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少年と木と

作者: 津地こう

第一章 出逢い


「この疫病神‼」

「近寄らないで‼」

「あんたなんか消えてしまえばいいのよ‼」

今日も大人たちから散々な言葉を浴びせられる。世界は冷たい。僕にとっての世界は闇そのものだ。

「なんで僕はこの世界に産まれたの?」

一度お母さんに聞いてみたことがある。そしたらお母さんはすごく怒って、でもその後すごく泣いた。お母さんのそんな姿を見たのは初めてだった。今までどんなに辛いことがあっても怒ったり泣いたりしたことなんかなかったのに。結局、質問には答えてくれなかった。

「・・・あなたはこの世界に産まれてくるべくして産まれてきたのよ・・・これから先、色々大変な事があるでしょうけどどうか挫けないで・・・あなたを愛しているわ・・・」

質問に答えてくれたのはそれから二年後、〝最期の言葉〟と共にだった。

お母さんは僕に産まれてきた意味があると言った。でも他の大人たちはそうじゃない。僕をとても冷酷な目で見てくる。僕の存在を完全に否定している。

「なんで僕はこの世界に産まれたの?」

試しに僕を働かせてくれている親方に同じ質問をしてみた。

「まぁ強いて言うならこの為だなっ‼」

そう言って親方は、僕を思い切りぶん殴った。僕の体は向かいにある棚の所まで吹っ飛んだ。

ガチャン‼

その衝撃で落ちた壺が大きな音をたてて割れた。

「お前の存在価値なんて俺のストレス発散の道具になるぐらいだ。お前みたいなゴミ野郎を働かせてやってしかも給料まで出してやってるんだ。感謝してもらわなきゃな」

「じゃあ一応僕には産まれてきた意味があるってこと?」

僕がそう言うとまた親方に殴られた。

「何うぬぼれてんだゴミの分際のクセに!てめぇなんて産まれてこなきゃ良かったに決まってんだろうが!無駄口叩いてないで早く働け!」

そして親方は僕をもう一度殴り、部屋を出て行った。

「僕って一体何なんだろう・・・」

お母さんは優しいから僕を庇ってくれただけだ。実際、僕は不要な人間なんだ。多分親方の言っていることは正しい。じゃあ僕は一体何の為に生きているんだろう・・・何の為に毎日こんな辛い目にあっているんだろう・・・。

目の前には割れた壺の破片が散らばっている。それと一緒に、棚から落ちてきたのであろう、ナイフがある事に気付いた。僕はそれを手に取る。

「きっと神様が用意してくれたんだね・・・」

僕は刃の部分を自分の方に向けて胸の前で構えた。

「・・・」

でもそこから手が動かなかった。

「くそっ‼」

必死に手を動かそうとしたがダメだった。しまいには手が震えだしてナイフを落としてしまった。

「あれ?なんで・・・」

そして僕の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。死ぬのは怖くないと思っていた。一人ぼっちの僕には悲しんでくれる人なんていないし、むしろ僕が死んだらみんな喜ぶだろう。そのはずなのに・・・

「僕はどうしたら・・・」

生きる事も死ぬ事も辛い。僕はその場でしばらく泣き続けた。しばらくすると親方がやって来て僕を仕事場に連れて行った。遅れた僕は親方や周りの大人達から散々殴られ、酷いことを言われた。遅れた分、仕事が終わったのはいつもより遅い時間だった。

「ったく!お前のせいで今日は遅くなっちまったぜ。本当に疫病神だなお前は」

「親方ぁ。なんでこんな奴いつまでも雇ってるんですか?さっさとクビにしちまえばいいじゃないですか」

「うちも人手不足だからなぁ。四の五の言ってられねぇんだよ。それに、半分以下の給料で雇えてるんだ。疫病神でも使いようってなぁ!はっはっは!」

大人達の勝手な言い分を背に受けながら僕は仕事場を後にした。


帰り道の途中にとても大きな木がある。それは天まで届きそうな程に高い。

「・・・」

僕はその木をただ呆然と眺めた。枝が全てなくなり、ただの柱と化したそれにかつての輝きは無い。

「君がレオ君かぁ」

その時、どこからともなく声が聞こえてきて僕は辺りをキョロキョロ見回した。

「ふふふ。ここよここ!」

その声の方を見ると、木の後ろから女の子が現れた。

「ふふふ!」

女の子は微笑みながら僕の目の前にやって来た。

「レオって僕の事?」

「そうよ」

久しぶりに名前を呼ばれた僕は戸惑ってしまった。周りの大人達は僕のことを疫病神とかゴミとかしか言わないから危うく自分の名前を忘れかけていた。天国に旅立つ前のお母さんが名前を呼んでくれたのが最後だったっけ。

「君は一体誰なの?」

「私はミル」

ミルと名乗ったその子は僕のことを真っ直ぐに見つめてきた。その瞳はキラキラと輝いており、僕を嫌がる素ぶりなど全く無い様子だった。

「どうしてそんな目で僕を見るの?」

「どう言う事?」

「みんな僕をすごく冷たい目で見るんだ。でも君は違う。すごく暖かい目をしてる。僕の事嫌いじゃないの?」

「どうして君の事が嫌いなの?」

「どうしてって・・・」

質問しているのはこっちなのに・・・何だか調子が狂うな・・・

「僕のお父さんがした事・・・知らないの?」

「知ってるよ。だってそのせいで、私は一人ぼっちになっちゃったんだもん」

「そうなんだ・・・」

「でもそれは君と関係ない。だってあれは君のお父さんがやった事でしょ?君は何も悪くないじゃない」

「違うよ。僕がこの世界に産まれてきたこと自体がダメなんだ。お父さんの子供である事がダメなんだ。だから僕なんて産まれてこなければ・・・」

「やめてっ‼」

ミルが僕の言葉を遮るように大きな声で叫んだ。僕はビックリして彼女の顔をまじまじと見つめた。

「泣いて・・・いるの?」

「そんなこと言っちゃダメ‼絶対・・・ダメなんだから・・・」

僕の脳裏に蘇ってくる記憶。そう、お母さんが唯一怒って泣いた日。ミルの様子はあの時のお母さんと一緒だ。

「君はこの世界に産まれてくるべくして産まれてきたの。だから産まれてこなければ良かったなんて言っちゃダメなの」

彼女は、お母さんが最期に残した言葉と同じことを言った。

「どうして僕なんかの為に泣くの?僕と君は他人同士じゃないか」

「他人同士だったらいけないの?」

「そんな事は言ってないけど・・・」

「実は私にも良く分からないの。でも、もしあなたがこの世界からいなくなっちゃたら私、とても悲しいと思う」

不思議だった。今出逢ったばかりなのに、僕なんかの為に泣いてくれて、しかも僕がいなくなったら嫌だという。お父さんのせいで大切な家族を失っているのに・・・

「僕のお父さんが憎くないの?」

「憎いわ。でもさっきも言った通りそれはあなたとは関係ない。それを全てあなたに押し付けている大人達はおかしいのよ!まったくもう!」

彼女はそう言って地団駄を踏んだ。

「やっぱり分からないよ。僕なんかの為に怒って泣いて、どうしてそこまで出来るの?」

「さっきも言ったでしょ。良く分からないって。でもこれだけは言える。私はあなたの味方よ。別に信じてくれなんて言わないけどね」

彼女はまた、僕の目をまっすぐ見つめてきてそう言った。どうして僕なんかの相手をしてくれるのか、それは良く分からなかったけど、彼女が嘘をついていないという事だけは十分に分かった。

