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今をときめかないD級アイドルは、どうやらごっこ遊びをするようです

作者: ところてん祐一

冷たい雨がザーザーと降り注ぐ。

時折、外が明るくピカッと光ったと思うと、そこから数テンポ遅れてゴロゴロゴロゴロと音が鳴り響く。

そう雷の音だ。別に猫が喉を鳴らしているわけじゃない。

外の天気は、あいにくの雨と鳴り響く雷のセットのおまけつきだ。


そんな悪天候な外を見て、私、九蓮寺飛鳥は、自嘲気味に思う。

アイドルとしての仕事もほとんどなく、オーディションを受けても落ち続け、ついにはそんな自分にも落胆することがなくなり、あり余った退屈な時間さえも慣れてしまったそんな最悪な自分の環境を示唆しているかのようで。そして、そんな自分の今後を暗示しているかように。

そんなことではいけない、と思いつつも一度イメージしてしまった不安は中々消えない。むしろじわじわと自分の中へと広がっていく。


・・・。

・・・・・・。

雨の日は嫌いだ。どうしても思考がネガティブな方向へと行ってしまう。

じゃあ、晴れの日は良いのかと言われれば、そうではないと答える。

晴れの日だと、仕事が無い日々、オーディションを受けても落ち続ける現実が見えてしまうので、とてもじゃないけど直視できない。今でこそ落ち込んだりすることに慣れてしまったけど、決してそれが辛くないわけじゃない。ただ、見ていないだけなのだ。

結局のところ、天気の善し悪しはあまり関係ないのだ。悪い方が思考をネガティブな方向に限定されてしまうということだけであって。わたしなんてちっぽけな存在なんだろう。


そんなに今の現実が嫌ならば、アイドルなんかやめてしまって他のことをしたらいいじゃないと言われるかもしれない。でもこんなどうしようもない私でもD級アイドル(もはや生存しているのか分からないレベル)を辞めない理由はあるのだ。たとえ怠惰に染まってしまった私でもこれだけは、辞めたくないのだ。

その理由とは、私がアイドルに魅せられたからなのである。

アイドルには、どんな人でも笑顔に変えることができる、そんな力をアイドルが持っているからだ。


昔、まだ私が小さかった頃、一人の友達が泣いていたのだ。とてもとても悲しいことがきっとあったのだと思う。私には、その理由も分からないし、ただ泣いているその子のそばにいることしかできなかった。

そんな時、街中のテレビから当時有名であったアイドル(その当時、私はそのアイドルについて知らない)が出ていたのだ。当時子供の頃の私はテレビをみても全くわからなかったのだけど、食い入るように画面を見ていた。ふと正気を取り戻した私は、隣にいた友達の方を見たんだ。そしたら、その子が笑っていたのを見た。何を聞いてもしても友達は泣きやまなかった。でもそんな友達をテレビの中のアイドルは笑顔にしたんだ。

その時、私はアイドルに魅せられたんだ。泣いている友達を笑顔に変えられるそんな力に。

だから、私は、アイドルを目指したんだ。悲しんでいる人を笑顔に変える為に。


それから猛勉強して、なんとかアイドルとして、デビューすることはできたんだけど、最初に数回ライブに出させてもらってからは、ほとんど何も仕事ももらえず、ゲットすることもできないまま、結局諦めの境地に入ってしまい、今では落ちぶれてしまった。

そんな自分に悔しいとさえ思えないところが、悲しく、こんな状況でも結局D級アイドルをやめられない中途半端で怠惰な私自身が情けないのだ。


ピンポーン。

スーパーネガティブモードに入っていた私は、インターホンの音にハッと自身を取り戻し、玄関へと向かっていく。のぞき穴で外を一度確認してから、扉をあけるとそこには、そこには先ほど自分がのぞき穴から確認した人物もといインターホンが鳴った時から来ていたと思っていた人物が立っていた。その人物が私に微笑みかけるとこう言った。


「やぁ、こんにちは。九蓮寺さん。ちゃんとご飯は食べているかい?」



彼女の部屋へと入りこんだその人は、彼女へと近況を尋ねる。


「九蓮寺さん。以前私が渡した案内の選考はどうなりましたか?」


彼女は、やや顔をしかめて答える。


「すみません。また落ちちゃいました。」


その答えを聞いた人物は、そうかとだけ漏らして、部屋の中を少しの沈黙が支配する。

その沈黙を打ち破った彼女は、目の前に座る人物へと尋ねる。


「プロデューサーさん。今日はどうしたんですか?また、新しいオーディションでも見つかりましたか?」


その人物(自称プロデューサー)は、彼女の質問に答える。


「それもあるのだけど、一度そちらは後回しにさせてもらうね。

実は、少しお願いがあってきたんだ。九蓮寺さん。私とごっこ遊びをしましょう!」



プロデューサーからのあまりにも突拍子もない言葉に少し唖然としたが、私の聞き間違いではないかと思い、聞きなおした。


「ごっこ遊びですか?」

「そうだよ。ごっこ遊びだよ」


プロデューサーは、即座に返答した。どうやら私の聞き間違いではなかったようだ。何故今さらごっこ遊びなのだろう。ごっこ遊びって、おままごととかのことだよね?やや焦っていたのだろう。思っていたことがつい口をついてでていたようだ。


