第11話 ジウ王国の視線
縦に長い領土を構える王国、ファルマズィ=ヴァ=ハール。
シャルーアが生まれ育ったのはこの国の最北地域にいくつか点在する中小規模の町の一つ、スルナ・フィ・アイアである。
当然、地理的に見ても他国との境に近い場所なのだが、不思議な事に付近の国境には関所も砦もなく、軍事的な拠点というものがまるで存在していない。
―――――その東隣国、ジウ=メッジーサでは、にわかに不穏な動きが起こりはじめていた。
「…ファルマズィに異変ありとの報告を先ほど受けた」
豪華な絨毯の上、長方形の低い机を囲んで、四方のソファに腰かける面々は、王のその一言にざわつく。
「王よ、その異変とはもしや…」
老齢で骨と皮だけになりつつある細身の、しかして生気が強く若者よりも鋭い眼光を、布の多いかぶりものの下より覗かせている大臣らしき男性。
その問いに、王は静かに頷いた。
「仔細はまだわからぬが、ファルマズィの “ 御守り ” に何がしか問題が生じたようだ。…これをどう見るべきか? 皆の意見を聞きたい」
ジウ王は40代半ばを過ぎてはいるものの、気骨溢れる若々しい王だ。褐色の肌と対比するように見目好く開いた明るい色の瞳は、その視線を突き刺した者の真を問うとさえ言われる。
小者は萎縮して何も言えなくなるが、この場にいる臣下は皆、そんな王に認められた者ばかり。むしろぜひに自分の意見をお聞きいただきたいと自信に満ちた様子で我も我もと口を開く―――
「隙が出来たと見るべきでしょう。なれど慎重に…準備だけはすぐにでも進め始めるべきかと!」
「いや、誘いやもしれんぞ? その準備とて事が空振りに終われば不必要な出費となり、我が国の損失となろう」
「現時点ではご両者のおっしゃる可能性はどちらもあるでしょうな。しかし私は、ファルマズィの一時的なミスではないかと判断いたしまする。冷静に情報収集に終始すべきでしょう。何がしかの可能性と決めつけるは時期尚早ではないかと」
「かといって千載一遇の好機でないとも言えまい? その情報収集とやら、早急に行うは良いが…やはりしかるべき準備を進める方向にすべきぞ」
「現状では情報が少なすぎる。情報収集には賛成だ、しかし我が国とて内に余裕があるタイミングではない…動くのであれば確実という保障が欲しい」
「余力があろうともそのような保障は出来ますまい。いかな事態にもなりうるものですからな。私めもこの好機、逃さぬ方に舵を取るべきと考える」
「だが無い金を搾りだせんのも事実。鉄塊を拳で打つ――怪我するのみ――だけにならぬと言い切れるのであれば賛成したいのは山々だが…」
―――臣下同士が意見を言い合う様子を、ジウ王は満足そうに眺めていた。それは彼にとって理想の政治の在り方であり、満足いく光景である。
「(ふむ、ある程度はまとまっているな。基本は積極的に行くべきというスタンスではあるが、内外双方にて不安は残っている…といったところか)」
会話の要点から臣下全体の意志を解し、王は自身の意見と頭の中ですり合わせる。
国内や周辺国の情報などを随所に添えながら、王として確固たる判断へと磨きあげ確立するべく、思考を巡らせた。
「…王は、どのようにお考えでしょうか?」
臣下の中でも特に歴の長い者はよく心得ている。王が考えをまとめ上げるまでは自分達だけで話をし、それを判断の材料として無言の内に捧げるのが自分達の役目だと理解してる。
そして、王が意を決する頃合いを見て問いかけるのだ。
ジウ王は思わず笑みをこぼした。自慢の臣下たちは今日も良い働きをしてくれると。
きっと明日も、明後日も期待に応えてくれるに違いないと信を深めながら、彼は口を開いた。
「軍を進める事を前提としつつ調査の手を増やせ。軍部にはある程度の戦力をまとめておくよう伝えよ、いつでも動かす事のできる部隊を常時維持させておくのだ」
「「「ははっ!」」」
ジウ王の下した決断――――それは戦争。それも他国への侵攻だ。
もっとも現時点でそれは確定ではなく、あくまでも方針である。
「まずは情報が全てだ。魔物による事件が増加する昨今、我が国とて多くの戦力をそう易々と割けるほど余裕はない。些細な事でも良い、多くを知り集めるための力を注ぐよう徹底せよ」
王の堂々たる態度に、臣下の誰もが自信を深めた。我が国の勝利はきっと揺るぎないものとなるであろう…と。




