第118話 目覚める天舞の刃
『シャルーアちゃん、ソレを振るときは力まずに軽ぅく振るうんじゃよ』
『? 力も入れずに剣は振るえんぞ。ただでさえシャルーアは腕力がないのだぞ?』
『その “ ニホントウ ” はな、シャルーアちゃんの魂の武器に今までで一番近いデキじゃ。剣を振るうという感覚ではなく、シャルーアちゃんの身体の一部―――そうじゃのう、腕を振るようなものと思うのじゃ』
『腕を振る……ですか』
『そうそう、柔らか~く柔らか~くのう、このシャルーアちゃんのオッパイと同じように―――げべっ!』
『まったく、どうしようもないジジイだ。シャルーアもされ放題になってちゃダメだよ。こういうのはどこかでぶん殴るくらいしないと、際限なく調子にのるからね』
『いえ、私は嫌というわけではありませんし、構いませんが……。むしろこんなに良いモノを頂いてしまって、申し訳なく思うくらいです』
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シャルーアは思い出していた、マルサマに言われたことを。
「……」
しかし、それは記憶というよりも感覚に近いものだった。
あるいは自分の五感に、理解した要点をのせているとでも言えばいいのか……とにかく初めての感覚だった。
「ちくしょう、魔物が多すぎるぞい! ミルス殿、ナーダ殿、無事かー!!?」
スラーブの叫びに応える声はない。
あまりの魔物の多さに手いっぱいでそれどころじゃないか、もしくは……
「いかん、これはいかんぞ! 二人とも、ここは一旦退かねば全滅じゃ!!」
圧倒的な魔物の数。雑魚ばかりだが1匹倒す間に10匹は増えている、そんなデタラメな勢いで敵は増えていく。
文字通り波だ、打ち寄せる魔物の波に飲まれてしまう。
「ひぃいい、あ、足が…た、立ち上がれませんぅううっ!!」
「ええい、情けないっ。すまんがシャルーアちゃんや、その男に肩を貸して―――シャルーアちゃん??」
シャルーアはむしろ、自分にしがみついていたヘンラムを振りほどくように前へと踏み出した。
ごく自然体。その表情はいつもと変わらないが、視線はどこを見ているのか分からない、不思議な雰囲気を纏っている。
「な、なにをしとるんじゃ! 危ないからさがれ、さがらんかっ!」
懸命に魔物を抑えているスラーブも手いっぱいで、ゆっくりと近づいてくる彼女を声以外で制止することができない。
するとシャルーアは、スラーブの4~5歩ほど後で足を止め、左手に持った刀剣をゆっくりとした動作で自分の左側に掲げた。そして右手で柄を掴むと、縦にしていた剣を斜めに、そして引き抜いていくと同時に横へと傾けゆく。
「(な、なんじゃあ?? 剣を鞘から抜くというよりはまるで、舞でも始めようとしとるような―――)―――って、そんな事考えとる暇もっ……やめい、シャルーアちゃんにはまだコイツらの相手をするには早よすぎる!! 逃げろ、逃げるんじゃあっ」
スラーブも、リュッグからシャルーアの腕のほどは聞いている。今回シャルーアは、あくまで調査要員の一人で、戦闘要員ではない。
いくら雑魚といっても、ミルスやナーダですら苦戦極めているこの状況では、彼女など戦力にはならない。死ぬだけだ。
しかしシャルーアは抜いた。自分の頭上で鞘と刀を離す。
持ち上げるのですら苦労するほどひ弱な腕力しかない少女。なのに、ゆっくりとしながらも鞘と刀を持つその両腕は、一切震えていない。
「……」
フゥォウッ
不意に、シャルーアの髪が靡いた。まるで風が吹き上げたように。
「ぬっ!?? あ、熱っ……な、なんじゃあ??!」
「こ、この熱風は、何が…起こってるんですうぅう!?」
