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21 前夜祭

「はぁ……」


 これで何度目のため息だろうか。その度に、シシィや他の侍女達も心配そうに私を見つめる。

 その視線に気が付いてはいたが、フィルのことや、ジェイドの問題で他を気遣う余裕がなかった。何か良い案はないかと、立ち入ることを禁じられている庭を眺める。


「ノエル様。明日は仮面舞踏会初日ですので外へ出られますわ。明日から三日間は、ノエル様のお披露目もございますので、シャルワ様からの謹慎は解かれます」

 シシィが明るい話題を提供しようと、仮面舞踏会について説明を始めた。

 少しでも私の気分が紛れればと配慮してくれているのがわかる。だが、私の心は真っ暗なまま。


「初日はゴンドラに乗り運河から街並みをご覧頂きます。その後、散策も予定に入っておりますので楽しみにしていて下さいませ。仮面舞踏会の時にだけ扱われる、貴重な品々が街中に溢れますので、いつもよりも華やかで見ごたえがございます」

 にこにこと話すシシィの話によると、私は明日、街に行くことになっているらしい。

 ……そうだわ。人混みに紛れて姿を消すことも出来る。その間にジェイドとの決着を付けられれば全てが終わるわ。


「そして、その夜は宴も行われます。ノエル様の衣装もご用意しております」

 次々と予定を伝えてくるシシィは楽しそうだ。そんなシシィに気づかれないように、そっとため息を吐く。

 憂鬱な原因は山ほどあるけど、エレーヌが気がかりだった。あの子をジェイドから守る手立てが、まだ見つからない。

「今年の仮面舞踏会は、ノエル様のお披露目も兼ねております。街は大いに盛り上がっておりますわ」

「……私の、お披露目ですか?」

 返事を返すと、シシィが嬉しそうに頷き、まだ一口も口を付けてない、冷めたカリン茶を新しいものに取り換えてくれた。


「はい。シャルワ様とノエル様の婚儀を国民に伝えるために、陛下と皇妃陛下が色々と趣向を練っておりましたわ」

 ……やはり、私はシャルワ様と結婚しなくてはならないのね。

 ふと思い浮かぶのはフィルの顔。今、どうしているかしら……。何も罰を与えられていないと良いのだけど。

 シシィにフィルのことを聞いても、他の侍女達に聞いても、困ったように目を伏せ口を閉ざす。どうやら、私に教えないようにと口止めされているらしい。

フィルを思うと、心配でたまらなかった。


「本当は、今宵の前夜祭の宴にも出席して頂く予定でしたが、シャルワ様の許可が下りませんでした」

 シシィが申し訳なさそうに頭を下げる。

「良いのです。気にしていません。私は……元々華やか場所は苦手ですから」

 シシィの気遣うような悲しそうな顔を見たくなくて、部屋の隅に置かれているハープへと視線を向けた。





 夜の帳が落ちると、生暖かい風が緩やかに室内に入り込んでくる。

「ここにまで華やかな音が聞こえますわ」

 シシィの弾んだ声に、言われるがまま耳を澄ませた。

 耳に届いたのは笛やハープの音色。今、行われている前夜祭の宴だろう。風にのり、人々の賑やかな声も耳に届く。

 穏やかなシシィと、ため息ばかり吐く私の目の前には、食べきれない量の鮮やかな料理が並んでいる。


 塩漬けの魚卵をほぐしポテトやオリーブオイルで混ぜた前菜。ぶどうやキャベツの葉で肉や米を包んだドルマ。羊の肉を煮込んだスープ。鮮やかな魚達。


「ノエル様。どれでも好きなだけ召し上がって下さい。時間も気にしなくて大丈夫です。朝まででも問題ありません。前夜祭は朝まで続く予定ですので」

 シャルワ様と庭で食事をして以来、周りは「時間を気にしなくても良い」と必ず伝えてくるようになった。

 何時間でも大丈夫だとシシィ達は言ってくれるが、甘える訳にはいかず、自分なりに急いで食べるように努力している。

 でも、その気遣いのおかげで、前よりも時間をかけて食事が出来るようになって嬉しかった。


「ノエル様、こちらもぜひ。料理長おすすめでございます」

 目の前に出されたのは、帽子のようなドーム状のドルチェのズコット。

「アートも来ているの?」

 目の前に出された菓子に見覚えがあった。フィルと二人で街に行った時に寄った、店で出された菓子だ。

 愉快で陽気なアートの顔が浮かぶ。


「勿論でございます。あの方は普段は自分の店にいますが、正真正銘、王宮の料理長でございます。仮面舞踏会が開かれる一週間前から王宮に泊まり込み、準備に追われていましたわ。これを、ぜひにノエル様にと」

