンターンッ! ジャキッ……タターンッ!
鳴り響く銃声。1匹、また1匹と群れから脱落してゆく魔物。
「……さすが、多い……キリ、ない」
ムーがむずがる。走り続ける不安定な馬車の荷台からの射撃は、1発1発にかなりの神経を使う。隣のナーもかなり深い息を吐きながら、一度照準器から目を離した。
「お姉ちゃん、何匹くらいヤったー?」
「……40……ナーは?」
「さっきので37。合わせて80くらいやっつけてるはずなんだけどねー、おかしくない?」
その計算に間違いなければ、当初の群れの半数かそれ以上を仕留めているはずなのだ。ところがパッと見、追いかけてくる魔物達の群れは、まるで数が減っていないように見える。
「まさか奴ら、どこからともなく増えているとでもいうのか?」
次の弾と火薬を手渡しながら、ゴウも睨むように魔物の群れを見る。足の速いモノから削いでいってるので馬車が追いつかれることはないだろうが、あまりにも敵の減らなさっぷりが不気味だった。
「馬の体力が尽きるとヤバいな。そろそろファルマズィ領内に引き返したいところだが……アルマンディンさんっ、ケイル側の動きは!?」
「来たよっ、監視の部隊じゃない。その奥の方から砂塵が上がってる……本隊だ。おそらく数千ってとこじゃないかなっ」
単騎で小回りのきくアルマンディンが偵察から戻ってきて馬車に並走すると、御者台のリュッグに伝えてくる。
ようやく引きずり出せた。あとはこのヨゥイの群れをケイルの軍隊になすりつければいい。
「(とはいえだ、どうするか……俺達が接触するのは避けたい。向こうからしたら、民間人を救出・保護する名目を掲げる可能性が高いから、接触されたらファルマズィに戻れなくなる)」
このヨゥイの群れがケイル側の策だったなら当然、巻き込まれたとはいえ民間人でもそのまま他国に帰そうとは思わないだろう。
最悪だと、保護しておいて後で口封じ―――なんてパターンもありえる。一番安全に乗り切るには、向こうに存在を認識してもらった上で、近づかれる前に撤退することだ。
「……よし。アルマンディンさんっ、タイミングを見てケイルの軍隊のいる方に走ってくれ! それで途中、コイツを撒いて欲しい! シャルーア、そこの黒い皮袋!!」
「! はいっ、これですね!? アルマンディン様、どうぞっ」
「おお、サンキュウっ……中は液体か? コイツを道中に撒けばいいんだな!?」
それは特殊な臭いを発する水。
うまく行けば、群れの中のヨゥイのいくらかは反応してそちらに向かい出す。誘導を目的とした特殊溶液だ。
「ああ、軍に視認されない距離まででいいっ、撒きおえた後は撤収してくれて結構だっ、エッシナで落ち合おう!」
要するに仕掛けを疑われないように、ということ。
この特殊液で行うのは、あくまでヨゥイの群れの進行方向をケイル軍に向けるだけ。きっちり導線を引いてやる必要はない―――何せこの付近にヨゥイが目をつける対象など、リュッグらとそのケイル王国軍しかいないのだから。
「よしっ。ゴウさん、ムー、ナー。攻撃はもういい! 出来るかぎりヨゥイを刺激しないようにしてくれ! 連中のいくらかがケイル軍の方に向かい始めたら一気に突き放して、迂回しながらファルマズィ側へ戻るぞっ」