直後、すぐ近くにいる二人に、熱を帯びた衝撃がかかる。
しかしシャルーアは意に介さず、平然としたまま。そして―――
チャリ……
彼女の胸部とスカート部、それぞれの布を繋ぐリングが、腰巻きの柔金に当たって、ごく小さな音を立てるのを合図に、シャルーアは動き出した。
「ぬなぁっ!? ば、馬鹿なっ、いかーーーん!!!」
スラーブの叫びもむなしく、シャルーアは彼を越えて飛び出し、魔物達の渦巻く中へとその身を投じる。
当然、有象無象が一瞬で少女の身体に取りついた―――刹那
『!?』『ギャワッ!!』『ギュイイッ!!!!』
張り裂けた。
確かに、その全身を余すことなく埋め尽くす量の魔物が飛び掛かり、牙を、爪を、拳を、蹴りを、尻尾を……彼女の肉に伸ばした。
しかし、それらが触れた瞬間、ジュオッという音と共に魔物の身が裂けて四散したのだ。
「………」
シャルーアは、自分が何をしたのか、あるいは今自分がどこにいるのかさえ分かっていないような、あるいは魔物など何も見えていないようでさえあった。
冷たく硬い地面を蹴る。まるで舞うように跳ね、回り、振るう。
持ち上げるのも困難な重いはずの刀が、羽のように空を薙ぎ、フワリと動く刃に触れた魔物は裂け散っていく。
砕けた肉は一瞬の炎を纏い、花びらのような美しい煌めきと共に消滅してゆく。
「………」
無言。両目は開いている。だが、黄金色に輝いているように見える瞳。
とても戦っているようには見えない。それは舞踊だ、それも神秘的な。
シャルーアの目には、本当に魔物が見えていないのかもしれない。いや、あるいは魔物達の存在は、舞踊の移動すべき先の目印くらいにしか、感じていないのかもしれない。
まるで辿るように、すすんで魔物達の群中に跳び込む。その数秒後には魔物は蹴散らされ、空間が開ける。それが繰り返されてゆく。
バァンッ! ジュバァッ! ブジュウゥ!
「!? な、なんだい、魔物が急に消えて……シャルーア!?」
魔物にまとわりつかれ、全身よくわからない汚れに塗れたナーダが現れる。
ドジュウウッ! ボフッ! ブバァッ!
「う、ぬ!? こ、これは一体、どうなっておるのだ??」
同じく消滅した魔物達の中からミルスも現れた。
自身を埋め尽くさんばかりの魔物が突然消え、2度ほど攻撃を空振った後、ようやく周囲にいた魔物が倒されたことを理解する。
「……」
タンッ
無言のまま跳ぶ。今までよりも高く。
あくまでも優雅かつ滑らかに、身体を、腰を、背筋を、首を、頭を、両脚を、両腕を、両手首を―――それぞれ美麗に動かす。
――――――サ……ン……ッ
刀の軌跡が走った。あくまでも舞踊のラストモーションでしかないその動き。敵を斬るために振るわれたのではなく、刀を振るった場所に敵がいただけ。
巨大な塊の、中心ではない右下に少しズレた場所に、輝く刃が走り抜けた。
瞬間、巨大な塊は収縮し始め、そしてドロドロと溶けるようにその場に崩れだす。
『ギュアオオオオ!!』『ヒギイイイイッ!!』『ゴァアアアァッ!』
魔物達の断末魔。しかし全滅とまではいかない。
弱っていたものは巨大な塊が沈黙すると共に動かなくなって、あるいは消滅していくが、元気だった個体はまだ戦闘意欲を保つように踏ん張り残っていた。
だが、シャルーアは最後の着地をしたと同時に刀を落とす。限界らしく、小刻みに手足が痙攣している。
「! まだ安心できなさそうだね!」
それを見て、ナーダがすかさず動いた。
「むうっ、何が何やらだがっ!!」
ミルスも僅かに遅れて動き出す。
圧倒的に減った敵の数―――こうなったら、もう勝負は決したも同然で、これまでのお返しとばかりに、シャルーアを軸にして二人は暴れ回った。




