百十三話 連れていかれました!
なんか1年経ってるー!?
ドゴォォォン!!!
大きな爆発音が耳に入り、まどろむ間もなく意識が覚醒する。
目の前に広がるのは暗闇ではなく、大きな黒い影とその周りの燃え盛る炎だった。
今は夜で、大きな洞窟の中でお兄ちゃんと一緒に寝ていたはず…
『…お兄ちゃん?』
そこで大きな影の正体に気付いた。
あれはまさか…
『大丈夫か?』
『お兄ちゃん!?』
ドラゴンの姿のお兄ちゃんだ。
辺りの火に照らされて、かすかにボロボロの兄の姿が目に入った。
この周りの火は何かの攻撃で、それをお兄ちゃんがかばった?
『待ってて、すぐ治すから!』
『いいから早く逃げろ! 見たこともない兵器を使ってる悪い人間が襲ってきたんだ!』
『でもお兄ちゃんが!』
『あの人間たちは僕が何とかする!
ララゴはその間安全なところにいてくれ、そうじゃなきゃ僕が安心して戦えない!』
お兄ちゃんの力は知っている。
その力を使えば悪い人間たちに対抗することができることも、私をも傷つけてしまうことも。
だから安心して力を振るえない、というのは分かるけど。
『…嫌な予感がするんだ。』
『そんなの分かってる! 早く行け!』
『……』
お兄ちゃんはいつもこうだ。
私に危害や不利益が生じようとするとすぐにかばってくれる。
それでどうにかなったことがない訳じゃないけど、それでも感じ取った嫌な感じがこびりついて離れない。
『…なら念のため助けを呼んでくれないか?』
『え?』
『ここはお兄ちゃんがなんとかする。けど、もしダメだった時のために助っ人を呼んできてくれ。
大丈夫だ、多分ララゴが来るまでなら持ちこたえられる。』
ほぼどうにもならないと言っているようなものだけど。
だけど、確かにそれしか方法は無いらしい。
『……わかった。絶対に生きててね。』
『お兄ちゃんが人間相手に殺されるわけないだろ?』
お兄ちゃんの横を通り抜けて走り抜ける。
「いたぞー! もう一匹の方だー!」
「ダメだ、間に合わな…うわあああああ!!」
洞窟の中にいた人間を数人蹴とばし、大きな筒のようなものを倒して外に出る。
「来たぞ! 撃てー!!」
その直後に放たれた砲弾のようなものを飛び上がって回避し、そのまま飛び去る。
先ほどと同じ爆発音がして振り向くと、洞窟の入り口の上部が崩れていた。
(お兄ちゃん…)
私はすぐに前を向いて、兄の無事を祈りながら真っ先に思い浮かんだ人の元へ行く。
途中、何度もあの爆発音がした。
「起きて! 起きて!」
「ん…?」
セシカさんの家のお泊りからしばらく経って、普段通りの日常を謳歌していた今日この頃。
まだ夜も明けないうちに聞こえるはずのない声が聞こえ、寝ぼけ眼をこすり目を開ける。
「ララゴ…?」
どうしてここに? 鍵は閉めてたし…窓から入ってきたのかな?
疑問が先行したけど、彼女の表情を見て良くない予感がした。
「ごめん、緊急事態だから!」
「え?」
ベッドの中にいた僕を軽々と持ち上げて小脇に挟み、瞬時に廊下に出る。
次の瞬間には家を出ており、更に加速し始める。
「ねえ、今僕の家のドア壊れてなかった?」
「ゴメン! 後で弁償するから!」
一瞬我が家の玄関が破壊された跡が見えたので訊いてみたけど、どうやら一刻の猶予も無いということしかわからなかった。
…あれ? あの玄関ララゴが壊したの?
