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プロローグ

 ――お前は世界を………。


 どこからか声が聞こえてくる。彼はそれを正確に聞き取ることができなかった。だがそれは確かに彼の心に刻み込まれた。


「ここはどこだ?」


 彼に自分の言葉は聞こえない。

 自分が今喋ったのかすら彼には断定できなかった。

 ものすごい速さで落ちてる気もするが、その場に留まってるだけなような気もする。体のあらゆる感覚が正常に働いてない。


 ――お前じゃ誰も…………。


 どこからか声が聞こえてくる。そんなことを言われたのは初めてだった。だがなぜか聞き覚えがある気がした。


「違う! ――俺は! ……」


 彼はなぜ自分がこんなに動揺しているのか理解できなかった。だがまるで核心を突かれたような、そんな感覚が彼を襲う。


「俺は頑張った! 血反吐吐いて! あんなに体酷使して! 本当は嫌だった! でもあいつらを救いたい! 叶うならば一緒に生きたい! って……確かにそんなのは俺の自己満足かもしれない! でも……俺は……」


 彼は感情を吐露した。彼自身、自分がなぜこんな感傷的になっているのか、何を言ってるのか全く理解できなかった。だが何か、ずっとつっかえていたものが取れたような、そんな感覚を覚えた。


 ――お前は誰だ?


 その声はなぜか心にすっと入ってきた。彼には質問の意味がわからなかった。彼にとって俺は俺であり他の何者でもないのだから。


「俺は……」


 ただ自己紹介をすればいいのだ。簡単だろう、誰でもできるはずだ。


「俺は……」


 言葉に詰まる。自分のことは世界の誰よりも自分が詳しいはずなのに……。

 今まで感じてなかった感覚が彼を襲う。感じてなかったというより、感じないようにしていたというべきか。それは喪失感。

 何か大切なものを失ってしまったような……そんな感覚。


「それがなければ俺は何もできなくて、何も成さなくて、何も救えない……雑魚でグズでしょうもなくて無様でださくてバカで腰抜けで偽善者。そんな俺は……俺は……誰だ?」


 次の瞬間、衝撃が彼を襲い彼は意識を失った。




 ―――――――――――――――――――――――――――




 学ラン姿の男がとある森の地べたに横たわっている。

 そこには葉が地面に落ちる音さえ聞こえるような静寂が漂っている。そして木々の間から光が降り注ぎ、流れる川の水が玲瓏と輝いていた。

 カメラを持っていれば思わずシャッターを切ってしまう。そんな情景が広がっている。だがそれは男さえ横たわってなければの話だ。その男は明らかにこの情景にそぐわない。

 異質である。

 そんなことはよそに、その男は今、パチリと目を開けた。男は周りを見渡し、少しの間熟考し、全てを理解したように、


「バカかよ」


 これがその男、三坂幸人(みさかゆきと)が異世界で初めて発した言葉となった。


 ユキトは混乱する頭を落ち着かせ、まず今日何があったか思い出すことにした。

 ユキトの今日を一言で表すと『最悪の一日』である。

 まず最初に登校途中カラスのフンが髪に直撃し、一旦家に帰るはめになり学校に遅刻。学校に着いたと思ったら担任に叱られ、授業が始まると思ったら抜き打ちテストが始まり全くわからなくて死亡。昼休みには好きな子にフラれ、下校途中にまたカラスのフンが直撃。まさに最悪のフルコースである。

 しかしこの全ての最悪がただ『運が悪い』の一言で片付けられないことがユキトにとって最悪なのである。


 ユキトは周りを気にしすぎるところがある。これはメリットでもデメリットでもある。周りを気にするがあまりリーダー性などを発揮することなどはできないが、周りをよく観察するため周りに合わせるのが得意だ。

 ユキトは今日の登校時も下校時も周りを見てカラスの溜まり場の電線を避けるように歩いていた。だからフンに当たる確率は限りなく低い。

 まず1日の中で鳥のフンに直撃する確率は423万分の1と言われている。ジャンボ宝くじの2等が当たる確率は500万分の1なのでそれに近い。しかも1日2回も直撃となると、もはや天文学的確率になる。

 だが自分からあたりに行ったとしたら確率など意味はなくなる。でもユキトはそんなひん曲がった性癖の持ち主ではない。ユキトの体は確かにフンにあたりにいった。しかし当たりにいったのは()()()()()()()


 ユキトは今高校2年生であり、そんなユキトには高1から好きな女性がいた。名前は天空風華(あまぞらふうか)。一目惚れだった。だがユキトは女性と話すのが苦手だった。特に風華と話す時は何言ってるかわからないほどである。そんなユキトが告白などできるわけない。だがじゃあなぜフラれたのか……それは告白したのがユキトであり()()()()()()()()()()


 三坂幸人は特殊な高校生である。

 その体には2つの別人格が憑依している。


「よっしゃーー! 異世界だやっほぉおぉぅー! ……これが異世界に転移した時の満点の反応な」

「おいレーギル俺の体を勝手に操るな! あと俺はそんなキャラじゃねぇ」

(今のレーギルだったんだ……ユキトの頭がおかしくなったのかと思った)

「おいレーギル! ナギを見習え! 俺の口で喋んな!」

「いやーでも今日お前の体操ってフンに直撃させたのはナギだぜ?」

(フンに当たると運が良くなるんだよ! 本で読んだ)