「えっと、ごっこ遊びって子供たちがよくするようなおままごととかのことだよね?なんで、今さらそんなことをするの?」


「そうだね。女の子だとおままごと、男の子だとヒーローごっこだったりする遊びだね。ごめんね。理由については、ごっこ遊びをしながら後で説明したいんだ。ただ一つこれもキミの為になると思うから」


「よくわかりませんが、わかりました。そうおっしゃられるのでしたら、やりましょう。私は、何をしたらいいですか?」


正直、不安でいっぱいだ。でもそんな私が、何故やろうと思ったのか、それはひとえにプロデューサーがとても真剣な顔をしていたからだ。とはいってもいつも真剣でないわけでは、ないのだが。

プロデューサーといってもあくまで自称である。どうやら私の数少ない舞台を見て、ファンになったらしく、最初の頃はこうして直接会うわけじゃなく、手紙などでオーディションなどの情報を教えてくれていたのだが、いつだったかこうして直接会うようになり、直接サポートしてくれるようになり、私も公認として認め始めたのだ。ただ、私的にはマネージャーだと思うのだが、本人がプロデューサーを自称しているので、私もそう呼んでいる。

話がそれたが、ともかくそれなりの信用を置いているので、やってみることにしたのだ。

久々にキミの為にと言われたのが嬉しかったわけでは決してない。ないったらないのだ。


「ありがとう、九蓮寺さん。それじゃあさっそくなんだけど”アイドル”と”観客”に分かれてアイドルごっこをしようか。九蓮寺さんには、交代でどちらの役もやってほしいんだけど、そんなに難しく考える必要はないよ。アイドル役の時は、いつもどおりにやってほしいんだ」


「えっ?はい。わかりました」


何が来るのだろうと身構えていた私は、少々拍子抜けしていた。アイドルごっこ?観客だけならまだしもアイドル役もやるだなんて思いもしなかった。これでも私は、一応D級”アイドル”なのだ。それにいつもどおりで良いとは、さらによくわからない。少しプロデューサーを疑ってしまう。とはいえ、一度やると言ったのだし、やって何かあるわけでもないのだから、ここは大人しくプロデューサーを信じてやってみよう。どうせいまさら失うものなんて何もないのだから。


「それじゃあ、九蓮寺さん。まずは、”アイドル”役の方からやってもらってもいいかな?私が観客役をやるね」


「わかりました。では、さっそく準備してはじめますね」


私は、そう言ってから深呼吸一度してやりはじめる。

いつもと同じように。


そして、私はいつも通りしている(ないしは思っている)ようにアイドル役を演じた。歌って、踊って、時にはトークを挟みながら。

その時々に観客役のプロデューサーが合いの手を入れたり、返事をしたり、入れたりなどなど。

そうして、私は、一通りやりきったのだった。


「お疲れ様。九蓮寺さん。それじゃあ役を交代して私が”アイドル”役をやるから、私と同じような形で観客役を頼むね。今回は、一つだけ注意点があるのだけれど、私が今から”アイドル”役をする時、今演じてくれた九蓮寺さんと全く同じようにするからしっかり見ていてほしいんだ」


「えっ?まったく同じことを?・・・わかりました。しっかり見ておきます」


私が演じたままを全く同じにトレースするという言葉にとても驚いた。

それに何かしらの意味があるのだろうか?考えたところで全く答えはでない。

とりあえずこのごっこ遊びを続けよう、そう思い直し続きを始める。


先ほどと全く同じことを役者を交代した以上の変化は無しにやり遂げる。

そう先ほど同じ内容、言葉、しぐさ、表情などすべてをだ。


全く同じ内容の物をやり遂げた後に私の中に残った感情、それは、こんな同じことを繰り返して何になるというのか馬鹿げている・・・というものではなく、かすかなしこりであった。

そうやり終わった後に、モヤッとしたもの、違和感、しこり、とにかくそういうものを感じたのだ。

この気持ちはいったいなんなのであろうか。


「お疲れ様。とりあえずこれでおしまいだよ九蓮寺さん。さて、それではいまから最初に言ってたところの説明にはいろうか」


そこまでを一息で一気に喋りきると、一息をついて再び話し始める。


「さて、ごっこ遊びのことについてなんだけれども、九蓮寺さんも知ってのとおり、小さな子供がする遊びのことなんだけどね。そもそもなんでするかっていうとざっくりというと子供たちの想像力や社会性を身につける為なんだ。想像力の方は分かりやすいと思うけど、役を演じることでそれがどういったものか、どんな姿かというイメージを頭の中で作ることでその力を成長させているんだ。社会性っていうとちょっと分かりにくいかもしれないけど、例えば役を演じる上でのルールを守ることやそれぞれの役を演じる上で協調性が身に付くんだよ」


