一話 決意しました!
その日。
僕の心は大きな絶望に包み込まれた。
明るく照らされていたはずの未来は暗闇に塗りつぶされ、足場の視認すら出来ない不確定な道を歩む以外の選択が出来なくなった。
その理由は―――
「父さん…母さん…」
降りしきる雨の中、ずぶ濡れのまま目の前に転がされている死体。
僕の両親だったものだ。泥だらけで、もうピクリとも動かない。
手に触れても握り返してくれない。冷たい。固い。
それが、悲しくて、せつなくて、恐ろしくて…
胸の奥がしくしく泣くようで、涙が止まらない。
でも、それを収める方法は知らないし、収めてくれる人も、もう…
「…濡れたままじゃ、冷えるぞ。
気持ちは分かるが、一度家に戻って温まってこい。」
僕の両親を探し出してくれた狼の獣人の人が気遣って声をかけてくれたけど。
この場を動く気にすらなれなかった僕はその人に送ってもらうまでしばらく立ち尽くしていた。
僕の家は、小さな飲食店“シーサイド”をやっていた。
小学校を卒業して進路を決める時、僕は何の迷いも無く両親の跡継ぎをすることを選んでいた。
他のクラスメイトだって、家業がある場合はその跡継ぎを選ぶ。それ以外は弟子入りしたり冒険者になったりしている。それが普通だ。
でも、それから五年。普通じゃない事態が起こってしまった。
両親の死、つまり、オーナーの死だ。
2人は食材の仕入れに行って、土砂崩れに巻き込まれて死んでしまった。
僕が経営を続けていくのは難しいだろう。他の店に、と言っても伝手がある訳じゃない。
絶望的な状況だって、そんなのは分かってる。
でも、僕は―――
「いらっしゃいませ!」
僕は、前に進むことを決意した。
いつまでもしょぼくれてたってしょうがない。お金を稼がなきゃ目先のご飯だって怪しい。
だから僕は、両親の店を継ぐ。
料理は母さん程じゃないけど、5歳の頃から包丁を握っていたので少しなら自信はある。
経営も幼いころから万が一の時の為に両親から教わっていた。
接客も料理を運べるようになってからはずっとやって来た。
それに、大好きだった父さんと母さんが遺してくれたこの店を無くしたくない。
だからやろうと思った。やらなきゃならないって決意できた。
再開初日の葛藤も記憶に新しいけど、以前から通ってくれてる常連さんが来てくれてるおかげでそれなりに忙しい。
両親が居た頃に来てくれていた常連さんが変わらず来てくれている――それは、まるでお客さんたちもこの店を守ってくれてるみたいで嬉しいと、勝手ながら思ってる。
「マノア君、フィッシュアンドチップス頼む!」
「はい!」
マノア、というのは僕の名前だ。
再開以前から常連さんに君付けで呼ばれているのは、まだ子ども扱いされてるからかもしれないけど…別に、ちゃん付けでなければ僕は気にしない。
初見のお客さんは僕を女の子と認識する人は多い。今の常連さんの何人かも最初は女の子扱いしていたものだ。別に、そんなに前のこと今は気にしてないけど。本当に。
「マノア君のフィッシュアンドチップスは旨いからな、死んだママさんのに負けじとも」
「おい。」
「…悪い。」
「いえ…大丈夫ですから。」
一瞬涙腺が緩みかけたけど、別のお客さんの制止の声もあってこらえられた。
…悲しみは完全に無くなったわけじゃない。
何日経っても、大切な人が居なくなったという悲しみは簡単に無くなるものじゃない。
未だに胸の中がシクシクするような感じは残ってるし、何をしてもどこか空虚な気分のままだ。
こうして仕事に打ち込んでる間にも、心の奥底では忘れきれてない。
「まあ、アレだ。
俺は別にそういうことを思い出させたい訳じゃなかったんだけどさ…何が言いたかったかって言うとな……
…負けてねえ、ってことだよ。アイツの味に。だから自信持てよ。」
「……ありがとうございます。」
励ましたい気持ちは伝わってきた。
心は少し温かくなったけど、それでもこの心境からは抜け出せそうになかった。