第106話 巡りて帰ってきた町
ラクダが頑張ってくれたおかげで、リュッグ達はわずか3時間足らずでアイアオネの町に到着することが出来た。
本来、ラクダは時速12~15kmのペースで歩き、走れば時速60km以上の速度も出せる。
だがそれは最低限の負担(人間1人乗せる程度)での話であって、人間3名と荷物を載せた荷台を引き、途中で休憩や戦闘を挟んだことを考えれば、およそ50kmの道のりを3時間で踏破したのは相当だ。
リュッグは出発前、9時間はかかると想定していたので、驚きを隠せなかった。
「ラクダさん。とても頑張ってくださって、ありがとうございます」
シャルーアが首から顔を優しく撫でると、ラクダはフンッと強く鼻息を吹いて、ドヤ顔っぽい表情を作る。
しかし直後には彼女に甘えるように頭を寄せ、胸元に鼻先を突っ込むと、そこから首筋を駆けあがるようにして何度も顔を擦りつけてきた。
「動物に好かれる才能があるのか、はたまたあのラクダがスケベなだけか……ま、長旅にならずに済んだご褒美かね」
町の入り口に立つ衛士にラクダ車の係留と町に入るための手続きをしているリュッグに、ナーダは暇を持てあましたとばかりに話しかける。
「ああ、正直こんなに早く移動できるとは思わなかったよ。道中もっとヨゥイに出くわすと思ったんだが、予想以上に安全に来れた」
あるいはあのリビングアーマーのおかげかもしれない。
魔物達は同じ種ならまだしも、異なる種はまったくの別生物―――つまり魔物にとっても他の強力な魔物は、脅威の対象となる。
なので危険な一個体が出現し、長期間同じ場所に居座った場合、他の魔物達は怖れをなして辺りから遠ざかったり隠れたり、慎重になったりする。
皮肉なことだが、ジューバの町の周りをリビングアーマーがウロウロしたおかげで、周辺地域にいる魔物達が活動を弱めた可能性が高かった。
「それで、お目当ての鍛冶師ってのはどこにいるんだい? 中々込み入った町のようだけど」
シャルーアが繋いだラクダに水と餌をやるのを待っている間、ナーダは町そのものを品定めするように眺める。
その目は統治者のものになっていた。やはり一国の女王ゆえか、そういう視点をつい持って見てしまうのだろう。
「それは先に仕事を済ませてからだな。この町は色々な人間がいて、その一部には仲介を通さないと会えない奴もいるんだ」
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このアイアオネの町は知る人ぞ知る隠者の町である。
秘匿性の高さを好んで、訳あり者が大勢居を構えているが、彼らの事情や立場、理由はさまざまだ。たとえ何者であったとしても、一度アイアオネの町の住人となれば、決してそこに踏み込んではならないという暗黙のルールがある。
なので今日には、様々な人材が隠れ住む町となった。
「久しぶりだねぇ、元気そうじゃないか二人とも。……で、またぞろ美人を連れて、今度は何やらかしたんだいリュッグ?」
仕事の完遂報告のため久々に訪れたマレンドラの美容店。
相変わらずな店主にリュッグは軽く疲労感をにじませ、シャルーアはお久しぶりですと丁寧にお辞儀した。
(※「第03話 スッキリしました色々と」参照)
「客だよ、訳あり。|多くは聞かない方がいい《・・・・・・・・・・・》」
リュッグの言い回しに、マレンドラの眉がピクリと動いた。
傭兵ギルドのアイアオネ支部を担い、情報屋から仲介まで何でも行っている彼女の顔は広い。
そんな彼女に ” 多くは聞かない方がいい ” 相手がいるとしたら、それは国レベルの重鎮であり、踏み込み過ぎてはマレンドラといえど容易く潰し消される可能性を秘めている相手だということ。
逆に言えば、対応を間違えなければいいお客でもある。
「フッ、それで? 傭兵仕事の報告以外は何をご所望だい、またこの娘の髪を切りに来たってわけじゃないんだろう?」
「ああ、マルサマに仲介を頼む」
途端にマレンドラの顔が歪み、これでもかと皮肉たっぷりに嗤った。
「あのジジイ、最近モテ期かい? 別嬪な上客が続くじゃあないか、ハッハッハ――――大丈夫なのかい?」
途端に怪訝に豹変するマレンドラの言わんとしていることを、リュッグも十分に理解している。
「ああ、あのじいさんの事は前もってよく説明しておく。最悪、無礼の代償はじいさん一人の命で済むように抑えるさ」
「さっきの、無礼の代償とはどういう意味なのか?」
狭く入り組んだ路地を移動する中、ナーダの問いかけに対してリュッグは困ったように少し唸った。
「これから会いに行く鍛冶師は、まぁ……何というか、歳の割に好色なじいさんでな。シャルーアの刀を作ってもらっているんだが、進捗を聞きに行くたびに堂々とセクハラしてくる、相手が女性だとまったく憚らないようなじいさんなんだ」
それを聞いてナーダは納得した様子だ。
シャルーアもそうだが、ナーダもそれなりに露出の多い装いをしている。加えてそのスタイルの良さたるや究極といってもいいものだ。好色なマルサマが何もしようとしないはずがない。
そんな、相手が一切憚らずにセクハラするような男ならば、ナーダにも手を伸ばす可能性は非常に高いだろう。
しかしナーダは一国の王である身分だ。お忍び旅の最中とはいえ、その事実は変わらない。
無礼に対して権力を振るう事など容易い。
「フッ、心配するな。そこまで短慮ではない……むしろ―――」
リュッグとマレンドラの心配にを理解して不敵に笑みを浮かべた彼女。
だが、続く言葉は途絶えた。
ムニュウ。スリスリスリ……
「おっほぉおぉお、これはまた、たまらん脚しとるのぉ~っ♪」
いつの間にか後ろから自分の胸を掴み、すぐさま下に移動して太ももに頬ずりしている巨大な卵をナーダは、笑顔を浮かべたまま容赦なく蹴っ飛ばした。




