二話 心配されました!
「こんちわー!」
ある日。
料理を運んでいると、聞きなれない声が店の入り口から響いていた。
目立つ金色の髪。頬に一筋の傷がある。腰にはショートソードと短い剣を帯びていて、服装もレザーアーマー…いや、ハードレザーだろうか?
とにかく、戦闘系の職業であることは分かったのだが、驚いたことがある。
その顔つきが完全に女性ということだ。
戦闘職に就く女性と言うのは少ないと聞く。いるとしても大抵魔法使いで、魔法使い達は魔法の効果を上げる法衣などを着る傾向にあるらしいが…彼女は違った。
そんな女性を見たのは数えるほどしかなかったのだ。
「いらっしゃいませー!」
「ここ、初めて来たんだけど、おすすめとかってあるか?」
「おすすめですか…」
『マノア君のフィッシュアンドチップスは旨いからな、』
おすすめ、と聞いて思い出したのは常連のおじさんの一言だった。
正直、自分ではどの料理が一番得意とかはよく分からないけど…他のお客さんも言ってたことだから、多分そうなのだろう。
「そうですね、フィッシュアンドチップスなんてどうでしょうか?」
「う~ん、そうか…でも、仕事の後だしガッツリいくか。
ステーキはあるか? あったらそれで!」
「…かしこまりました。」
「それと、フィッシュアンドチップスも頼む!
オレは結構食うんだ、肉一枚じゃ物足りないだろうからな!」
「あ、はい!」
その後、その人は2、3回お代わりをして帰った。
「また来るぜ!」
と言っていたので気に入ってくれたのだろう。
常連さん以外の客で、リピーターになってくれたお客さんは何人かいたけど…ここまで印象に残ったお客さんは初めてで、なんだか嬉しかった。
たった一人で店を切り盛りするようになって、30の日は過ぎただろうか。
ここを気に入ってくれるお客さんもあれから何人か出来て、それなりに繁盛してると思う。
当然、それだけ忙しくなってくるけど…今の僕には忙しすぎるくらいが良いのかもしれない。
仕事に打ち込んでる時だけは、余計なことを考えなくて済むから。
「こんちわー! また来たぜ!」
お客さんも皆仕事に戻って、そろそろ入り口の札を返そうと思ったその時、この前の戦闘職の女性が店を訪ねた。
今日は以前のようなレザーアーマーではなく、私服だった。オフの日なのだろうか。
「いらっしゃいませー!」
「あれ、やっぱりお前だけか。」
……僕だけ? どういうこと?
「なあ、前に知り合いに聞いたんだけどさ…ここ、親子でやってるんじゃないのか?」
「……いえ、僕一人ですよ。」
「そっか。
別の店と勘違いしたのかなー…」
「…いえ、恐らく勘違いじゃないです。
…僕の両親は、少し前に亡くなったんですよ。
それからは僕一人でやらせてもらってます。」
「……そうだったか、辛い事訊いて悪かったな。
しかし、一人かぁー…大変じゃないのか?」
「大変ですよ、もちろん。
でも、この店が無かったら僕は生きていけません。それに、父と母が居たこの場所を守りたいんです。」
…ほぼ初対面の人なのに、こんなことまで言うなんて。後になって自分でも驚いた。
理由はよく分からないけど…もしかしたら、裏表がなさそうな彼女の態度がそうさせていたのかもしれない。
「そっか。
オレにはこうして飯食いに来ることくらいしか出来ねーけどさ…頑張れよ。」
「……はい!」
ぐぅ…
「…あ、そういや腹空かしてたんだった。
今日は、そうだな……んー…前のも美味かったけど、別のやつも食ってみたいな!」
恥ずかしげもなくお腹の虫を鳴らした彼女に、一瞬呆気にとられて。
「別の、ですか。それなら―――」
頭の中に浮かんだ料理のリストを上げた。
出した料理はうまいうまいと言いながら平らげてくれて、嬉しかった。
「そいやさ、お前…さっきも思ったんだけど、なんかやつれてないか?」
「え?」
毎朝鏡はチェックしてるけど、特に変わりはなかったような気がする。
お客さんを寝癖がついた髪で出迎える訳にはいかない。商売人としてのマナーみたいなものだ。
「そんなことないですよ、もうちょっと顔がかっこよかったらなーとは思いますが…」
「かっこよかったら?
…まあいいや、お前、休んでないのか?」
「いえ、毎日睡眠時間は十分に…」
…取ってない。
仕事のことを考え始めたら止まらなくなるし、考えなければ両親のことが頭に浮かぶ。
よく眠れているとは言えない。
「…じゃあ、休みは?」
「とってません…」
仕事に打ち込み過ぎて休めてない。
新メニューの開発とか、やや込み過ぎの掃除とか仕事を作って自ら休みを削っているような状態だから。
「……お前、ホントに大丈夫か?」
「大丈夫です。多分…」
「大丈夫な奴はやつれたりしないだろ。」
「やつれてなんてないですよ。」
「いや、絶対やつれてる。お前が気付いてないだけだ。
…なんか心配になってきたな。お前ちょっと今日は仕事しないで休め。休まなかったら気絶させてでも休ませてやるから覚悟しとけ!」
「ぼ、暴力反対!
分かりました! 休みます! 休みますから!」
流石に気絶させられるくらいなら自分で休息を取る。
抵抗は無駄だ。一介の料理人でしかない僕が戦闘職を相手にして戦えるはずがない。
「よーし! それなら丁度いい!
オレ、今日は休みだからな! 一緒にどっか出掛けようぜ!」
「で、出かけるって言っても…」
「良いから良いから! この皿片付け終わったら来い、それまでここで待ってるぜ!」
そう言うと、彼女は机の上にドカッと足を乗せた。
「分かりました分かりました、行きますから。机に足乗せるの止めてください。」
「……」
飲食店の店員としては衛生面を気にしないわけにはいかない。
彼女が足を退けるのを見て、下げた皿を洗う。
洗い物をすぐに済ませ、彼女の元へ戻る。
「早いな。」
「1人で店を回してるんです、これくらいじゃないと。」
「…ちょっと良いか?」
「なんですか?」
「それだ。
そのよそよそしい喋り方、店でたら禁止な。」
「え?」
「今、オレとお前の関係は客と店員じゃない。あくまで一人の人間同士、対等な立場だ。
それなのにそんな喋り方されたら肩が凝って仕方ない、同年代の友達みたいな感じで頼む。」
「は、はい…」
この人の方が年上っぽいだけに少し気が引けるけど…本人からの要望なら仕方ない。気を付けよう。
「そいや、まだ自己紹介してなかったな。
オレはレーサだ。お前は?」
「僕はマノアです、よろしくおねが…よろしく、レーサさん。」
「おう! よろしくな!」
差し出された手を、少し躊躇してゆっくり取る。
握り返された手が、何故かすごく嬉しかった。