「君は一体…」
「後で説明するから! とりあえず町から出るよ!」
凄い早さで景色が流れていく。
あっという間に町が遠くなり、そこで急制動した。猛烈な慣性がかかって少しうめいた。
「今からドラゴンになるから乗って!」
「え?」
理解できなかった。けど、その言葉をかみ砕く前に彼女は光に包まれ、巨大なドラゴンの姿に変化する。
「え、ええええええ!?」
『乗って!!』
巨体ですごまれて内心青ざめ、震えながらその背に登る。
『しっかり掴まって!』
「う、うん…うわあああああああ!!」
巨体が揺れ、徐々に速度を上げていく。
僕は振り落とされないよう掴まるのに必死だったけど、すぐにその揺れが収まる。
「浮いてる…いや、飛んでる?」
瞑っていた目を開くと周りには空しかなかった。
先ほどまで立っていたはずの地面も後方に、下にとどんどん遠ざかっていく。
とんでもない風が巻き起こってるはずなのにそれを感じない。魔法か何かだろうか。
「何がどうなって…?」
さっき起きてからの急展開の連続に脳がついていかない。
ララゴが玄関を壊して…実はドラゴンで…僕は今その背に乗って飛んでいて…えーっと…
『色々と急にゴメンね、けど今から説明するから。』
「う、うん。」
ようやく説明してくれるらしい。僕はようやっと事態が把握できると安心して彼女の声に耳を傾ける。
『私とお兄ちゃんはね、ドラゴンなの。』
「…そっか、リョーゴもか。」
兄妹というのだから必然的に彼もドラゴンということになるだろう。ここでようやっと腑に落ちた。
そもそもララゴがドラゴンというのも衝撃の事実だった訳だけど。
「けど、2人とも人間の姿をしてたよね?」
『“竜変化”っていうドラゴンが使える秘術だよ。それで人間に化けてたんだ。』
”竜変化”…聞いたこともない。
そもそもドラゴンについてはあんまりよく知らないというのもあるけど。遭遇すること自体が稀らしいし。
どうあれ2人は人間に化けてただけでドラゴンだったと。にわかには信じがたいけど目の前で人からドラゴンになるのを見せられちゃったからなぁ…
『それで、そのお兄ちゃんが悪い人間に襲われたの。』
「え?」
人間がドラゴンに襲い掛かる?
まさしく逆鱗に触れる行為だ。辺り一帯が焦土と化してもおかしくないのに、どうしてそんなことを。
『理由は分からないけど…少なくともドラゴンに対抗する方法、というか兵器は持ってるみたい。』
「そんな兵器があるの?」
『お兄ちゃんは怪我してた。だからドラゴンには通用するし私も危ない。』
その悪い人たちが彼をどうするかはわからないけど、放っておいたら取り返しのつかないことになりそうだ。
なんとかしないといけない、けど…
「…どうして僕のところに来たの?」
ここまで聞いてもそれだけは分からなかった。
そんな恐ろしい兵器を持ってる人たちに対して、僕ができることはない。もし助けに行っても返り討ちに会うのが確実だ。
『もし私がお兄ちゃんと戦っても、その人たちを追い払えないから。
あの兵器は着弾すると大きな爆発を起こすから、的が大きな私やお兄ちゃんはすぐに当たる。』
「それなら人間の状態で戦えないの?」
『1人や2人相手ならなんとかなるけど、大きな兵器を持ってる大勢の人間相手じゃ難しいかも。私達はまだ人間の体の勝手があんまりわかってないし、人間の戦い方にはそんなに詳しくないから。』
「あんなにすごい力を持っててダメなら、僕じゃ絶対無理だよ。僕も戦い方なんてわからない。」
『そこは大丈夫。私には使えない、けど貴方なら使える武器があるから。』
「武器?」
そんなものを持っているようには見えない。今はもちろん、人間の姿をしていた時だってそれらしきものは持っていなかった。
『もうすぐ私達がいた洞窟だよ、着地の準備をして!』
「準備って言ったって…うわっ!」
ララゴが降下を始める。
進行方向に大きな洞窟とさらに大きな岩山が見えてきた。洞窟は崩落の跡が見えて、周囲も戦いの跡らしきものがあり酷い有様だった。
『あれ…?』
「どうしたの?」
『お兄ちゃん、外に出たみたいなのにいない?』
「人もいないね。」
戦いの跡はあるのに人はいない。
リョーゴも戻ったと思われる形跡はない。つまり…
『まさか、お兄ちゃんが連れていかれた?』
「そんな…」
もう手遅れだった? じゃあ、もうリョーゴは…
『…殺さずに連れて行った可能性もある、探すよ!
あれだけの集団にお兄ちゃんを連れてるなら、高いところから探せば見つかるはず!』
「うん!」
ララゴは再び高度を上げ、周囲を見下ろす。僕も人の集団やドラゴンの姿を探した。