「ねぇミル。良かったらさぁ・・・これから毎日お話をしない?」

「うん!もちろんいいよ!君の事、もっと知りたいもん!」

彼女は満面の笑みでそう言った。それを見た瞬間、胸がキュンとなった。何なんだろうこの感覚は。今まで経験したことの無い感じだ。

「場所はどうする?」

「僕だけが知ってる秘密の丘があるんだ。明日はとりあえずここに集合して、それから丘に移動しよう」

「分かったわ。じゃあまた明日ね。おやすみ、レオ」

「おやすみ、ミル」

そうしてミルと別れた僕は家路へと急いだ。その日は翌日の事を考え過ぎて、中々眠る事が出来なかった。


「このグズが‼」

「てめぇなんかさっさと消えちまえ‼」

翌日、仕事にやって来た僕に対する大人達の態度は相変わらずだった。でもいつもみたいに辛くは無かった。これが終わればまたミルに会えるから。

「お待たせ、ミル」

仕事が終わると急いで待ち合わせの場所へとやって来た。そこにはすでにミルの姿があった。

「こんばんは、レオ!・・・って今日も酷くやられたわね・・・」

暴力によって傷だらけになった僕の顔を見てミルが言った。

「うん。でももう慣れっこだから。大したことは無いよ。それより早く行こう」

「オッケー」

そうして僕たちは村の外れにある丘に向かった。


「じゃーん!手当てしてあげようと思って持ってきたの!」

目的の場所に到着するなりミルはそう言って、カバンから救急箱を取り出した。

「いいよそんなの。子供じゃあるまいし・・・それにさっきも言った通りこんなの慣れてるから」

「十分子供のクセに!」

「ミルには言われたくないよ!」

僕は少しムッとして言い返した。彼女は僕より背は随分小さいし顔も幼く見える。そもそも僕のほうが年上だし。それなのに完全に主導権を握られているのが悔しかった。

「はいはい。分かった分かった」

ミルはそう言って、消毒液を染み込ませたガーゼを僕の顔に近づけてきた。

「ちょっ!だからそんなのいいって‼」

「ダメ!おとなしくしなさい!」

「ひゃっ‼」

傷口にガーゼを当てられると、それがとてもしみて僕は変な声を出してしまった。

結局その後は彼女にされるがまま、お世辞にも上手いとはいえない治療を受け続けた。僕は終始強がっていたけれど、内心ではとても嬉しかった。僕を傷つける人はたくさんいるけど、癒してくれる人なんていなかったから。

「ケガしたらすぐ言うのよ。私がまた治療してあげるから」

「べ、別にいいよ!そんなの!」

「もしかして痛かったから?私が下手だったから?ゴメン・・・」

ミルは泣きそうな表情になってそう言った。

「そ、そんな事ないよ‼ほ、本当は・・・ミルに手当てしてもらって嬉しかったんだ!だから・・・泣かないで・・・」

今度は僕が泣きそうになりながら必死にフォローした。

「ぷ、ぷくく・・・」

「ミル?」

「ぷぷぷ・・・ゴメンゴメン!ちょっとからかってみただけなの。君がどういう反応するか見てみたくって。そしたらすごく必死になっちゃってさ」

「酷いよ!僕、ホントに心配したんだからね!」

「レオは優しいのね」

「僕が?そんなはずないよ。僕のお父さんはたくさんの人を傷つけたんだ。その子供である僕が優しいわけ無いじゃないか」

「またそんな事言う!いい、前にも言った通りあなたはあなたなの。お父さんとは違うの!」

「・・・」

「もし君が悪い人だったら私は今、君とこうして一緒にいないわ。こんなにいっぱいお話しするのは君とだけだもの。いい?レオはレオよ。他の誰でもない。もっと自信を持って!」

彼女はそう言って僕の背中をバシッと叩いた。

「痛いよぉー!」

「あははゴメン。思いっきり叩きすぎちゃった」

「もぉー!」

「ねぇレオ。一つ約束してほしいの。自分は要らない人間だなんてもう二度と思わないで。約束できる?」

「分からない・・・」

「私にはあなたが必要なの。あなたとこうして話している時間が、私にとっては何よりも幸せなの。つまり、レオには私を楽しませるという存在理由があるわけね!」

「僕の・・・存在理由・・・」

「そうよ。レオがいなくなったら私、寂しくて死んじゃうわ・・・」

「そんなのダメだ‼」

僕は無意識にそう叫んでしまった。

「そう、ダメよ。だからレオがいなくちゃダメ」

「・・・僕も・・・ミルがいなくちゃ嫌だ!」

「ふふっ。嬉しい」

ミルが満面の笑みでそう言った。それを見てまた僕の胸はキュンとなった。一体これは何なのだろう。何かの病気なのかな。

「私ね、あの事件以降ずっとあなたの事見てたの。勝手な事言う大人達に言い返してやれって思いながらね。でもあなたはずっと耐えてた。自分で何もかも抱え込んで。何度も声掛けようと思ったわ。でも、私怖かったの。あなたに関わって同じような目にあわされちゃうのが・・・情けないわよね本当に。散々偉そうな事言っておきながら私も大人たちと変わらなくて・・・ほんとにゴメンね・・・」

ミルは申し訳なさそうに俯いた。

「そう思うのはしょうがないよ。村の人達だって本当はやりたくてやってるわけじゃないと思うんだ。ただ・・・お父さんがした事に対して怒りをぶつけずにはいられなくて・・・どうであろうとミルは僕に出逢って話しかけてくれた。それで十分じゃないか」