「そうなんですね。それは分かりましたが、それが私と何か関係がありますか?あまり話が見えてこないのですが」


「うん。そうだね。そう感じるかもしれないね。じゃあ単刀直入に聞くね。二回目が終わった時にキミは何も感じなかったかい?」


「・・・!?」


「よかった。何かは感じ取ってくれていたみたいだね」


「ええ、少し。しこりがあるといいますか、少しモヤッとしました。」


「それは、おそらく自分が演じていた”アイドル”を見て、あまり楽しいと感じなかったのではないかな」


・・・!?

その言葉を聞いた瞬間、まるで自分が雷にでも打たれたかのような感覚に落ちいった。

それは確かにあまり楽しいとは思えなかったのだ。

何故それがわからなかったのだろう。

そんな自分の心境など知らないプロデューサーは、話を続ける。それが後ほど私に大きな影響を与えることになるとは知らずに。


「図星のようだね。ここから先の話は、キミにとって辛い話になるかも知れない。それでも私は、もう一度キミに頑張ってほしいんだデビューしたてのころのように。そんな何もかも諦めた表情を見たくないんだ」


プロデューサーは、一息ついてから続きを話し始める。

まるで、わが子を教え諭すかのように。


「まず、アイドルといっても色々あると思う。拙いながらも一生懸命がんばって、そんな姿を見せてもっと応援しようって思ってもらうやり方。ムードメーカーのように皆に元気を振りまいていくやり方。それは、もうたくさんあると思うし、どれを選んでもアイドルなんだと私は思う。でもね、キミはちがうでしょ?九蓮寺さんは、アイドルとしての活動を見せることで悲しんでいる子を笑顔にさせたいって言ってたよね。今でもその気持ちはある?」


「もちろんです!!悲しんでいる子を笑顔に変える、そんなアイドルの魅力に魅かれたのですから」


そうだ。私は、それがあるから例えどれだけ堕落したとしてもD級アイドルなんていう存在さえ怪しいものになったとしても、決してやめることはできないのだ。


「そうだよね。だったら、後は分かるよね。九蓮寺さんに何が足りないのか。そうそれは、奇しくもキミ自身の口から出た言葉、楽しくないというところだよ。キミは、ただ自分のことに必死で、キミの願いの一端である笑顔にするという点に取り組めていなかったんだよ。それが今日ごっこ遊びという形で、観客側にまわって、客観的に自分を見ることで理解できたはずだよ」


「そっか。お客さん側の気持ち・・・」


「そうだよ。それは、どんな形でも良い。エンターテイメント性でも例え上手くできなくても見ている人を笑顔にさせようと必死に頑張る姿。その気持ちをどんな形でも拙くても必死に伝えようとする姿勢。それこそが九蓮寺さんが目指すべき場所なんだよ!キミがデビューしたてのころ、何もかもが拙くて、それでも一生懸命に何かを伝えようとしていた。それを見て、私は心の底からキミを応援したいと思ったんだ。でもキミが徐々に挫折して諦めていく姿を見ていられなくなったんだ。そんなキミの為に何かしてあげたいと思ってサポートしてきたけど、結局ここまでなにもしてあげられなかった自分が悔しいよ。ずっとキミを見てきたからこそ余計にね」


「プロデューサーさん・・・。そこまで私のこと思ってくれていてありがとう。こんな私の為にサポートしてくれてありがとう。でもそんな自分が期待に応えられなくてごめんなさい。

プロデューサーさん。こんな私でもまだ間に合うかな?まだ笑顔にさせてあげられるかな?」


「九蓮寺さん。ありがとう。ごめんね。

きっと大丈夫だよ。笑顔にさせてあげたいというその強い気持ちがあれば」


「プロデューサーさん。ありがとう。もう一度頑張ってみせるよ。私は、もう諦めない。

プロデューサーさん、こんな私ですが、もう一度私のサポートをしてください。お願いします。」


「九蓮寺さん。こちらこそよろしくお願いします。キミの夢がかなえられるように私もしっかりサポートするからね。頑張ろう!

それじゃあさっそく、見ている側の気持ちが分かるように、楽しいと感じてもらえるように練習しましょうか」



雷が鳴り、あんなに激しく降っていた雨がやんだ。

その外の天気にまだ晴れ間は見えず、相変わらず曇ったままではあるが、これからに向けてようやく一歩踏み出すことができたのかもしれない。ただ、これからの行く先を晴れ間にするには、もう一歩頑張る必要がありそうではあるのだが。


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