百二話 焦りました!
前回から一ヶ月以上経ってるとは…日も短くなりましたね。
「ただいまー…」
「お帰り、お手伝いお疲れ様。」
引っ越しの手伝いから帰ってきたフォリスは疲労困憊といった様子だった。
いつも元気いっぱいのフォリスでも慣れない肉体労働は流石に堪えたらしい。目に見えて元気が無い。
「ご飯できてるから、食べて汗を流したら寝ちゃっていいよ。片付けは全部やっておく。」
そうなることも考えて食事もお湯も準備済みだ。
「本当? 助かる…ありがとう、先輩。」
「あと、この前ウォンリー島で知り合った人が泊まりに来るけど…あんまり騒がないようにするね。」
「え? そうなの? どうして突然?」
「前に遊びに来るって言ってたけど、やっと都合がついたんだろうね。今日来てお泊りすることになったんだ。
今は町を回ってるらしいけど、多分そろそろ来るんじゃないかな。」
「そうだったんだ。
ちょっとくらいならうるさくても良いけど、ウチを起こさないくらいにしてね。」
「分かった、気をつけるよ。」
よそい終えた夕食を少しゆっくり食べたフォリスはすぐにシャワーを浴びて寝室に向かった。
コンコン
それと入れ替わるように玄関の扉が叩かれ、すぐにそちらへ向かう。
「こんばんは、マノア様。」
「こんばんは。」
予想通り、ドアを開けてすぐそばに立っていたのはウィラさんとティーサさんだった。
「いらっしゃいませ…って、お店の時の癖が出ちゃいました…こんばんは。」
反射的に言ってしまってちょっと恥ずかしくなった。
「間違ってはいないんですし良いんじゃないですか?」
「なにそれ、職業病?」
「あはは…そうかもしれませんね。」
似たようなものは感じる。まあ全然違うんだけど。
「あ、そうでした。今日はあんまり大きな声とか出さないでくださいね。フォリス…ウチの従業員が寝てるので。」
「こんな時間からですか?」
「確かに暗くはあるけど…」
「今日は引越しのお手伝いに行っていて、かなり疲れてるみたいなんです。今日お店に居なかったのも同じ理由です。」
「なるほど、そういうことね。」
「それは大変だったでしょうね…了解、気を付けるわ。」
「私も承知しました。」
「お願いします。
じゃあ、入りましょうか。いつまでもお客さんを立ちっぱなしにさせるわけにはいきませんから。」
「ええ。」
「はい。」
2人を家に入れ、リビングへ移動する。
一応彼女達からすれば初めて男の家に上がったからだろうか。やや緊張した様子が見受けられる。
「何も無い部屋ですが…」
「本当に何も無いわね。」
謙遜をそのままの意味で受け取られてしまった。
まあ、家具と言えばテーブルとか椅子とかくらいだから大分殺風景だけど。
「謙遜ですよ、本当に認めてしまっては失礼です。」
「あら、ごめんなさい。」
「良いですよ、本当の事ですし。
それよりせっかくの機会ですし、ゆっくりお話しでもしませんか? お茶もお菓子もありますよ。」
テーブルにはお茶もお菓子も用意している。
お菓子は買ってきた物と手作り物の両方を用意している。僕が全部作るのも良いけど、島には無いお菓子も色々食べてみたいだろうからね。
「そうね、頂くわ。」
「では、私はこれを…」
ティーサさんはお茶を口に運び、ウィラさんは僕が作ったクッキーに手を伸ばす。
「「…おいしい。」」
声が重なる。
作り手として作った物を褒められるのは嬉しい。それは今となっても変わらないものだ。
「やっぱりマノア、お茶淹れるの上手いわね。」
「こちらのクッキーも美味です。このお菓子は全部マノア様が?」
「いえ、そのクッキー以外は買った物です。お土産の参考になるかと思って。」
「なるほど、ではこちらも……これも良いですね。」
「あ、ずるい。私も食べる。」
と、2人は次々お菓子に手をつけていき、お茶も無くなっていく。
少なくなったお茶を継ぎ足しながら、僕は早くもお泊り会を提案して良かったと思うのであった。
「ねえマノア、マノカって人は知ってる?」
「え゛っ!?」
お茶会の最中に飛んできた名前にぎょっとして詰まったような変な声を出してしまった。
マノカって魔法少女やらされてた時に名乗ってた偽名じゃん…なんでティーサさんが知ってるの?