「あなたは優しすぎるわ本当に。でもそれがレオのいい所なんだけどね」

「ねぇミル。お願いがあるんだけど・・・」

「なぁに?突然あらたまって?」

「あれ、僕のお母さんのお墓なんだ」

端の方、僕が指さした先には少し大きめの石があった。ミルを連れて目の前まで行ってみる。

「これが・・・」

石の表面には乱雑にエレナと彫られていた。

「この下にはお母さんが眠ってる。誰もお墓なんか作ってくれないからこの秘密の場所に僕が作ったんだ」

「そうなんだ・・・」

「僕、お母さんにミルを紹介したいんだ。いいかな?」

「いいに決まってるじゃない!」

そうして僕たちは二人でお墓に向かって手を合わせた。

「そろそろ帰ろうか。明日も仕事に行かなきゃならないから、もう休まないと」

「辛い目にあうだけなのに・・・もう行かなくてもいいんじゃない?」

「でも・・・働かないとお給料貰えないし生活出来ないからね。それに親方以外、僕を雇ってくれる人はいないから・・・」

「・・・そっか」

「大丈夫!ミルに会えばまた元気になれるから!」

僕にとっての世界は闇そのものだった。でも今は違う。ミルという光が僕の心を照らしてくれている。彼女がいなければ僕はずっと闇の中にいただろう。ミルといつまでも一緒にいたい。僕は心の底からそう思ったのだった・・・


「さっさとしねぇか‼」

「てめぇやる気あんのか‼」

今日も仕事場では、僕に対しての罵声と暴力は収まらない。僕がここで働く事になったのは、あの事件のすぐ後だった。体を壊したお母さんは、古い付き合いだった今の親方に僕を働かせてくれるよう頼み込んだ。人手不足ということもあったし、給料は半分以下、僕に何があっても文句は言わないという条件付きで雇ってもらえる事になった。要するに上手く利用されたわけだ。それでも、生きて行く為には必要な手段だった。

「お待たせミル!」

今日も仕事終わりにミルと会う。彼女と出逢って一年が経っていた。

「こんばんはレオ!」

今日もボロボロになってしまった僕はミルから手当てを受ける。

「これでよし!」

手当てを終えたミルは満足そうに微笑んだ。

「ずいぶん上手くなったね」

「当たり前じゃない!毎日やってるんだから」

「そりゃそうだね」

「でも・・・もうあなたの傷付いた姿なんて見たくない・・・ずっとそう思ってきたわ」

「それは仕方ないよ・・・」

「ねぇレオ?」

ミルは今まで見た事のないような真剣な表情で僕を見つめてきた。そして驚くべき事を口にした。

「二人でこの村を出ない?」

「えっ⁉」

一瞬彼女の言った意味が分からず、僕は拍子抜けた声を出した。

「二人でこの村から脱出するの。ここは私達を苦しめるだけの場所・・・そうしたらレオはもう痛い目にあわずに・・・」

「ちょっと待ってよ!」

僕は彼女の話を遮るように言った。

「話が急すぎるよ!それに、出て行くって言ったってどこに?食べ物は?お金は?」

「お金ならここにあるわ。それに食べ物も」

ミルはそう言ってリュックの口を広げた。その中には大量の金貨と缶詰などの保存食がびっしりとつまっていた。

「今日はやたら大きなリュックを背負ってるなって思ったら・・・これどうやって⁉もしかして泥棒⁉」

「違うわよ!家にある物、全部売ったの。それと私が一年間働いて貯めた分よ。これを持ってキルグまで行くのよ。そこで私たちの新しい生活を始めるの」

「キルグ⁉無理だよ!僕のお母さんが物凄く遠い所にある町だって言ってたよ!」

「あなたを雇っている親方の家に馬車があるわよね?」

「・・・まさか⁉」

「勘がいいわね。その馬車を盗むの」

「ダメだよそんなの‼」

「どうして?」

「どうしてって・・・そんなの悪い事だからに決まっているじゃないか!」

「あら?じゃあ親方があなたをいじめるのは悪い事じゃ無いわけ?」

「それとこれとは話が別で・・・」

「あぁ、実はさっき家の物全部売ったって言ったけどあれは少し間違いなの」

「へ?」

「実は家ごと売っちゃったの。だから私にはもう帰る場所が無いのよ」

「・・・え?・・・えぇぇぇ‼」

「そう言う事。だから後戻りはもう出来ないの。つまり、やるしかないってことね!」

彼女からは少しも後悔の様子などは感じられなかった。

「・・・」

「何ぼけっとしてるの!早く行くわよ!」

「え・・・あぁ・・・」

彼女は、あまりの急展開に思考が追いつかず呆然と立ち尽くす僕の腕をとって走り出した。僕とミル、二人の脱走計画が今始まる・・・

 

「あの小屋の中よ」

丘から歩いて少し、僕たちは親方の家の前に辿り着いた。庭には大きな家畜小屋があり、ミルの話によるとその中に馬車があるらしい。

「ふぅー・・・」

僕は一息つきながら、先ほど彼女から強引に渡されたリュックを地面に下ろした。ドサッという音がするほどそれは重い。

「本当にやるの?」

「さっき言ったでしょ!もうやるしかないんだって!」

「でも・・・」

「もう!意気地なしなんだから!仕方ないからリュックは持ってあげるわよ」

「あぁ・・・」

彼女が、リュックを強引に奪い取ると、僕の腕を引っ張っていく。ミルは僕より大分小さい体なのに、重たいリュックを軽々と背負っている。一体どこにそんなパワーがあるのだろうか。彼女の力で小屋の前に辿り着く。

「ほら起きて、私よ」

中に入るとミルは荷台につながれた馬の耳元で囁いた。

「ブルルルル‼」

彼女の声に気付いたのだろう。馬は目を覚ますと、嬉しそうに鳴きながら身震いした。

「しー!ゴメンね起こしちゃって。私たちこれからこの村を出るの。だからお願い手伝って!」

「ブルルルル・・・」

馬は先程よりも小さめの鳴き声で応えた。僕には馬が頷いているように見えた。まるでミルの言葉を理解しているかのように。

「よいしょっと!さぁ、レオも早く乗って!」

荷台に荷物を下ろし、先に乗ったミルが言った。

「うん」

僕もそれに続く。

「結構広いでしょ?屋根もあるし。親方が自慢してるのを聞いた事があるの」

キルグから来る馬車をよく見た事があるけれどここまで立派なものは珍しい。たまに来る分にはいつもお偉いさんぽい人が乗っている。恐らく特別な人しか乗れないものなのだろう。そもそも馬車自体を持っているのはこの村で親方ただ一人だ。

