四十二話 出掛けてました!
「「………」」
レストランシーサイドの前に立ち尽くす一人の貴族と執事。
店のドアには臨時休業を知らせる簡素な貼り紙がある。
「……どういうこと?」
「私に訊かれましても…」
2人は、働き者の店主が理由も事前告知も無しに休暇を取ったことが信じられなかった。
普段の彼を知る者なら誰しもがするであろう反応だ。
「それにしても、困ったわ…」
だからこそ、2人は今日も営業していると思って昼食を取りに来たのだが…していないのであればどうしようもない。
以前利用していたレストランまでは遠いし、この辺りの他の店は知らないので不安が残る。
昼食難民になりかけ、意を決してそこらの飲食店で済ませようかと考えていると。
「…お嬢様、あれはフォリス様ではありませんか?」
今から帰るところだろうか。執事はやや遠くに歩いているフォリスを見つけた。
「ああ、マノアが新しく雇ったって言う…そうだわ。」
おもむろにフォリスに近付くセシカ。すると彼女もセシカに気付いた。
「あ! こ、これはこれはセシカ様! 私めに一体何の用でしょうか!?」
「そう緊張しなくていいわ。言葉も楽にして良いから。
ちょっと話があるのだけど…今日、どうしてお休みなの?」
「そ、その節は本当に申し訳なく思っており、でも決定したこと故…」
「いつも通りで良いから、落ち着いて。
私、そういう風にされるの嫌いなの。」
立場故の緊張から無駄に堅苦しくなる、無駄に慌てられる、セシカは幼少期からそれが嫌いだった。
フォリスの記憶の中にある平行世界にて、彼女はそう語っていた。きっとそれは変わっていないのだろう。
違う点もあるが、変わっていない点もちゃんとあるらしい。
場違いながらフォリスは安堵した。自分が持っていた記憶は決して無意味なものではないのだと知って。
「すー、はー、すー、はー…」
フォリスが深呼吸を繰り返し、息が整うのを待って再度セシカは話しかけた。
「落ち着いた?
なら、謝るのは良いから理由を聞かせて。」
「…実は、最近マノア先輩の調子が悪いんです。」
フォリスは意を決して、言葉の緊張度を仮定して言葉を発する。
「マノアが?」
どうやら正解らしい、と再び彼女は安堵して続ける。
「三日前から連続で食材と調味料を切らして営業中に買いに行ったり、時々ぼんやりして料理をちょっと焦がしちゃったり…」
「明らかにおかしいわね…」
仕事中にぼんやりするというのも普段の彼からは考えられないことだが、買い足しを三日連続で行わなければならなくなっているというのもおかしい。
セシカもフォリスもそんなところを見たことが無かった。
「常連さんも、そんなことこれまで無かったって言ってた。」
「だから調子が悪いと…」
流石のマノアも、そこまでミスが続くとショックなのだろう。
とは2人も思うのだが、違和感を感じざるを得なかった。
「…もしかして、恋?」
「お客さんもそんなジョークを言ってたね。対象はセシカ様かも。」
「わ、私が?」
「はい。セシカ様は美人だし、マノア先輩が惚れてしまってもおかしくは無いと思うって皆言っててたよ。」
「………」
セシカは複雑な気持ちになっていた。
もしそうならば嬉しい。しかし、同時にそんなことがあるのだろうかと考えてしまう。
何度も何度も同じベッドで眠ったものの、彼から手を出されたことは一度も無かった。
彼がシャイだからかと考えていたセシカであったが、もしかしたら自分を女として見ていないのかもしれない。
そもそも、もしそうだったとしてその気持ちに応えられるか…いや、他人の線の方が有力だろう。
何故なら、マノアがおかしくなったのは三日前。その日は彼と何かあったどころか、会いに来てすらいない。
「…多分、それは無いわ。三日前って言うなら、私は会ってなかったし。
その点で言うなら貴女の方が心当たりがありそうだけど。」
「それが、さっぱり…
けど二日休むっていうのは意外だった。
マノア先輩の事だから、休んでも一日だけとかにしそうだけど…」
「私もそう思う。
いつもならあと二日くらい、って言って休まないはず。」
「しかもですよ、今日はゆっくり休むのかと思ったら夕方には帰ってくるって言って朝から出掛けてそれっきりで…」
「……おかしいわね。」
原因も掴めぬ不調、普段の彼からは考えられない言動。
話していても2人の悩みは深くなるばかりだった。
「…………仕方ないわ。」
「セシカ様?」
「フォリス、明日は予定を空けておいて。
マノアを尾行するわ。」
ウガアアアアアアアア!!
付近の森の鳥を全て飛び立たせるほどの咆哮。
それをあげたのは巨大で強靭な肉体を持った人型の魔物。
全身は黒い体毛で覆われていて、皴まみれの黒い顔面が彼女を向いていた。
「くっ、そ…でかいだけの、ゴリラの、くせに。」
ゴリラのような魔物と対峙していたのは金髪の女狩人レーサ。
かろうじて構えを取っている彼女は既に息が上がっていた。
「また来やがるか…!
良いぜ、来いよ! テメーのトロい拳なんざ軽く避けてやるけどな!」
その理由は魔物の強力な攻撃にあった。
数秒前まで自分が立っていた場所には小さなクレーターが出来ている。
それがいくつも。そんな威力の攻撃をまともに受けてはいくら武装していても致命傷は避けられないだろう。
新しい愛剣の刃が届けば、かの魔物を切り裂くことは出来るだろう。
だが、現実は近付けば拳、蹴りが飛んできて切りかかるどころでは無い。
しかもその早さは先程の挑発通りではない。一人で相手をするには強大過ぎる魔物だ。
「狩人さん…早く、逃げて…」
「俺達はもう駄目だ! とっとと見捨てて逃げろ!」
しかし、彼女は逃げられない。
その理由は魔物の後ろに居る2人の一般人にある。
彼らはこの魔物と遭遇する前に別の魔物に襲われており、その時に怪我をしてしまったらしい。
女は痺れたように動けなくなっており、男は足が大きく腫れていた。
「うるせえ! 助けてもらっといてその言いぐさはねーだろ!
後で説教食らわせてやるから覚悟しとけ!!」
そんな二人を、彼女は見捨てられなかった。
その動機は見ず知らずの人間を助けたいという善性ではなく、親を見捨てて逃げた時のトラウマだった。
あの時、父親は結局帰ってこなかった。そして彼女は強く後悔した。
だからこうして、回避ばかりの囮としてでも戦っている。攻勢に出られる気配がなくとも、2人を逃がすまでやり続けるつもりだった。
「えーい!」
この時までは。
魔物にいくつもの細い光線がぶつかる。
光線は一本一本が雷を帯びており、雷は終着点である魔物の体を這いまわり続けた。
「大丈夫!? 狩人さん!!」
「ああ、助かっ…!?」
森の奥から現れた救世主を見たレーサは目を見開いた。
「マノア!?」
理由はその顔に見覚えがあったから。その格好に強い疑問を感じたから。
そして、その人物がこの場に現れて強大な魔法を行使したからだった。