「……嬉しい。『ありがとう』とアートに伝えて」

 まさか、私が美味しいと言った菓子を覚えてくれていたなんて思わなかった。

 ほんの少しの出会いだったけど、あの陽気なアートに会いたくなる。

「料理長も喜びますわ。ノエル様が覚えていてくれたと。さあ召し上がって下さい」

「……シシィも一緒に頂きましょう。一人じゃ味気なくて」

 今、ここに居るのは私とシシィの二人だけだ。他の侍女たちは宴へと駆り出されている。どうやら人手が足りないらしい。


「私も、ですか?」

「大丈夫よ。二人しか居ないのだから。気にせず一緒に食べましょう」

 オロオロと悩んでいるシシィを横目に、目の前の前菜を取り分けシシィへと渡した。

「で、では……お言葉に甘えまして」

 迷いながらも、はにかみ微笑むと、シシィが皿を受け取ってくれる。

 こんな風に、他人と触れ合う機会がなかったから嬉しくなった。いつも怯えていたあの頃とは随分と違う。少しは人を信じられるようになった気がした。

 二人で料理の感想を言い合い、たわいもない話をしながら食事を進める。デザートに、アートの自信作のズコットを食べようとした所で、部屋中の灯りが一斉に消えた。

 そして、ぽつりぽつりと雨の音が耳に届く。


「雨……?」

 外を見ると、月の光もない暗闇の中、雨に混じり、冷たい風が室内に入り込んで来た。

「ノエル様。動かずお待ち下さい。新しい灯をお持ちしますわ」


 ……何かが変だ。部屋の灯りが、一斉に消えるなんて今までなかった。

 妙な胸騒ぎを覚えて、立ち上がろうとしたシシィの服を掴む。

「大丈夫ですわ、ノエル様。風が強くて消えただけです。扉の外には護衛がいますので灯りを貰って参ります。暗くて危ないのでここに居て下さいませ」

 私が怖がっていると思ったらしく、シシィが私の両手を優しく包み込む。そして、手を離し立ち上がろうとする。だが、シシィの手が離れようとした瞬間、異変は起こった。


 ダラリと頭を下げたと思ったら、離れようとしていた手に力が篭もった。


「……こっちにおいで、ノエル」

「えっ……?」

 シシィの声とは思えない男性的な声色に身体が強張る。

 何が起きたのかわからなかった。離れようとしていた手は、逃さないとばかりに強く握られ、振り払えない。


「シ、シシィ。どうし……たの?」

 恐怖から、声が震えて身体が動いてくれない。逃げ出そうと、助けを呼ぼうとしても声にならない。

 シシィの口から出た男の声に聞き覚えがあったから。何度も、幾度となく聞いた、聞きたくないこの声は、あの男のもの。


「ノエル……。心は決まったかい?」

 顔を上げたシシィの瞳は血のような赤色。フラフラと頭が揺れ、強い力で操られていることがわかる。

 悲鳴を飲み込み、ぼやけてくる視界を必死で我慢する。

 誰だかわかっている。でも、どうして、このタイミングで。しかもシシィを操るなんて……酷い。


 開け放たれていた庭に通じる窓から、独特な泣き声と共に、赤い瞳を持つ一羽の 鷹が室内へと入ってくる。その鷹は、優雅に旋回したあと、長椅子の背もたれへと降り立った。



 その鷹の後から入って来たのは、雨が降っているはずなのに、髪も服もまったく濡れていない、満面の笑みを浮かべたジェイドだった。


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