「゛あの木゛のおかげで親方は大儲けしたのよ。それでキルグの偉い人から特別に買う事が出来たらしいわ」

「そうなんだ」

「さあ、行くわよ!お願いメルリ、キルグまで!」

ミルがそう言うと手綱も引いていないのに馬は走り出した。どうやらこの馬はメルリという名前らしい。

「後はメルリに任せておけば安心よ。そのままキルグまで連れて行ってくれるわ」

「すごいね!メルリにはミルの言葉が分かるんだね!」

「私達仲良しだからね。ねぇメルリ!」

「ブルルル!・・・ヒヒーン‼」

「うわっ‼」

馬小屋を出てすぐの所でメルリが突如急ブレーキをかけた。

「どうしたの⁉」

「ブルルル・・・」

メルリは酷く怯えていた。その脇を一匹の猫が通り過ぎて行った。

「何事だ‼」

それからすぐ、騒ぎで目を覚ました親方が、家から飛び出してきた。

「まずいわ‼メルリ、ほら頑張って‼」

「・・・」

ミルが必死に呼びかけるがメルリは動かない。

「何でメルリは動かないの?」

「猫が大の苦手なのよ。前に一緒に遊んだ時も、子猫が前を通っただけでこんな風になってしまったの。メルリ‼メルリ‼」

必死の呼び掛けも虚しく馬車は微動だにしない。

「お前たち何してる‼」

そうこうしているうちに僕たちは親方に見つかってしまった。

「きゃっ‼」

「うわっ‼」

僕とミルは大人の圧倒的な力で荷台から引きずり降ろされた。

「お前ら俺の馬車を奪って一体何をしようってんだ?」

「この村を出るのよ。レオと二人で‼」

「村を出る?」

「そうよ!あんた達大人のせいでレオは苦しんでばかり。それをもう終わりにするの‼」

「生意気言ってんじゃねぇ‼」

ミルは髪の毛を掴まれると顔から地面に叩きつけられた。

「ミルっ‼」

「俺はそいつの親父のせいで全てを失った!てめぇだってそうだろ。家族を失ったじゃねぇか!」

「それはレオのせいじゃない‼レオは何も悪い事してないじゃない‼どうしてそれが分からないの⁉」

ミルは地面に押さえつけられながらも、必死で顔を上げて言った。

「そんな事はとっくに分かってるさ」

「え?」

「別にそいつは何もしちゃあいねぇ。だが何もしていなくてもそいつは悪なんだ。あいつの息子としてこの世に存在している時点でな」

「そんなのめちゃくちゃよ!」

「ふん!まぁ恨むんならそいつの親父にしとくんだな。そう言えばお前らは一体どこに行くつもりだったんだ?」

「キルグよ!それがどうしたって言うの⁉」

「なるほどな。じゃあ連れて行ってやるよキルグに」

「どう言う事⁉」

「明日になれば分かる。わざわざ俺様が存在価値を与えて、おまけに給料まで出してやったってのにこの仕打ちとはな。丁度新しい働き手も見つかったしそいつはもう完全に用済みだ。二人揃って好きにすればいいさ」

「一体何を考えてるのよ・・・」

不気味だった。馬車を奪おうとしたのだからきっと死ぬほど殴られたりすると思ったのに。しかもキルグまで連れて行ってやるなんて・・・

「とりあえずここに入ってろ!」

僕たちは二人揃って真っ暗な部屋に入れられた。

「このリュックは貰っていくぜ。こんな旅支度までしてるなんてご苦労なこった」

親方は捨て台詞を吐くと小屋に鍵を掛けて去って行った。

「僕たち一体どうなるんだろう・・・」

「分からない・・・でも大丈夫よ!レオには私がついているわ!」

こんな状況でもミルは前向きさを失っていない。

「そうだね!ミルと二人なら大丈夫だ!」

真っ暗闇の中、お互いを手探りで探し当てた。手を重ね強く握り合う。

「一緒なら大丈夫!」

僕たちは明日への不安を抱きながらも、二人一緒なら乗り越えられると信じ眠りについた・・・


「おら!起きろお前ら‼」

次の日の朝、乱暴な声と同時に、親方に髪を掴まれた僕たちは外に放り出された。

「大切な商品を雑に扱わないでください」

「こりゃ失敬」

外には親方のほかに見知らぬ男がいた。高級そうな洋服に身を包んでおり、一目でこの村の住人で無い事が分かった。

「この人は一体・・・」

「お前たちを買ってくれる人さ」

「買ってくれる?」

「そう、この人はキルグから来た商人だ。いらないお前たちをわざわざ買ってくれるんだ。良かったなぁ。これで憧れの地で生活ができるんだぜ!」

「・・・つまり私たちは奴隷として売られたってわけね」

「そういうこった。いやー、丁度商人が来ている時だったからタイミングばっちりだったぜ。お前ら二人分、とんでもない高額で売れたしな。それにわざわざ運んできてくれた金もある。まさに飛んで火にいる夏の虫ってかぁ。わっはっは‼」

親方が下品な声で笑う。

「僕たち一体どうなるの?」

「知るかよそんなもん。じゃあ後は頼みますぜ」

親方はそう言うと去って行った。

「お任せ下さい。では二人を連れて行きますよ」

商人の男がそう言うと、馬車の中から二人の男たちが出てきた。そして僕たちの口元にハンカチをあてた。

「何をするんだ・・・」

抵抗する間もなく僕たちの意識は遠のいていった・・・




第二章 シュバフィンヒル家の力


「ここは・・・」

僕は見知らぬ部屋のベッドで目を覚ました。

「・・・ミル‼」

隣のベッドにはミルの姿があった。

「起きてよミル‼ねぇってばぁ‼」

僕はそう言いながら彼女の体を激しく揺さぶる

「・・・レオ」

しばらくすると彼女が目を覚ました。

「良かったぁ・・・無事で・・・」

「あなたも無事で良かったわ」

「うん。それにしてもここはどこなんだろう・・・」

「ここは私の家だよ」

声がした方に目をやると部屋の入口に誰かが立っていた。

「あなたは私たちを買った奴隷商人‼」

「ぼ、ぼ、僕たちをどうするつもりなの⁉」

「はっはっは。そんなに身構えなくても大丈夫さ」

男の人がそう言い、両手を上げ何もしないよアピールをしながら近付いてくる。

「そんなの信用できるわけ無いでしょ‼」

ミルが臨戦態勢をとる。

「じゃあ私がレオ君のお父さん、ライナー・シュバフィンヒルの友人だと言っても信じてくれないかい?」

「え?」

僕は驚いた。それは紛れもなくお父さんのフルネームだったからである。

「私が君たちを買ったのは奴隷として働かせる為じゃない。救う為だったんだ。君たちを安全に運ぶためとはいえ、こんな事までして悪かったね。私は寝不足に悩まされる事が多いからいつも持ち歩いているんだよ」

おじさんはそう言ってポケットから液体の入った瓶を取り出した。そこには睡眠薬と書かれており、口を塞いだガーゼに染み込ませてあったものだろう。

「どう言う事なの?」

「ライナーに頼まれていたんだ。息子を救ってやってくれって。それで数日前から私はあの村にいたんだ。レオ君を親方から買う為に。まぁミル君、君の存在に関しては予想外だったけどね」

