十九話 危なそうでした!
「広い…!」
あれだけの人数が居れば、大体想像はつくかもしれないけど…使用人用の食堂は大きかった。
「感心してるのは良いが、早く並べ。さっきも言ったけど、時間無いからな。」
「あ、はい!」
食事は盆を持って並び、進みながら料理が載った皿を取るようだ。料理が載った皿は無くなるとコックさんが配膳するという形になっているらしい。
なんだか小学校を思い出す方式だ。もう五年も前か…懐かしい。
「あ、お嬢様のお気に入り!
覚えてる? 昨日会ったと思うけど。」
「覚えてますけど…その呼び方、止めてくれませんか?」
なんだかセシカさんに取り入ってるみたいで気分が良くない。
…あながち間違ってないのかもしれないけど。コネで使用人やってるようなものだし…
「ゴメンゴメン、そう言った方が思い出しやすいかと思ってさ。
聞いたよマノア、貴方料理人なんだって? しかも、お嬢様や執事さんが気に入ってるって。」
「ええ、お二人には御贔屓にさせて頂いてます。
生憎、ここでその腕を揮える機会はなさそうですが…」
…確かに、本当にセシカさんが言ってた通りこのコックさんかなりフランクだな…ちょっとびっくりしちゃったよ。
「そっか、それは残念…」
「お店は再開しますから、その時にでも来てください。」
「分かった! その時は是非とも研修先に選ばせてもらうよ!
あ、そうだ! 一つ訊きたいんだけど…」
「なんでしょうか?」
料理に関することかな?
「他のお店の味に興味は無い?」
「…まあ、ないわけでは。」
興味が無いわけではないけど、そう言った機会がなかなか作れない。
両親が生きてた頃も外食に行ったのは数える程だ。
「だったら、今まで研修してきた中で良かったお店とか教えてあげようか?
色々な味を知ることっていうのは、料理人にとって絶対良いことだから! 何事も経験だよ!」
「え? 良いんですか?」
店には当然ながら当たり外れがある。
料理人としては全部回ってみるのが一番ではあるけど、どうせ行くなら当たりの店に行きたいと思うのが普通だろう。
ましてや、その機会が少ないとなれば。
外れの店を警戒していたというのも外食に行かなかった理由の一つだ。それを取り払い、当たりの店だけ知ることが出来るなら少し頑張って機会を作ろうかとも思える。
要するに、その提案は大歓迎ということだ。
「もちろん!
…でも、それはまた別の機会にね。皆待ってるみたいだから。」
「あ…」
「マノア、早く来いよー。」
後ろを見て、慌てて料理を取って進む。
少し遅めに来たと思ってたけど、空いた腹の数はまだまだあるらしい。
僕は急いで料理を取って食べ、屋敷の巡回を再開した。
「どうだった?」
夕食。セシカさんは開口一番に訪ねて来た。
何のことなんてもちろんわかってる。
「まだお屋敷を見て回っただけなので、なんとも…」
…まあ、明瞭な感想は言えないのだけど。
本格的な業務は明日から。今日はなんというか…感想を出していいのか、ちょっと分からない業務内容だったので、曖昧な返答しか返せなかった。
「…大変じゃなかった?」
「えっと…」
「大丈夫、正直に言ってもクビが飛んだりはしないから。」
…お許しが出たので白状するとしよう。
「かなり大変でした…
もしかして、ここにいる全員がこのお屋敷全てを把握できてるんですか?」
新人とかの何人かは迷ってそうだ。
「そんな訳無いじゃない。
私だって、ちょっとくらいなら大丈夫だけどいつも通ってる道から外れたら迷うわ。
お母様は分からないけど、お父様は把握してるみたい。」
「そうなんですか…」
家主の娘にすら把握できてないんだ…
広く造りすぎじゃないか、なんて思ったけど貴族だし仕方ないのかなぁ…
「あと、使用人も入り口や持ち場、自室と食堂につながる道以外は基本的によく分かってないみたい。たまに迷子になったって話を聞くこともあるわ。
何人かの使用人は全部知ってるらしいけど、それもかなり優れたエリートだけらしいわ。」
「つまり、今日案内してくださったリスリーさんって…」
「そのエリートの一人と言うことになるわね。」
…最初全くそんな気しなかったのに、今では納得できる。
そこも含めてすごい人、なのかなぁ…
「そうか、今日は彼女が…」
「リスリーさんを知ってるんですか?」
「ああ、今いるメイドの中では古参だからね。私が幼い頃から知っている。」
「え!?」
お父様が幼い頃から!?
見た目はせいぜい20代とかそんな感じだったんだけど!?
「驚くだろうね、全くそう見えないんだから。
彼女曰く、長命の亜人の血を引いているらしい。その正体はさっぱり聞かせてくれないがね。」
ああ、そう言うことか…それなら別におかしいことは無い。
僕だって古い祖先にはエルフだか獣人だか、何かの亜人が居たって聞いたことがあるし。亜人との混血は特に珍しい事じゃない。
「いやぁ、彼女はとんだ食わせ物だったろう? 私は今も彼女のことが分からないよ。」
「お父様…それ、大丈夫なんですか?」
得体のしれない使用人…
…そう言うと危険なにおいしかしない。スパイとかじゃなきゃいいんだけど。
「まあ、大丈夫だろう。読めない奴ではあるけど、悪い奴ではないさ。」
「……一つ、いいかしら?」
「は、はい。なんでしょうか?」
僕は自然と身構える。
お母様が身にまとう、厳かな雰囲気のせいなのか、それとも僕の苦手意識がそうさせてるのかは分からないけど…良い予感はしなかった。
「貴方…何故、私達のことをお父様、お母様と呼ぶのですか?」
「それは……」
セシカさんの、両親だから…?
いちいちセシカさんのお父様、セシカさんのお母様なんて呼んでられないし…
…でも、それも少し違うような気がした。そう言い切るにはどことなく引っかかるものがある。
「………」
もしかして。
そう思える答えは一応見つけられた。
でも、それは……本当に合っているのか、分からない。それに、合っていたとしても不遜なのではないか。
そう思ってしまう。だから答えられない。
「…言えない理由、なのですか?」
「えっと…」
「後ろめたいことでも?」
「特には…ただ、分からないというか…」
「………そうですか。
まあ、元々ただの興味本位。深い意味がある訳ではないから気にしないでください。」
「…………お父様、お母様。
一度でもマノアに自分の名前を教えた?」
「「……あ。」」
…そう言えば聞いてなかった。
けど、それもちょっと違う気がして――やっぱり、さっきの“答え”がそうなんじゃないかと思い直した。