「その本絶対ぶち壊す……でもフン問題は今いんだよ! そんなことより俺の体を操って風華さんの下駄箱にラブレター入れたやつは誰だっけ?」

(レーギルだよ)

「夜寝てる時に操って書いて学校まで行って下駄箱に入れたのさーこれならお前も気づきようがない。まさに完全犯罪」

「悪魔の如き所業……俺の気持ち考えたことあんのか? 昼呼び出されて『まさか告白されるのか?』って心を躍らせて屋上に行ってみたら『ごめんなさい』だぞ! 状況を理解するまで中々の時間がかかったわ! 俺の心はボロボロだよ!」

「ギャハハハハハハ」 

「笑うな! そして操るな! はぁはぁ……」


 この状況を客観的に見ると、1人で話し続けてるド変態である。2人に憑依されたのは割と最近なので2人を上手く対処できず、生活にまで深く影響を及ぼしている。2人は基本的には周りには聞こえない、ユキトのみに聞こえる喋り方をする。だがユキトの体を操ることで世界に干渉できる。操られることは拒絶できない。だからユキトの人生はめちゃくちゃだ。

 レーギルはとにかくうるさくやかましく害しか及ぼさない。ナギは静かだが発想が狂気。これがユキトが2人に持ってる印象である。


(てかさユキトテンション高いね。なんかいいことあったの?)

「そりゃやっとあんな腐りきった世界からおさらば出来たんだ! テンションも高くなるさ! …… これが満点の反応な」

「うるせぇなぁだまれよー不安しかねぇから喋り続けてんだよ」


 ユキトの声は細々としている。木には現実ではありえないような神秘的な果実がなり、目が奪われてしまうほど妖艶に舞う蝶。最初は冗談だろと思ったが目の前の情景がそれを現実にする。異世界に来てしまったと。言いようのない身の毛のよだつような恐怖に見舞われる。


(こういうの異世界転生って言うんだよね。本で読んだ)

「いやちげぇーよー俺は死んでないから転移……」


 ユキトは急いで近くの川を覗き自分の顔を確認した。

 それは何千、何万と見た見覚えのある自分の顔だった。


「はぁーーよかったー死んではないんだな俺……」

(なんで死んでないってわかるの?)

「転生だったら顔とか年とか種族とか色々変わるんだよ。この顔! 俺だ! この顔の持ち主は世界に1人だけなんだよ!」

(よかったね)

「つか起きたら全く知らない場所にいるが1番怖いな、水曜日のダウンタウンでこの説やってくんないかなー……やったとしてももう見れないわ」


 一瞬の静寂。ユキトの不安を倍増させる。ユキトはこんな喋る人間ではない。だが喋ってないと落ち着かないのだ。不安で不安で仕方がないのだ。


「おいレーギル俺の体を操れそして喋れ……」


 ……………………………


「なんでこうなったら喋んないんだよ!」

「お前まさか元の世界に帰りたいとか考えてんのか?」

「当たり前だろ! 異世界に着いた瞬間、今までのこと全部忘れてこの世界を楽しめるようなサイコパス野郎じゃねんだよ! ホームシックゲージがフルMAXなんだよ!」


 三坂家を構成するのは母、幸人、弟の三人であり、

 母の(ゆき)は孤児院を経営しながらパートなどで家計を支えていた。孤児院といっても捨てられた子、身寄りのない子を家で育てる程度のことだ。孤児院と名乗ることで孤児達が集まってくる。孤児達を入れると家にいるのは合計で8人である。

 雪が孤児を連れてくるたびに貧乏になっていったが、そんな母を幸人は尊敬していた。


「でもどうやって? 方法は? 異世界行ったやつが元の世界に帰るなんて聞いたことあるか? そんなものはない。嫌なことは全部忘れちまって楽しむのが俺は吉だと思うぜ。逆になんで帰りたいんだよ」


 そうここは地球上ではない。少なくとも元の世界に帰るには人知を超えた力を使わなきゃいけないのだ。そんな力の知識ユキトにはない。元の世界に帰る難易度はレベルMAXである。

 そしてレーギルは楽しむとかほざいてるが本当にこの世界は俺が楽しめるほど優しいのかとユキトは疑念を抱いていた。

 好きな人と結ばれることもなく、レーギル達のせいで友達とも疎遠になってはいたがユキトは元の世界にある程度満足していた。特に頑張らなくても死なない。そんな当たり前の世界に生きていたユキトにとって異世界という弱肉強食の世界は不安しかない。足がすくむ。恐怖で手が震える。だがそんな震えをかき消すように手を握る。


「うるせぇな……俺はあの世界もそこに生きる人達も結構好きなんだよ……ないなら見つけてやる……この世界から元の世界に帰る方法を」


 このまま異世界で暮らすってことは元の世界では行方不明のまま人生を終えるってことだ。そんなのは嫌だ。今まで育ててくれた……恩返しもしてねんだ。せめて生きてるって伝えなきゃ。ユキトは決意した。何がなんでも元の世界に帰ると……。


「うるせぇって言われても……喋ってんのはお前の口だけどなマザコン君」

「俺はマザコンじゃねぇ」

(長い……そんなことはどうでもいいから移動しようよ)

「ごめん」


 怖いけどここにいても何も始まらない。

 こんな初期リスポーン地点みたいなとこに答えが隠されてるわけねえしな。

 そう考えながらユキトは歩みを進めた。

読んでいただきありがとうございます!

この作品は諸事情により連載が止まっていた前作を改変し1から書いたものです。前作とはかなり違います。

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