「お父さんに?」

「そんなわけないでしょ!あの人のせいでレオはずっと酷い目あっていたんだから・・・救ってくれだなんて意味が分からないわ!」

「そうだ。あいつはとんでもない事をしでかし家族を、村人を苦しめた。だがそれには何か理由があるはずなんだ」

「理由・・・」

「そうだ。あいつはとても正義感の強い男だ。人を苦しめる為だけに行動するなんて考えられない。きっと何か特別な事情があったに違いないんだ」

「その理由って?」

「それは分からない。だが私は、友としてあいつの事を信じている」

おじさんは僕の目を真っ直ぐ見つめて言った。

「本当はもっと早く君を助けに行くべきだったんだけど・・・遅れて本当に申し訳ない‼」

おじさんが僕に向かって深々と頭を下げた。

「そんな、やめてよおじさん!」

「ライナーはあの事件の後すぐ私の前に現れた。そして息子を頼むとだけ言い残して姿を消した。事件を知らない私にはしばらくその意味が分からなかったんだ。そしてそれからすぐ戦争が始まって・・・」

キルグと村の間で起こった戦争。いや、キルグの兵士による一方的な略奪行為。村にある大木は一ヶ月に一度のペースで大量の実を付け人々に恵みもたらしていた。また、神秘的な光で人々の傷や病を癒す力も持ち合わせていた。人々はその木に神聖なる(ホーリー・ツリー)と言う名前を付け大切に守ってきた。そして、その代表がレオの一族、シュバフィンヒル家だった。シュバフィンヒル家の人間は代々特殊な力を持ち合わせており、木を元気にしたり成長を促進させたりする事が出来た。その中でもライナーは特別だった。何と、三日に一度実がなるように木を急速成長させたのだ。しかも、実だけではなく何故かお菓子や野菜までなるようになった。人々は皆、彼を称えた。恵みに感謝した。しかし、そんな彼がある日、ホーリー・ツリーの枝を切り落としてしまった。木は光を失い、実もつけなくなった。ライナーの信じられない行為に村人全員が言葉を失った。収穫物を重要交易材料としていたキルグの人々は激怒。腹いせに兵士を村に送り込んだ。殺戮と略奪によって村は戦火に包まれた。その際、ミルも親方も家族を失った。これが事件の真相とライナー・シュバフィンヒルが犯した罪である。

「ライナーは確かにとんでもない事をした。しかし絶対に理由があっての事のはずだ!頼む!どうかあいつを信じてやってくれ!」

おじさんはまた頭を下げた。

「ミルはどう思う?」

「何で私に聞くのよ!」

「だって・・・急にこんな話されても頭がこんがらがってて・・・お父さんはずっとただの悪い人だと思ってたから・・・」

「私もそうよ。そもそも何であんな事をしたのか、理由も分からないのに信じろなんて無理な話だわ」

「そうだよね・・・」

「じゃあ私たちでその理由を見つければいいのよ」

「どうやって?」

「それは分からないわ。でも信じられないなら自分の目で確かめるしかないじゃない」

「それはそうだけど・・・」

「じゃあそれで決まりね!」

ミルが勝手に話を進行させる。

「ありがとう!あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったね。私はカイン・ステファン。カインと呼んでくれ」

「よろしくカインおじさん」

「よろしく」

「こちらこそよろしく。決意を新たにした所で申し訳ないんだが・・・君たちに頼みがあるんだ」

「頼み?」

「実はね、親方から君たちを取り戻すためにほとんど全財産を使ってしまったんだ。そうでもしないとあの強欲男は首を縦に振らないからね」

「つまりどう言うことよ?」

「ここで暮らしていい代わりに君たちにも働いてほしいんだ。そして一部でいいから宿代として納めてほしい」

「それは当然の事ね。これから色々お金も必要だろうしいいわよ」

ミルの口ぶりはとても大人っぽい。こんなにちんちくりんなのに。

「あら?レオ、あなた今とても失礼な事を考えていなかったかしら?」

「へ?いやいや!そんなわけないでしょ!」

「嘘おっしゃい!私には分かるのよ!」

ミルが僕のほっぺたをつねる

「ひ、ひはいよひる‼」

「ははは!君たちは本当に仲良しなんだね」

こうして僕たちの新しい生活が始まったのだった


「2番のテーブルにこれ運んでくれー!」

「終わったらこっちなー!」

「はい!」

カインおじさんの家に住み始めて二年。僕はミルと二人揃ってカインおじさんの友達が経営している酒場で働く事になった。時間は夕方の五時から夜の十時まで。休みは週に二回ある。

「今日もミルちゃんは可愛いねぇー」

「そうでしょ?」

「・・・」

ミルはこの店でアイドルのような存在だ。彼女目当てでやってくる人も少なくはない。僕はそれがとても嬉しい。が、それと同時に何だか嫌な気持ちにもなる。それが何故なのかは良く分からないけど。

「じゃあこれ今月の給料な」

仕事終わり、僕たちはオーナーから給料を受け取った。

「・・・こんなに貰っていいんですか⁉」

「今月は忙しかったからな。二人ともそれに負けず一生懸命働いてくれたからそれのボーナスだ」

「ありがとうございます!」

「私の美しさのおかげね!」

「美しさ?」

「何でそれを疑問形にするのよ!」

ミルがまた僕のほっぺをつねる。

「だはらほれひはいって‼」

とにもかくにも僕たちの新しい生活は順調そのものだった。マスターは失敗すると怒るけれども暴力を振るったりは絶対しない。そして頑張ったら褒めてくれるしお給料もこうして増やしたりしてくれる。

「今日も疲れたねぇ」

「そうね。でもそれは頑張った証拠じゃない?」

「そうだね!」

仕事を終えた僕たちは帰り道を歩く。

「そう言えば、今日私が他の人に可愛いって言われてるのを見てどう思った?」

「何でそんな事を聞くの?」

「いいから答えて」

「ミルってすごく人気なんだなーって思うとすごく嬉しかった」

「それだけ?」

「後なんだか胸がモヤモヤして・・・何だか分からないけど嫌な気持ちっていうかさ」

「ふーん・・・」

「一体何なのさ?」

「べーつにー!」

ミルはすごく嬉しそうだった。

「?」

褒めたのがそんなに良かったのかな?

「レオにはまだ早すぎるみたいね」

「どういうこと?」

「そうやって聞き返す時点でまだまだってことよ」

「もう!意味分かんないよ・・・おっと!」

ミルとの話に夢中で目の前の小石に気付かず、僕はつまずいてしまった。

「あはは!何やってのよドジねぇ!」

「うるさいなー!」

「ムキになっちゃって・・・え?・・・ちょっとレオ!あなた何したの⁉」

ミルが突然驚いた声を出した。

「え?何が?」

「その手をついている木を見てみなさいよ!」

そう言えば、さっき石につまずいた時、木に手をついていたっけ。僕はミルに言われた通り木を見上げる。

「・・・何これ⁉」

さっきまで僕の背より少し大きいぐらいだった木がその倍ぐらいの大きさになっていた。そしてなお伸び続けている。僕が手を離すとその成長は止まった。

「これって・・・」

僕たちは大急ぎで家に帰り、カインおじさんに事情を説明した。

「それは技だよ」

「技?」

「君のお父さんが木を急成長させただろ?あれと一緒さ。あの技はグローエナジーと言うんだ。木に触れた時に君の技が暴走したんだよ」

「でも今まではそんな事出来なくて・・・」

村にいた時、自分にもお父さんと同じ力が備わっているかもしれないと思い何度か試した事がある。それが出来れば木を元に戻すことが出来るかもしれないから。でもダメだった。そもそもどうやってやるのかも分からないし。