「そ、その名前はどこで…?」
「実は以前にも2人でこの町に来ていたのですが、その際にフォリス様と一緒に歩いていたんです。
驚きましたよ。血縁関係は無いと聞いたのですが、マノア様に瓜二つだったので…」
「しかも、マノアと同じで男なんですってね。」
???
あれ、何がどうなってるんだろう。
前に2人がこの町に来てたなんて知らなかったし、そもそもマノカは魔法少女で通ってたはずだから名前を聞いてたら女の子だと認識するはずだ。
っていうかそれは僕のことだしそれはおかしい。しかもフォリスが一緒に居たってどういうこと?
何があったんだろう…?
「…マノア? どうしたの?」
「あ、いえ。何でも…ちなみに、いつ頃来てたんですか?」
色々混乱はしてたけど、その時に会えなかったのが気がかりだった。
2人に無駄足を運ばせたとなると申し訳ないし、何より僕もその時に会いたかったのだ。
「半月ほど前でしたかね。」
…半月?
半月前って言ったら…
「あぁ…」
セシカさんと入れ替わってたあたりか。
なるほど、その時なら会いに行こうにも行けないか…
…ん? フォリスには会ってた? マノカって人が一緒に居た?
「…………」
「どうかされましたか? 頭を押さえて。」
「頭痛いの? 大丈夫?」
「大丈夫です、大丈夫ですけど…」
もうちょっとで何かが見えてくる気がする。
入れ替わり、フォリスとマノカ、会えない…
「………あー、そういうことか…」
僕と入れ替わったセシカさんが別人だと言い張ったのか。
そう言えばセシカさんはティーサさんもウィラさんも知らないし、2人を知ってる体で接するのは無理だったのかも…
「何が?」
「いえ、確かにその時期はここに居なかったなと。通りでお二人が来たことを知らなかったわけです。」
嘘は言ってない。
あの時僕の精神はセシカさんの体で彼女の家に居た。だから当時のこちらの事情なんて知る由も無かった。
フォリスも言ってくれれば………いや、そんな暇無かったし落ち着くころには忘れてるか。
「マノカから伝えてくれるって話だったけど…その様子だと聞かされてなかったみたいね。」
「あー、あれからマノカとは会ってませんからね。伝える機会も無かったんでしょう。色々バタついてたのもあってか、フォリスも忘れてたみたいですし。」
「そう言うことなら仕方ありませんね。」
ふう、ごまかしきれた…
入れ替わりの事は極力秘密にするように言われてるので安心した。2人を信用してない訳じゃないけど、情報っていうのはどこから漏れるか分からないからね。隠さなきゃいけないことは知ってる人数が少ないに越したことは無い。
「ねえ、そう言えばその時ってマノアは何してたの?」
うっ、そう来ちゃったか。
何かテキトーにごまかさなきゃ…
「……ウォンリー島の時と一緒ですよ、新しいレシピを求めて旅に出てました。ものには出来ませんでしたけどね。」
「そうなんですか…そんなに難しい調理方法だったんですか?」
食いつかないでお願い! ボロが出ちゃうから!
「えっと…情報自体がガセで、無駄足でした…」
「そうでしたか…」
「あの時は残念でしたね。あ、お茶新しいの淹れてきますね。」
そう言ってその場から離れ、戻ってくる頃には話題が変わっていることを祈る。
…他にもそういうことなかったよね? 後でフォリスに聞いておこう。