第96話 砂上に舞う黒
戦いとは、先手を取った側が有利なのは間違いない。そして、数で勝っているのも大きな有利となる。
しかし、その両方をもってしても、100%勝てると決まっているわけではない。それはナーダとてよく理解している事だった。
「(チッ、なんて動きをする奴だっ)」
決して油断などしないし緩みもしない。それでも圧倒的有利から始めたはずの戦闘は、自分達の有利をまるで感じさせてくれないものだった。
ナーダのシミターは正確かつ鋭く敵をとらえ、幾度となく隙をついた絶好のタイミングで斬りかかっている。
にも関わらず、いまだ1撃たりとて敵の身に届いていない。
「ナーダッ!」
ジャスミンが柄による強打を防がれた反動で身を捻り、槍先を敵の腹に向けて真っすぐに突き出す。
それに合わせ、ナーダもシミターの刃を敵の首を狩る角度で入れた。完璧な連携攻撃、しかも相手はジャスミンを弾き返すために金属クローを振るったばかりで身が硬直している―――今度こそ入った。と思っても……
シュヒュッ! ビュォッ!
槍もシミターも空振り。
バラギは上半身と下半身をそれぞれ逆方向に捻り、槍とシミターの攻撃の隙間を、縫うように回転してすり抜けた。
あり得ない身体の動きだ。もし人間が同じような動きをしようとしたなら、骨や筋肉、内臓をねじ切る覚悟と、実際に一瞬でねじ切れるほどのありえないバネの強さが必要。
ここまでの戦いでナーダもジャスミンも確信していた。
コイツは人間ではない、と。
「(アレのお仲間だとしたら、化け物なのは当然かっ)」
あの時の灰色のローブの奴は、間違いなく異形の化け物だった。
幼かったとはいえ、母の死様と共に刻まれた記憶は絶対に違えない。しかしアレの仲間にしては、目の前の暗い焦げ茶色のローブの男はかなり人間に近しい感じがする。
ローブの隙間から覗く身体の一部は100%人間の身体のソレだ。しかも金属のクローという作られた武器を用いている。あの時の化け物は、おかしな伸び方をしていたものの、自前の爪で戦っていた。
「(おかしい。あの化け物の時ほどプレッシャーを感じない……)」
確かに二人がかりで攻め立てても1撃すら攻撃が入らない以上、この敵は正しく強敵だ。
だが圧倒的ではない。人としてあり得ない動きをするとはいえ、総合的に見ればまだかろうじて人間の範囲での猛者、といったレベルに留まっているように思えた。
「フッ、どうした? そちらが攻めあぐねるようならこちらからゆくぞ?」
バラギが動く、向かったのはジャスミンの方。
「! こちらですか、願ってもないことですねっ」
しかしジャスミンは緊張していた。予備を持っていたからよかったとはいえ、一撃で槍の柄を寸断する相手。
しかも見るかぎり、敵の金属クローにはそれほど鋭利な刃はついていない。つまり、武器の切断力不足をカバーできるほど、攻撃の速度と精度に優れているのだ。
だがジャスミンの絶対的な使命はナーダを守ること。その意味では敵が自分に向かってきてくれるのは有難かった。
「ハッ!」
小さな気合いと共にバラギが連続で両の拳を突き出してくる。金属のクローが突き出されてくる乱打だが手数重視の分、警戒していた速度と攻撃の鋭さはイマイチ。
槍で受け流しても破壊される気配はない。
「(無駄な小手先の攻撃を。本命は―――)」
ごく一瞬だけバラギの肩越しにナーダを見るジャスミン。敵は思いっきりナーダに背を向けているが、二人を相手にしている事を忘れるなんて事は絶対にない。
彼女の目配せは “ 合わせてください ” + “ くれぐれもご注意を ” の意だ。
ナーダに背後から斬ってもらうため、ジャスミンは決定的な隙を敵に作らせるために、集中する。
「女にしては、いい腕だっ」
バラギがやや力を込めて放った、顔面に向けての金属クローの突きの1撃をのけ反りでかわす。
瞬間、敵の足元の砂が広がったのをジャスミンは目の端で捉えていた。
「(蹴り上げ!)」
左足が来る―――そう知覚すると同時に、ジャスミンは槍を持つ両手を上げる。上から敵を叩くための振り上げのような動作。しかしそれはフェイク。
ドゥッ!!
「くっ……うう!!」
右わき腹に鈍痛。衝撃で身体が左に吹っ飛ばされようとしている。
しかしジャスミンは歯を食いしばりながら、振り上げた槍の右だけを落として横から縦にし、素早く自分の脇腹との間で相手の蹴り足を挟んで固定した。
「っ! チィッ」
即座にジャスミンの意図に気付いたバラギ。ジャスミンの身体にかかる吹っ飛びの衝撃で固定された左足が引っ張られる。
背後のナーダから見れば、バラギは右足1本で立ってる状態から右の町の外壁へと向かって回転をはじめているという、至極不安定な体勢だ。
「ハァァァアッ!!!」
ナーダは利き手の右手ではなく、左手にシミターを持ち替え、回転するバラギの背中を狙い、真っすぐに切っ先を突き入れる!
ザクッ!
さすがのバラギも回転中の我が身に、別の動きを強制することは難しいらしく、刃の先端が5~10cmほど突き埋もれた。
「ぬぐっ、……おのれっ!」
蹴りがジャスミンにヒットした瞬間から僅か3秒に満たない間、二人は極限まで集中して最適解を導きだし、ようやくにしてバラギに1撃を見舞った。
刹那。
ギュンッ!! ギギャンッ!!
「!? くあっ!!」
「きゃあっ!!」
ナーダとジャスミンが吹っ飛ばされる。
ジャスミンはそのまま自分の左方向に舞って町の外壁にぶつかった。
ナーダは逆に砂漠の方。数メートル先で砂の上を転がりつつも着地し、すぐさま敵へと視線を戻す。
「(……その場で回転して我らを弾き飛ばしたというのか? バカな、まるで見えなかったぞ)」
バラギの足元の砂には綺麗な円が描かれていた。超高速回転の跡だ。
片脚1本で立っていた不安定な体勢から、どうやってそんな動きが出来る? それもナーダの目にも止まらないほどというのがありえなさすぎる。
「ハァハァハァ……。くっ……、やはり……まだ、全力は……キツい、か……ハァハァ、ハァ……」
とはいえバラギも相当に無理をしたらしく、かなり激しく息をついている。ポタポタと真っ赤な血を背中から流しており、それなりに深いダメージを負っているようだった。
「! ……ここまでだな。悪いが引かせてもらおう、さらばだ」
「ッ、逃がしはせぬ―――くっ」
逃げ出す敵を即座に追いかけようとするが、ナーダも吹っ飛ばされた時に足を痛めたらしく、走り出せなで膝をつく。
そうこうしている内にもバラギはその姿を消した。
入れ替わるようにして砂漠の方から気配が近づいてくる。
「二人ともー、大丈夫かーーー」
まだやや遠くながら聞こえてくる声―――リュッグ達が帰ってきたのだ。バラギが引いたのも彼らの接近に気付いたからだろう。
しかし情けない話だとナーダは思う。囮になってくれたというのに頼まれていた獲物を逃がしてしまった上、軽いとはいえ怪我まで負ってしまったのだから。