「無意識のうちに眠っていた力が目覚めたんだろう」

「つまり、この力があれば村の木を元通りに出来るって事かしら?」

「そう言う事になるね」

「・・・」

「・・・でも・・・もうあの村には戻らないわ」

「え⁉」

ミルはてっきり、今すぐ村に戻ると言うと思っていたので僕は驚いた。

「私、今の生活がとても気にいってるの。だから今更、私たちを苦しめただけのあの村に戻る気は無いわ。レオはどう?」

「僕は・・・僕もそうだよ!今の生活が好きだ!カインおじさんがいて、マスターがいて、街の人たちがいて、みんな優しいし大好きだよ!あの村にいた時とは大違いだ。だから僕もここを出る気は無いよ!」

「そう。じゃあ決まりね。お金がたまったら出て行くからそれまではお世話になりますねカインさん。よろしくて?」

相変わらずミルの口調は大人っぽい。こんなにち・・・いやなんでもない。口に出さなくてもまた勘付かれそうで恐ろしい。

「もちろんいいに決まってるさ。もしかしたらライナーの事が何か分かるかもと思ったんだが・・・まぁ君たちがそう言うのなら仕方がないよ」

「・・・ごめんなさい・・・」

「謝る必要なんかないよ。まだまだ人生は長いんだ。その間に必ずライナーの手がかりを掴んでやるさ!」

「おじさんはどうしてそこまでお父さんを・・・」

「親友だからさ。前にも言っただろ?あいつを信じているって。それだけの理由だよ」

おじさんは窓の外を眺めながら言った。きっとどこかにいるお父さんに向かって言っている、そんな感じがした。

「じゃあ話はこれぐらいにしてもう寝ましょうか。今日は色々あって疲れたわ」

ミルはそう言って大きなあくびをすると寝室に入って行った。僕もそれに続く。

「ねぇミル?」

「どうしたのレオ?」

「さっきの話だけど・・・ミルは僕の為に残るって言ってくれたの?」

「違うわ。全て自分の意志で言ったのよ。あなただってそうじゃないの?」

「それはそうなんだけど・・・ミルは村に戻るべきだって言うと思ったからさ・・・」

「何?じゃあ私に、今すぐ村に戻りなさいとでも言って欲しかったわけ?」

「そうじゃないんだ・・・でもやっぱりこれでいいのかなって。もしかしたらあの木を元に戻せるかもしれないのに・・・」

「・・・」

ミルは無言でベッドに潜り込んでしまった。僕が余計なことを言ったから怒ってしまったんだろうか。

「おやすみミル」

僕は彼女に小さくそう言って眠りについた・・・


「・・・て」

「・・・きて」

「起きてって言ってるでしょ!」

「うーん・・・」

目を開けると目の前にミルの顔があった。

「やっと起きたわね!」

「どうしたのさ・・・こんなに朝早くから・・・」

「村に行くわよ。早く支度なさい!」

「村?」

「そう、私たちの故郷へ行くのよ」

「・・・へ?」

「へ、じゃないわよ!カインさんが馬車を用意して待っているんだから急いで!」

「ちょっと待ってよ!なんでそんな事になってるのさ⁉昨日村には戻らないって言ってたばかりじゃないか!意味が分からないよ!」

「そう、最初はそのつもりだったわ。あなたがあんな事言い出さなければね」

(もしかしたらあの木を元に戻せるかもしれないのに・・・)

昨日言った言葉が脳内で再生される。

「ごめん・・・」

「本当に優しいわねあなたは。あんな村放っておけばいいのに。でもやっぱりそれがレオだから。それにあの村の大人たちを見返してやりたいじゃない!」

「僕にできるかな・・・」

「できるわよ。レオなら大丈夫よ。それに、あなたには私がついてるんだから!」

「ありがとうミル!」

僕たちは馬車で待つカインおじさんの元へ向かった。



「戻ってきたわね・・・」

「うん・・・」

僕たち一行は数日間かけてキルグから村に戻ってきた。

「・・・なんでお前らがここにいる⁉」

後ろから突然大きな声がした。親方だった。

「こいつらはあんたに預けたんだけどな。二度と村には近付かせないって約束で」

「事情が変わったんですよ。ちょうど良かった。至急、村の皆さんをホーリー・ツリーの前に集めてもらえますか?」

「なぜだ?」

「理由は後で説明します。ちゃんとお礼はしますから」

「お礼?どのくらいだ?」

「ええっと・・・」

カインおじさんが親方の耳元に顔を近づけて話す

「よし分かった!みんなを集めてくればいいんだな!その約束忘れるなよ!」

親方はそう言うと凄い速さで村の中へと消えていった。

「よし準備できたぞ!」

そして親方はものの数分で戻ってきてそう言った。

「ではこれが約束の報酬です」

カインおじさんはそう言い懐から袋を取り出して親方に渡した。

「へっへっへ。ありがとうよ」

「ではホーリー・ツリーの元へ向かおうか」

カインおじさんの言葉で僕たちは移動した。そこには相変わらず天にも届きそうなほど大きな木がそびえ立っていた。枝が無く光も失っている。村を出ていくときに見た姿と何も変わっていない。

「てめぇは疫病神!」

「出て行ったんじゃなかったのか⁉」

「早く消えなさいよ!」

広場に集まった村人から僕に対して一斉にヤジが飛ぶ。

「皆さん落ち着いてください。彼は疫病神ではありません。この村を救う救世主になるのです」

「そいつが救世主だと⁉寝言は寝て言いやがれ!」

「そうよそうよ!」

「ここにいるレオがこの木を元に戻すのです!」

「元に戻す?そんな事できるわけねぇだろ!」

「そうだそうだ!」

「まぁまぁみんな、落ち着けよ」

親方がにこにこしながらみんなをなだめる。この件に関して一切反論しないという約束で大金を新たに貰ったのだ。

「あんた、また金に釣られたのか・・・」

「金の亡者め・・・」

村人たちが呆れたようにため息をつく。

「お前らおとなしくしとけよ。さもないと財産全部没収だ!」

「はいはい分かりました。あんたに逆らう気はないよ」

「・・・あの人こそ追い出すべきなんじゃないかしら・・・」

ミルがぼそりと呟く。

「何を言ってもここの村人たちは信じないだろう。だから実際に見せてやるしかない。頼んだよレオ君!」

「うん!」

「頑張って・・・レオ!」

カインおじさんとミルから想いを受け取った僕はホーリー・ツリーの前に立つ。そしてゆっくりと木に触れる。

(元に戻れ!)

