十話 また会えました!
「久しぶり、マノア。」
「いらっしゃいませ、セシカ様。」
勧誘を断った後も、セシカ様は何度か店に来てくれていた。もちろん、執事さんを連れて。
セシカ様の言葉通り、しばらく前からさっぱり来なくなってたけど…
「様、なんてつけなくて良い。
堅苦しいし、距離を取られてるみたいで嫌だから。」
「そうでしたか。すみません、セシカさん。」
「謝ることでもないけど…まあ、それはともかく。
聞いたわ。最近ここでトラブルが多いって。」
「…はい。」
乱闘、クレーマー、他にも悪い噂を立てられたり、この店をライバル視してる店の人に全くやってない悪事のことを責められたり…そう言った事が最近多い。
そのせいで客足は少し伸び悩んでいる。変わらずに来てくれる常連さんや新規の方もいるから、生活に困る程稼ぎが出ない訳じゃないけど…
「何があっても、挫けないで。
じゃないと、本当にウチのメイドにするわよ?」
「ははは…ありがとうございます。」
冗談交じりだけど、彼女なりの激励。
嬉しかった。心が疲れてるからか、沁みるようだった。
「あ、でも本当に失敗しちゃったらウチに来ても良いわ。いつでも歓迎するから。」
「フフ、そうならないように頑張ります。」
「今のは本気なんだけど…」
「すみません、お店を続けていきたいのは事実なので。」
「もう…」
軽口のちょっとしたお返しだ。
…彼女がちょっと本当に残念そうなのは気にしないでおこう。
「…ところでマノア。
更に調べたんだけど、最近そういうトラブルが起き始める前まではさっぱりその手のトラブルは起きてなかったのよね?」
「はい、そうですけど…」
…よく考えれば、異様なことなのかもしれない。
僕が幼かった頃は知らないけど、少なくとも僕が手伝っていた頃からはそう言ったことは無かったような気がする。
あっても見せないようにしてたって考えられなくも無いけど…小学校を卒業して、営業時間はほぼ店に居た時もそう言うことはなかった。
ちょっとした言い争いくらいは見ることはあるけど、熱が入ってるって言う程じゃなかったし…
「…おかしいわね。最近もだけど、その前も。
貴女の前で揉め事を起こしたくないだけかもしれないけど。」
「それって、どういうことですか?」
「貴女は可愛いから。そういうみっともないところを見られたくないのかもって言ってるの。」
「……は、はぁ…」
反応しづらい冗談だなぁ…
「運が良いにしてもそこまでの幸運はおかしいから。
もしくは、貴女にはそういう力っていうか、雰囲気っていうか…そういうのがあるのかも。」
「力…雰囲気?」
「それで、そんな貴女が居る前でどうしてトラブルが起きるかなんだけど。」
「は、はい。」
空気が変わり、緩んでいた背筋を伸ばす。
「恐らく、最近のトラブルは全部仕込まれてるわ。」
「え?」
仕込まれてる?
でも、トラブルを起こす人は毎回違うし…
「陰湿な貴族が平民への嫌がらせでよくやる手口よ。
お金で雇って、アイツに嫌がらせしてこいって感じの。そういう貴族ってたまにいるから。」
「へぇ~…」
そう言うこともあるんだ。
飲食店には付き物のトラブルだと思って、いい機会だって思って乗り越えて…乗り…………あー…乗り越えられてなかったな。ほとんどお客さんの力だった。本当に僕弱い…
「気を付けて、どんな手でくるか分からないか」
くぅ…
話の途中で鳴るセシカさんのお腹。空腹は空気を読んでくれなかった。
そういえば、また頼む前に話し込んじゃってたね…
真っ赤な顔の下ではまたやっちゃったとか思っているのだろうか。
「………お話は終わり。注文良い?」
「…はい、どうぞ。」
淡々と告げられるオーダーに応える。
必要以上に感情が籠っていないのは指摘しないでおいた。
「こんちわー!」
あ、この声は…!
「いらっしゃいませ、レーサさん!」
また来てくれた。それだけでこれほど喜べたのは今日が初めてだ。
約束を守ってくれたから、と言うのももちろんあるだろう。再会できたから、というのもあるだろう。
とにかく、嬉しかった。
「元気にしてたか?
無理は…してないみたいだな! 前みたいにやつれてない。健康的なほっぺただな。」
「ぇあのほ…ほっへゆいゆいふうのやえへふああい…」
自分でも何を言ってるのかわからなかったけど、ニュアンスは伝わってくれたみたいでレーサさんは頬から手を放してくれた。
「…なあ、後でまた触らせてくれないか?」
「止めてくださいよ…」
恥ずかしい。皆見てるしちょっと嬉しい自分もいるしで。
「それより、今日は何にしますか? 食べに来たんですよね?」
「ああ、そうだな…前と同じで肉とフィッシュアンドチップスで。」
「かしこまりました! 席は自由なところにお願いします!」
厨房に戻り、調理を始めようとしたところ。
「…待って。」
セシカさんに呼び止められた。
「はい。あ、もしかしてデザートの注文ですか?」
セシカさんはあと少しで料理を食べ終えるといった具合だった。
女性がこのタイミングで追加注文するとなれば食後のデザートだろう。と思ったんだけど。
「さっきの人と貴女ってどういう関係? ただの客には見えなかったけど…」
「友人ですけど…どうしてそんな事を?」
「……私もしたい。」
「え?」
「私も、ほっぺふにふにしたい。」
…………
????????
「…え?」
ハテナの大量発生。
え? えっと? どういうこと?
ほっぺ? 僕の? なんで?
「注文は貴方の頬っぺた。」
「あ、あの、僕は売り物じゃないので…」
どこかのお店で笑顔をメニューに載せてたところもあったけど、さすがにほっぺは見たことないなぁ…売れないだろうし。
「し、執事さん。何か言ってください。」
「……お嬢様、マノア様がお困りです。
それに、仕事中ですので長時間引き止めるのも良くないものかと。」
「………」
「……マノア様、申し訳ございません。
貴女様自身の円滑な業務の為にお願いします…」
執事さん弱い…
セシカさんの鋭くなった眼光に射抜かれた瞬間、態度が小さくなってしまった。雇用主だから頭が上がらないのだろうか。
「……今回は特別ですよ?」
「ありがとう。」
目を閉じて顔を突き出す。見ようによってはキス待ちに捉えられなくもないけど、そういう意図ではないので意識しないようにした。
「…ふふ、柔らかい。」
さっきもだったけど、他の人に頬をいじられてるのは変な感じがする。
こそばゆい? くすぐったい?
どっちも違うけど、不愉快なようなそうでもないような…不思議な感じだ。
「………ありがとう。」
満足してくれたようなので、今度こそ厨房に…
「…あの、すみません。」
「はい。」
「……ほっぺ下さい。」
「非売品です。」
…厨房に戻った。