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シーサイドへようこそ!  作者: じりゅー
第四章 『魔法少女(?)爆誕!』
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四十話 訊かれました!

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」


 一人の男が路地裏を走る。

 男は少し小さなバッグを抱え、しきりに後ろを気にしていた。

 そう、彼は逃げている。

 今、抱えているバッグの本当の持ち主から。


(やっちまった…本当に、やっちまったよ…!)


 彼に盗みの経験は無かった。

 疾走と罪悪感、そして僅かな達成感と喜びに動悸を強めている。

 とうに追っ手は見えなくなっている。完全に勝ち誇った気になっていた。

 彼はその安心感と肉体的疲労に加え、悪事を始めて働いた罪悪感による精神的疲労により立ち止まった。


(…大事そうに抱えちゃいたが、コイツには何が入ってんだ…?)


 ここで、バッグの中身に男の興味が引き付けられる。

 男はバッグの扱いから金目の物が入っていると踏んでいたが、実際に何が入っているかは想像すらしていなかった。

 彼は座り、成果の確認を行う。

 開けられたバッグには小さな箱が入っていた。


「箱…?」


 箱の大きさと成果への期待により、男は箱の中身をネックレスと連想した。

 そして、その中身は――一本の杖だった。


「…なんだこりゃ?」


 男が疑問に思ったのは箱の中身が杖だったことではない。

 その杖が見たことの無い美しさを持っていたからだ。

 …男は、本物の宝石を見たことが無い。


「やった…」


 しかし、その杖がとんでもない値打ちものであることだけは分かった。

 彼は自らの手にある、半透明な桜色の真っ直ぐな杖が自分の救世主だと信じて疑わない程に魅せられていた。


 ザッ…


「!?」


 ―――その高揚が長く続くことは無かった。

 偶然男が近くの足音に気付いたからだ。

 彼は直感的に隠れなければ、と思い物陰に駆け込む。

 ただし、取り落とした(救世主)を置き去りにして。


「あれ? なんだろコレ…」


 男がそれに気付いた時にはもう遅かった。

 その杖は足音の主に拾われ、そして―――――






「なあ、マノア。」


「なんでしょうか?」


 フォリスの秘密を知って数日。

 今日も今日とてお仕事。トイレに発ったフォリスに代わってオーダーを取りに行くと、呼びかけてきたのはどこかぼんやりとしている様子の常連さん。

 悩みでもあるのだろうか。人生相談なんて僕にできるかな…


「もし金持ちになったら、どうする?」


「………」


 僕には無縁の話だなぁ…といの一番に考えてしまうのは僕が根っからの貧乏人だからだろうか。心が貧しい。

 そんなことを呑気に考えていた時期が懐かしい。でも、そういう夢みたいな話に付き合うのも楽しいかもしれない。お客さんも今は少ないし。


「そうですね…貯金してお店を続けますかね。

 あ、でもお店に観葉植物の一つや二つ置くのも良いかもしれませんね。今はフォリスのおかげで大分余裕も出来ましたし、植物のお世話も出来そうです。」


「……マノアらしい答えだな。」


「僕が答えてるんですから当たり前じゃないですか。」


「いや、堅苦しいっていうかなんていうか…お前、なんか趣味とか無いのか?」


「お料理と掃除ですかね。」


「…それ以外だ。」


「う~ん…そうですね。

 昔は追いかけっことかかくれんぼとか、友達とはそんなことをして遊んでましたけど…流石に今はちょっと。」


 キツい。っていうか恥ずかしい。


「え、お前…女とか博打とかは?」


「…博打なんて何が面白いんですか? 当たらなかったら損ですし、当たってもそれ以上の損失は出てるでしょうし…

 なにより、もしそれで稼げてもあんまり嬉しくないです。汗水たらして稼いだお金にこそ価値がありますし、大切に使おうって思えるんじゃないですか。」


「お前聖人か何かなの? ただのワーカーホリックかと思ってたけどそれにしてはなんかおかしくない?