心の中でそう念じてみた。しかし、木には何の変化もない。それから何度も念じてみたが何も起こらない。

「おかしいな・・・」

「おいおい!何やってんだよ!」

「やっぱり出来ねぇじゃねぇか!」

村人たちから容赦ないヤジが飛ぶ。

「レオ頑張って!こんなやつら見返してやるのよ!」

「そんなこと言ったって何も起きないよ・・・やっぱり無理だったんだ・・・」

「情けないこと言わないの!ほら!私がそばにいてあげるから」

そう言ってミルは僕の手に自分の手を重ねてきた。また胸がドキドキする。本当に何なんだろうこれは。

「もう!こんなにレオが頑張ってるんだから元に戻りなさいよ!」

ミルが木に向かって叫ぶ。彼女がこんなに必死になってくれているんだ。その想いに応えたい!そう思うと体から力が湧いてきた。

「元に戻れぇぇ‼」

僕の叫びと同時に木は成長を始めた。無くなっていた枝が生えたかと思うとすごい勢いで伸びていき、そこに実や食べ物が大量になった。

「やった・・・」

「すごいすごい‼やったわねレオ‼」

ミルが無邪気に喜んでいる。

「すげぇ・・・」

「やりやがったぜあいつ・・・」

村人たちがみな驚きの声を口にする。

「だーはっはっは‼俺はあいつならできると思ってたけどな!」

「ほんとに都合のいい男なんだから・・・」

「あはは・・・」

「やったねレオ君!」

「ありがとうおじさん!」

「じゃあ用も済んだし私たちのキルグに帰りましょうか!」

「うん!」

「何だあれは⁉」

「‼」

村人が叫んだほうを見ると、ホーリー・ツリーの表面に顔が浮かび上がっていた・・・



第三章 真実


「よくやったな小僧‼俺様ふっかーつ‼」

木はそう言いながら、まるで腕のようにガサガサと枝を動かしている。

「な、な、な、何なのよ一体⁉」

「俺様ホーリー・ツリーちゃん千五百五十六歳!よろしくぅ‼」

「・・・」

「おいおいノリがわりぃぞぉ」

「き、君は一体何なの?」

「俺様ホーリー・ツリーちゃん千五百五十六歳!よろしくぅ‼」

「それはもう分かったわよ‼どうして木に顔があって動いているのかを聞いているのよ‼」

「あーなるほどねぇ。それはあれだ。そこの小僧が俺様に生命力を与えたからだ」

「生命力?」

「そうだ。とてつもなく強いエネルギーは意思を持つほど俺様を成長させたのさ。まぁ俺様をこんな風に目覚めさせたのはライナーって小僧の父親が最初だけどな」

「お父さんを知ってるの⁉」

木は相変わらず枝を揺らしながら話し続ける。

「やつが俺様にエネルギーを与え続けた結果、今みたいに喋れるようになった。まぁそれはそれは驚いた顔をしていたさライナーは」

・・・

・・・

・・・

「な、なぜ木が喋っているんだ⁉」

「お前の力が強すぎたんだよライナー。お前は歴代シュバフィンヒル家のどんな人間よりも強い力を持っている。俺様それで意思を持つほど成長しちまったのさ」

「そうなのか・・・」

「せっかく喋れるようになったから言わせてもらうけどよぉ、俺様お前ら人間共の為に頑張るの疲れちまったんだ。だってよぉ、俺様の意思と関係なく無理やり成長させられ働かされてよぉ」

「そうなのか・・・すまん・・・」

「本当は思ってねぇくせに。まぁいいや。もう実を作るのも傷を癒すのも嫌だからな。だからもう俺様に干渉しないでくれ」

「待ってくれ‼そんな事したらキルグとの交易が止まってしまう。君が作る実はキルグとの友好の証そのものなんだ。それを断ち切ったら間違いなく戦争になってしまう‼」

「そんな事知るか。大体お前、同じ事を過労死寸前の人間に言えるのか?いいからもっと働けって。実に酷い話だと思わないか?」

「それは・・・」

「まぁ条件次第では考えてやらん事もないが」

「本当か⁉」

「お前の命と引き換えだ。」

「なんだと⁉」

伸びた枝がライナー目がけて向かってきた。彼は間一髪それをかわした。枝は地面に突き刺さっており、食らえば一たまりもなかっただろう。

「どうせ俺様が望んだところで働かせることをやめてはくれないんだろう?だったらお前を殺すしかない。そしてその後はお前の息子の番だ。シュバフィンヒル家の人間がいなくなればもう俺をこき使えなくなるからな!」

「何が条件だ‼」

「せっかく意思を持ったんだ。自由にやらせてもらうぜ!」

木は枝を伸ばしてどんどん攻撃してくる。ライナーはそれを必死で避け続けた。

「ぎゃっ‼」

そしてついには二本の枝を切り落とした。

「な、なにをしやがった⁉」

「俺はお前の管理者だぞ。触れることで木を成長させる技も使えるし、剪定用に要らなくなった部分を切り落とす技も使えるのさ」

「おのれ‼ならばこうだ‼」

木がそう言うと地中から出てきた何かにライナーは捕まってしまった。

「な、なんだこれは⁉」

何かで体をぐるぐる巻きにされたライナーが叫ぶ。

「俺様の根っこだよ。地中から伸ばしていたのにはさすがに気づかなかっただろう」

「くっ・・・‼」

「俺様よぉ、人間がどんな味がするのか食べてみたかったんだ。お前がその第一号だ。いただきまーす!」

「うわあぁぁぁ‼」

叫びとともにライナーは巨大な口の中に飲み込まれた。

「うん?な、な、何だ⁉」

・・・

・・・

・・・

「やつは最後の力を振り絞って俺様からエネルギーを抜き取りやがった。全く、とんでもなく器用なやつだ。エネルギーを抜かれた俺は意思を失いただの木になっちまった。しかも枝まで切られて惨めなもんだぜ。それをレオ、お前が再び復活させてくれたんだ。ありがとよ」

