二十話 違いました!
サブタイに悩むのは全作品共通。
二日目以降、掃除や洗濯などの家事を交代で行った。
勝手は少し違ったけど、家事は得意だから大きなミスは無かった。むしろ筋が良いと褒められたくらいだ。
…うん、筋が良いなんだ。
僕はあくまで料理人。家事は母さんを手伝いながら教わっていて、今は一人暮らしだから毎日やってるわけだけど…職業としてやってる人には流石に勝てない。
でも、だからこそ教われるし上達できる。プロの人に教えてもらえる機会なんて普通なら無いことだ。
料理屋も清潔さは大切。よりお店が綺麗にできるならそれに越したことは無い。
と言う訳で、最初こそ服装のせいで気後れしてたけど今は良い経験になりそうだと張り切って仕事が出来ている。
…のだけど。
「今日は…休みかぁ…」
休みが来てしまった。
と言っても、もちろん使用人が全員休みと言う訳ではない。休みはグループごとにローテーションで取るということになっている。
今日は僕のグループが休み、ということだ。
…とは言っても、することが無い。
着の身着のままできたから服以外持ち込んでいないし、そもそも何か持って来れたとしても暇つぶしになるような趣味は無い。
今日は一日暇そうだ。仕事中のメイドさんの仕事でも見てようかな…いや、邪魔になりそうだし止めておこうか…
「マノア、今日お休みって本当?」
と、使用人用の食堂で朝食を終え、自室でダラダラしているとセシカさんが入って来た。
「セ、セシカさん!? あの、ちゃんとノックして頂かないと、着替え中とかだったら…」
「あ…ごめんなさい。
まあ、別に着替え中でも構わないわ。っていうか今着替えても良いわ。」
「嫌ですよ!?
そもそも今から着替える必要ないですからね!?」
そう言えば初めてメイド服に着替えた時体をジロジロ見られてたんだった。しかも触られそうになってたんだっけ。
「残念…
それより、貴方今日休みで良いのよね?」
「はい、休みですよ?」
昨日の夕食の時に言ったことだ。
何をするのか聞かれたから、することが無い事も言おうと思ったけど…お父様からプライバシーがどうのと言われて口止めされたんだった。
気遣いはありがたいけど、別に隠すようなことじゃなかったんだよね…
「もし、良ければなんだけど…
ちょっと出掛けるから、付いて来てくれない?」
「はい、良いですよ。」
お出かけか。
暇を持て余していた僕にとってはありがたい提案だ。選択肢は無いようなものだね。
…断ったらクビになるかもだし。そんなつもりは全く無いけど。
「そう、良かった。
是非貴方を連れていきたいところがあったの。ちょっと外で待ってて。」
「分かりました。じゃあ、待ってますね。」
連れていきたいところ…どこだろ?
ちょっと想像がつかないけど、特に嫌な予感はしなかったので素直に外に出る。
…ちょっと迷いかけたけど、途中で仕事中のメイドさんに道を訊いてなんとかした。このお屋敷ホントに広い…
「待った?」
「いえ、今来たばかりです。ちょっと迷ってしまって…」
「そう? 一緒に来た方が良かったかしら…」
「次からは気を付けますから…」
玄関を見たのは今日が二度目。
庭は玄関を出なくても行けるので、外出でもしない限りは玄関を通る必要が全くない。
迷ってしまったのはその辺りも理由だったりする。住み込みのメイドさん、何人かは外に出られないとか言わないよね…
「……ちょっと違う。」
「はい?」
何が違うの?
「そもそも、待ち合わせが家の前と言うのもおかしいけど…それからの会話の流れも変。」
自然な流れだと思うけど…何が引っかかってしまったのだろうか。
「…お嬢様、マノア様が困惑なさってます。」
ここで空気になりかけていた執事さんが口を出した。
正直ありがたい指摘ではあるんだけど…
「あの、お屋敷ではマノア様とは…」
「いえ、今の貴方はここの使用人ではなく、お嬢様のご友人ですから。
お仕事がお休みと言うことなら、そういうことです。」
執事さん、真面目って言うか几帳面って言うか…
ちょっと度が過ぎてる気がしないでもないけど、悪い事でもないので何も言わないでおく。切り替え大変じゃないかな? 境目とか。
「…ちょっと平民のデートの真似をしたかっただけ。興味があったから。」
「そうでしたか…」
……そう言えば、たまにそう言ってるカップルを見たことがあったような気がする。
セシカさんもそれを見たのか、なんなのかは知らないけど…ちょっとだけ、可哀想だなと思った。
(平民のデートか…)
言葉の淵に感じる違い。
貴族はやはり平民のように街中を歩いたり、このように待ち合わせしたりしないのだろう。
ほとんどの貴族は恋を知らぬまま政略結婚をする。
それがどれだけ不自由な事か、と平民なら思うだろう。だが、貴族はそう思わない。住んでいる世界が違うのだ。
…しかし、セシカさんの口ぶりが気になる。
それではまるで、平民の恋に憧れているみたいで。
興味があったって言ってたけど、もしかしたらそれは――
「お嬢様、マノア様、お乗りください。」
執事さんの声を聞いて考え事を中断する。
僕たちの前には一台の馬車が停まっていた。馬車に乗っていくんだ…
「行くわよ、マノア。」
「は、はい。」
本当に、どこへ行くのだろうか?
新たに生まれた疑念はさっきまでの思考を忘れさせ、やがて消した。