 あと、お前今しれっと女スルーしただろ。興味ないのか?」


「僕が聖人な訳ないじゃないですか。僕はそんなにいい人じゃないですよ?」


「お前が善人じゃなかったら世の善人が全滅するだろ。下手な僧侶より素晴らしい精神してるよホント…

 …無視しなくて良いじゃないか。」


「…皮肉ですか?」


「マジだよ。」


 そう言うことは悪い部分を見ていないから言えるのだろう。

 僕にも悪いところはある。至らぬ点ばかりだ。でも、それをわざわざ人に見せびらかす趣味は無い。

 誰だってそうだ。悪い部分は隠したいし、出来るだけ隠してる。僕もそうだというだけだ。


「…それで、なんでそんな話を? お金持ちにでもなったんですか?」


「いや、なってはないがなる可能性はある。

 マノア、最近ここいらで杖が盗まれたって話は聞いたことがあるか?」


「杖? それって、どんなのですか?」


「魔法使いが持ってる短い杖、あるだろ? サイズはあれと同じで、透き通ったピンク色なんだとか…」


「…随分珍しい色ですね。」


「ああ、なんでもその杖が高名な魔道具職人が作った魔道具なんだとかってな。

 それを見つけたら多額の報酬がもらえるらしいんだ。」


「へぇ…」


「……マノアは興味ないのかい?」


「はい。それはお気の毒だとは思いますが…探し回ったりしようなんて思えないですね。僕が見つけなくても、誰かが見つけるでしょうし。」


「そうかもしれないけどなー…報酬はともかく、人助けだぞ?」


 人助け、その単語に少し心が疼く。

 でも、僕はそれを押し殺してなんでもないように返した。


「…助けられるべき人は助けられる。世の中って、そう言うものじゃないですか?

 その魔道具職人が助けられるべき人間だと祈るだけです。」


「……お前、本当に変な宗教に入ってないよな?」


「無いですよ。

 それより、ご注文はまだ決まってないんですか?」


「おっと、そういやそうだった。」


 お客さんから注文を聞いて厨房に戻る。

 その最中、ふと別のお客さんからまた呼び止められた。


「なあ、店主さん。」


「なんでしょうか?」


「さっきの話聞いちまったんだけど、アンタの名前はマノアって言うんだよな?」


「はい。」


「…マノカって名前に聞き覚えはないか?」


「何度か同じ質問をされたので、名前は嫌と言うほど聞いてます。

 でも、僕はマノカなんて人は知りません。」


「そうか、それはすまない。」


 この質問をされるのは今回が初めてじゃない。

 何日か前からマノカという人物に助けられたとか、知り合いが助けられたとかで名前が似ている僕に尋ねられるお客さんが出てきていた。


「そいつが盗まれた杖を持ってるって聞いたことがあって、情報を集めてたんだ。」


 ………


「…そうでしたか。

 その子、見つかると良いですね。」


「ああ、注文でもないのに時間を取ってすまなかった。」


「いえ。こういうお客様とのコミュニケーションも大事ですから。」


 マノカのこともあって最近はフォリスにウェイターを頼んでしまっていたけど、僕もやはりお客さんと接した方が良いのかもしれない。

 お客さんとの距離が近い、というのもこのお店の長所の一つだろうから。流石に混んでる時には出来ないけどね。


「先輩、すみません…今戻ったよ。」


「うん、じゃあちょっと手伝って。手は洗ったよね?」


「当たり前です!」


 フォリスはあれから無理に敬語を使うことは無くなっていた。

 大きな秘密を話した後だからだろうか、あれから彼女との心の距離が近くなった気がする。きっとフォリスも同じなのだろう。


「…ちょっと見てたけど、また訊かれたの?」


「うん、別に気にすることでもないとは思うけどね…毎日毎日訊かれるからかな。ちょっと嫌になってきた。」


「ウチにすら訊かれるくらいだしね…そのマノカって人は良い人みたいなんだけど。」


「良い人?」


「うん、こないだも魔物に襲われてた人を助けたとか、盗賊を全員無力化して捕まえたとか、すごい強くて優しいんだ。時の人って、こういう人の事を言うんだよね!」


「…ふふ。」


「先輩? どうして笑ったの?」


「あ、いや、えっと…なんでもない。」


「そう言われると気になる…なんでも良いから正直に言って!」


「…えっと……その…あ、フォリスが年相応に楽しそうに話してたからつい…」


「年相応って11歳って事!?

 いや、記憶を持ってるだけで精神的には11歳っていうのは間違ってないんだけど…そんなこと言われたら複雑だよ!? 先輩だって美少女(男)とか、『可愛い、女だけど結婚して!』とか言われたらどんな気持ち!?」


「そりゃ確かに複雑…っていうか嫌だけど、正直に言えって言ったのはフォリスじゃないか…」


 ちょっと理不尽。


「あー! マノア先輩結婚興味ないんだー! へー! 一生独身が良いんだー!」


「フォリス、どんどん子供っぽくなってるよ?」


 揚げ足の取り方とかまさにそれだ。

 その後ちょっとヒートアップしたり、冷静になったフォリスが消えるような声で顔を真っ赤にしながら謝ってきたりしたけど、今日もシーサイドは平和だった。

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