「そんな事が・・・ではあの時私の前に現れたライナーは・・・」

「あの世に旅立つ前の意思がお前の前に現れたんじゃねぇか?死んでまでそんな事ができるなんてつくづくとんでもないやつだ」

「どうして・・・」

「あん?」

「どうしてお父さんを殺しちゃったんだよ⁉どうして‼」

「さっきも言ったじゃねぇか。もう俺様は働きたくねぇんだよ。お前ら一族がいる限り俺様の安らぎはねぇんだ!」

「だからって殺すことはないじゃないか‼」

「お前もすぐ同じところに送ってやるから安心しろ‼」

木が枝を振りかぶるとレオ目がけて伸ばしてきた。

「危ない‼」

僕は死を覚悟して目を瞑った。一体どれくらいの時間そうしていたのだろうか。

「カインさん‼」

僕の耳に届くミルの叫び声。恐る恐る目を開けると血だらけのカインおじさんが僕を包み込んでいた。

「カインおじさん‼」

「君を守れて良かった・・・」

「どうして僕なんかを⁉」

「君は生きるんだ・・・強く・・・強く・・・。あぁライナー、君の事信じ続けてきて良かった・・・」

カインおじさんはそれだけ言うと力尽きた。そして枝につかまれて食べられてしまった。

「あぁ・・・」

「この野郎‼」

「叩き切ってやる‼」

村人たちが徒党を組んで木に向かっていく。だが、ことごとく蹴散らされどんどん食べられていく。

「僕のせいだ・・・」

「レオ・・・」

「僕が何も考えずにあの木を復活させたからこんな事になったんだ‼やっぱり僕なんか産まれてこなければ良かったんだ‼」

「それは言っちゃダメって言ったでしょ‼」

「なんでそこまで僕に関わるんだよ‼君には関係ないだろ‼」

「関係あるわよ‼」

「え・・・」

僕はミルに抱きしめられた。

「私はあなたが大好きだから‼優しいあなたがこの世界で一番大好きだから‼それじゃいけない?やっぱり他人だからダメなの⁉」

「ミル・・・」

「立ち上がってレオ!あなたのお父さんがしたようにあいつからエネルギーを吸い取ってやるのよ!」

「そんな無茶な!僕には出来ないよ・・・やり方も分からないし・・・」

「その通りだ!」

木がそう言うと、僕の体は地中から伸びてきた根っこにぐるぐる巻きにされてしまった。

「レオ‼」

「これでジ・エンドだ。お前は親父と同じように俺様に喰われちまうんだ。もしもの事を考えてしっかり絞め殺してから飲み込んでやる」

「お願いだからレオを助けて‼私はなんでもするから‼」

「何でもねぇ。じゃあ俺様が満足するように生贄の人間千人今すぐ用意しろ」

「そんなの無理よ‼」

「じゃあ交渉決裂だ。いただきまー・・・」

突然、木の動きが止まった。

「ぐー・・・すぴー・・・」

「眠ってる・・・?」

束縛していた根っこも緩まりレオは解放された。

「カインおじさんだ‼おじさんが持ってた睡眠薬の効果だよきっと‼」

「まぁこのタイミング的にそれしか思いつかないけど・・・まさか木にも効くなんて・・・でも今よ!起きる前に枝を切り落とすのよ!そうしたらあいつは何も出来なくなるわ」

「それはダメだよ」

「え⁉」

「だってあの木が言ってることは正しいんだもん。人間の身勝手で無理やり働かされて、あんな風にしちゃったのは僕たち一族の責任だ。お父さんもカインおじさんも殺されてもちろん憎いけど、だからってあの木を完全に悪者だって決めつけるのは間違ってると思う!」

「どこまでお人よしなのあなたは・・・じゃあおとなしく食べられる?」

「それは嫌だ!僕はミルと一緒にこの世界で生きていくんだ!」

「だったらどうするの⁉」

「あの木にお願いするしかない。これからはもう無理やり働かせたりしないから、こんな事はやめて下さいって」

「あなた正気?あの木が聞くわけないじゃない‼」

「大丈夫だよきっと!」

「・・・」

それから約数時間して木は眠りから覚めた。

「あーよく寝たよく寝た」

「お願いします!もう僕たち君に無茶させないからどうかこんな事はやめて‼」

「お願いよ‼」

隣でミルも頭を下げる。

「はぁぁぁ?こりゃ傑作だ‼もうどうしようもないからお願い作戦てかぁ⁉俺様がそれではい分かりました!なんて言うと思ってるのかぁ‼」

「タダでとは言わない。ちゃんと代償は払うから」

僕は懐からナイフを取り出した。

「ミル、これで僕の腕を切り落とすんだ」

「な、何言ってるのよ⁉」

「腕が無ければ木に触れることは出来ない。つまり、この木に干渉することは出来なくなる」

「そんな事出来るわけないでしょ‼」

「早くするんだ‼これは罰なんだ。この木を苦しめた僕ら一族への」

「なんであなたがそんなもの背負わなくちゃならないわけ⁉」

「仕方ないよ。こうでもしないと・・・」

「なんだそりゃ‼はっはっは‼」

突然、木が笑い始めた。

「あーあ、あほらしくてやってられねぇな。そこまでしようなんて考えるか普通?イカれてやがるぜ!寝てる間に俺様の枝を切り落とすなりなんなりできただろうに。お前のそのバカさ加減に免じて許してやるよ。人間は思ってたより美味くねぇしな」

「ホントに⁉」

「ああ。しかし少しでもおかしな真似をしてみろ。すぐに喰ってやる」

「もちろんだ‼」

「じゃあ俺様眠るからもう一生起こすなよ!」

木がそう言うと表面から顔が消えていった。

「ふぅ・・・」

僕は一気に力が抜けて地面にへたり込んだ。

「レオ・・・」

ミルが僕を抱きしめる。

「レオのバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ‼」

「い、痛い‼痛い‼」

僕はミルにめちゃくちゃ叩かれた。

「無事でよかった‼」

「ミルのおかげだよ」

「私は何もしてないわ」

「そばにいてくれたじゃないか。それだけで十分だよ」

「私たち生きてるのね・・・」

「あぁ、生きてる‼」

僕たち二人は互いに生きているという実感を噛みしめ合った。こうして小さな村で起こった大きな事件は幕を閉じた・・・




エピローグ


「ふぅー・・・」

あの事件から五年の月日がたった。僕とミル、生き残った村人数人による村の改革作業はようやく一段落を迎えた。畑を耕し田を作る。もうあの木に頼らなくても生きていけるように。

「痛いよ・・・」

「治療なんだから我慢しなさい‼」

ミルはキルグに行って医学を勉強していた。村に帰ってきた彼女は高度な治療まで出来るようになっていた。あの木の光が無くてももう大丈夫だ。

「ねぇレオ?」

「なに?」

「今でも自分は産まれてこなければ良かったって思ってる?」

「思ってないよ」

「ホントにぃ?私に叩かれるのが怖くて嘘ついてるんじゃないでしょうねぇ⁉」

僕は疑うミルのほっぺにキスをした。

「やったわねぇー‼」

僕はミルに追いかけられる。産まれて来て彼女と出逢えて本当に良かった。たくさん辛い事があった。でもミルがいたから乗り越えられた。多分これからもそんな事が沢山あるだろう。でもミルと一緒なら乗り越えていける。

僕はようやく見つけたんだ。自分の生きている意味を。僕の事を必要だと言ってくれる彼女と一緒にこれからを生きていく!










ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます!

結構な思い付きで書いた作品なので後半部分がかなりふわふわしているかもしれません。

どうか温かい目で見て頂けると幸いでございます。

まだまだ私勉強不足であると痛感しておりますので今後も精進してまいります‼

その時はまたどうかお付き合いくださいませ‼


二〇一九年 三月五日 津地こう























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