五十三話 錯乱しました!
「聞いたぞマノア、せっかく薬飲んだのに床で寝たせいで体調崩したんだって?」
「その件はすみません…でも、明日にはよくなってると思うので。」
フォリスに結論を伝え、部屋にレーサさんを招き入れてもらった。
入ってきたレーサさんは病状が軽い事もあってかやや呆れ顔だった。面目ない。
「全く…その薬そんなに眠くなるのか?」
「はい、前回はそんなこと無かったんですけどね。
飲んだ途端に気絶でもするみたいに………」
……気絶するみたいに?
いや、比喩じゃなくて本当に気絶するみたいだったような…
それに、女の子になってたのは今日、更に言うなら薬を飲んで気絶した後目が覚めてからで…
………
「…………」
「どうしたんだ? 急に黙り込んで。」
「レーサさん。」
「なんだ?」
「昨日の薬って本当に疲労回復の薬だったんですか?」
「え? そうだけど…あ、そういや店員が変なこと言ってたな。ベッドの中で飲めとか、すぐ横になれるようにしろとか。前はそんなこと言ってなかった気がするんだけど」
「犯人は貴女だあああああああああああ!!」
ズビシっ! とレーサさんに指を突き付ける。
「えっ!? ちょっと待てマノア! オレが犯人って何のだ!? オレがなんかやったのか!?」
「ちょっと手を貸してください!」
「は? え? オレの手をどうする気だ? っていうか急にどうした?
…ってオイオイオイ! 何を触らせようとしてるんだ! ちょっとお前変……だ…ぞ?」
レーサさんの言葉が止まる。
流石に直接確認させれば信憑性も疑問もすっ飛ばして結論にたどり着くだろう。そして、それが大きな衝撃となっていることは彼女の顔を見れば明らかだった。
「………分かってくれましたか?」
「……………ちょっと見せてくれ。」
「…どうぞ。」
「…………………」
「……充分ですか?」
「ああ…
…なあ、お前…女だったのか?」
「今日なったんですよ! なんでフォリスと全く同じ反応するんですか!!」
落ち着きを取り戻したのは10分後だった。
…お互いに。僕も大分錯乱してた。
「悪いことしたな…
おかしいな、オレは確かに店員に疲労回復の薬を頼んだはずなのに。」
部屋にあった椅子に腰かけているレーサさんは、ベッドに横たわる僕を不思議そうに見下ろしていた。
分かってはいたけど確信犯ではないようだ。それだけは安心できた。
「お店側の手違いでしょうか? って言うか、なんでそんなものがお店に売ってるんですか。」
性別が変わる薬なんて聞いたことも無い。
世間話でも一度耳にすれば忘れることは無いだろう。特に僕は。
「さあ…?
オレが知ってるのは、その店がとある森の特殊な果実を調べてる研究所って事だけだ。」
特殊過ぎる。
どんな果物なんだろ? っていうか、そんなのが生えてる森って…行きたくないなぁ。
「次はあの店にどんなのがあるかちゃんと見てくるか…今回みたいな事故を防げるかもしれないからな。
いや、そこから買わないのが一番か?」
「でも、疲労回復の薬は本当に効いたんですよね…いくつか買っておきたいです。」
副作用はともかく、薬の効能は確かにあった。
多用は出来ないけどクタクタに疲れた日には是非使いたい。
「りょーかい。
じゃ、迷惑料代わりに買って来てやる。昨日の薬とセットでな。」
「え?」
「えもなにも、悪いのはその薬を持ってきたオレだろ?
慰謝料代わりに受け取っとけ。それとも、そのままの方が良いのか?」
「良くないです! お願いします!」
「よし、決まりだな。
とは言っても…その店結構遠くにあるから片道だけで3日くらいかかるんだけどな。わりーけどその間は待っててくれ。」
「はい、お薬お願いします。」
男に戻れると分かったならちょっとくらい待てる。とにかく、お願いしない理由は無い。
付いて行って最短で男に戻りたいけど、お店もあるし旅路は危険がいっぱいだ。レーサさんが居るとはいえ万が一のこともある。フォリスを一人残して、なんてことはごめんだ。
「じゃ、長居はできねーな。早速行ってくる。」
「はい! いってらっしゃい!」
こんなに早く男に戻る算段が付くなんて思ってなかったけど、本当に良かった。
若干渦巻いていた暗い感情も吹き飛び、この体でも頑張ろうと思えた。
「そっちが1番の料理でこれが2番ね!」
「うん! 4番は?」
「ちょっと待ってて!」
「分かった! じゃあ料理持って行くね!
あ、これ5番の注文票!」
「後で見ておくね!」
翌日になると体調はすっかり良くなっていた。
念のため昨日フォリスが話していたように僕は厨房を出ず、フォリスにウェイターをしてもらっている。お客さんに見破られて口止めをする前に言いふらされる、という危険も考えられるからだ。
よし、これで4番はオーケー。次は…
「先輩! セシカさんが来たよ!
元気になったか確認させてほしいだって!」
…一旦ストップかな。
セシカさんとは引きこもってから一度も会っていなかったので、心配するのも無理は無い。
ここは元気な姿を見せて安心してもらうのが一番だろう。
「…先輩、行くの?」
「もちろん。」
「良いけど…隠さなくていいの?」
「隠す? あ…」
仕事に夢中ですっかり忘れてた。
…まあ、セシカさんなら別に―――ちょっと待った。
『女の子になったの?
それなら女装とかそんなこと気にしないで、心おきなく可愛い格好が出来るわね。』
……言いそう。いや、絶対に言う。
それだけに収まらずに――
『女の子になったんだからちゃんと下着も女の子のものにしないと。』
セシカさんは結構スキンシップ多いから――
『一緒にお風呂入らない? 女の子同士だから良いでしょ?』
無理!
罪悪感とか羞恥心とかがすごいことになりそう。
…でもちょっと一緒に入ってみたいかも…
…じゃない! 今まで頑張ってきた僕の理性と忍耐が無駄になるじゃないか!
絶対にバレないようにしよう。それが最善だ。
「…隠す。」
「分かった。
昨日も言ったけど、幸い外見も声も変わってないからね。特にボロを出さなきゃバレないから安心して!」
「……うん。」
幸い…悲しい事にね…
せっかくだし最大限活用させてもらおうかぁ!




