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1 助けられた天使

 暗い室内に、月明かりが淡く射し込み、その光に誘われるように、大理石の床がキラキラと光っている。

 室内に置かれている豪奢な調度品の数々もまた、その光りに導かれ輝きを増していく。

 バルコニーへと続く大きな窓の傍に、一人の少女が、冷たい床に左耳を下にしたまま体を丸め横になっていた。

 瞳は閉じられてはいるが、決して眠ってはいない。床に響く音を聞き逃さまいと神経を集中している。


 …………今日は来ない。来ない……お願い来ないで。


 少女の願いとは裏腹に、耳から聞こえてくる振動は微かに、しかし、確実にこちらへと近づいていた。

 ゆっくりと開いた瞳はうつろで、身体に走る痛みを我慢しながら、少女は身を起こす。


「っ……はぁ……」


 指を一本動かすたび、起き上がるたびに全身に激痛が走り、座り込んだまま、この部屋で、ただ一つの扉を見つめた。

 だんだんと大きくなる足音を聞いていると、普段とは違う歩き方だと気がついた。 

 普段なら、この部屋へは、たった一人……この城の主だけがやって来る。


 それなのに、今日は複数の足音が聞こえた。

 しかも何かを探しているようで、ガラスが割れる音や、近くの部屋の扉を乱暴に叩く音が響き、さらに少女の恐怖を煽る。

 しかし、少女はその場から逃げる訳でもなく、ただ一点を見つめ続けている。

 しばらくすると、部屋の前で足音が止まり複数の男達の声が聞こえた。


 隠れることもあきらめたのか、声も出さず、少女がじっと扉を見ていると、乱暴に扉を叩く音が室内に響くが、頑丈な扉は鍵がかかっているため、中々あかない。 

 どうするのかと他人事のように見ていたら、破壊音と共に扉が破られた。それと同時に、複数の男達が部屋の中になだれ込んで来た。


 甲冑を身に纏い、息を乱し、手には血が滴った剣が握られている。男達の視線が室内を見渡したあと、一斉に少女をとらえた。


 ――男達から息を飲む音が聞こえる。


 男達の中心にいた若い男が、周りに何かを伝えたあと、こちらへと近づいて来た。

 月明かりに照らされる白銀とも金色とも見える不思議な髪色。しかも瞳は右側が青。左が――色のない白。

 無機質で冷たい雰囲気を纏うその人は、人間ではなく、精霊か妖精のような特別な存在のように思えて目が離せない。


 綺麗……まるで、私を迎えに来てくれた天使様。


「ノエル――――!」


 その天使から目を逸らせずにいると、別の男が叫んだ名に少女は反応した。その声の主を探すと、壊された扉の傍で取り乱した男が一人。

 人込みを掻き分けやって来ると、男は少女を見て、目を見開き泣きそうな顔を見せた。

「ノエル……。ノエルすまない。遅くなってすまない……ノエル」

 男は、何度も少女の名を呼び、震えながら跪き、少女を優しく抱き締めた。

 その時、少女の頬に温かい雫が伝った。


「……にいさ……ま」


 掠れた声は弱々しく、少女が衰弱していることを示している。

 二年ぶりに会った、優しい大好きな兄に一気に思いが込み上がり、ボロボロと涙が頬を伝った。

 味方がいなくて、誰にも見向きもされない、助けてもくれない過酷な日々。

 ただ、早くこの悪夢が過ぎ去るのを毎日祈っていた。それが、今日で終わりを迎えるのだと少女は悟った。


 「もっと早く助けに来るべきだった。ノエル……すまない」


  少女の兄は、ゆっくりと離れ少女の顔を覗き見る。すると、途端に顔が強張り怒りを抑えるように自分の手を握り締めた。

 まだ肌寒い中、少女が着ているのは、肩を出した露出度が高い薄い白い夜着。綺麗な栗色の髪は無残に肩まで切られ、鮮やかなルビーの髪飾りが異質に光っている。


 二年前は、透き通るような白い肌だった少女の身体には、見ているだけでも痛々しい、殴られた痣や内出血が浮かび上がり、綺麗な顔も、色が変わるほど腫れあがり唇からも血が滲んでいた。

 言葉を失っている兄の後ろから、青い目の男が近寄り、少女の肩にマントをかけ、身体を包み込んでくれる。

 虚ろな瞳で、天使を見ていると視線が合った。

 『ありがとう』そう言いたかったのに少女は言葉が出ない。

「早く妹姫を安全な所へ。まだ終わっていない」

 その青い瞳の天使の声は、頭に残るほど心地よく優しげだった。


「ああ、すまない。さあ、ノエル、もう大丈夫だ。立てるかい?」


 兄は動揺しながらも、少女を支え立たせようと背中に手を添える。すると、ジャラリと音が聞こえ、部屋中の視線が、その音を探す。

 そして……視線はすべて、少女の足元へと集中した。

 少女の左足には、足枷と繋がれた重く長い鎖。この部屋だけで生きることを余儀なくされた苦痛の証。


「…………ノエル」

 耐えていた兄の瞳から一筋の光りが零れた。

「ごめ……ん……ね。人質としての価値が、私には……なかったみたいなの。頑張ったん……だけど」

「何も言わなくて良い。お前が謝る必要はないんだよ。少し眠ると良い。次に目覚めたら悪夢は消えるから。安心しておやすみ」

 息も絶え絶えに、苦しそうに謝る少女を遮り兄が抱き上げるが、その軽さに、一瞬驚き、悔しそうに目を瞑った。


 すると、青い目の男が、剣を少女の鎖に突き立て一気に砕く。


「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ……安心して眠ると良い」

 兄に大切に抱き上げられた少女に、この戦場では相応しくない優しげな微笑みを浮かべ、天使は少女の顔に手をかざす。

 …………天使様。ありがとう。

 心の中で少女がお礼を呟くと、一気に眠気が少女を襲う。最後に映った光景は、綺麗な天使の姿だった。


「見つかったようだね……。妹姫は私に任せて、お前達は見つけて終わらせて来なさい。早くしないと逃げられるよ」

 少女が眠ったのを二人が安心して見ていると、この場所には相応しくない女性の声。

 その女性もまた、甲冑を身に纏い剣を手にしている。ゆっくりと少女の元へと近づくと、顔を覗き込んだ。


「惨いことを。まだ幼い姫に。ここまで人間の心をなくすとは……逃げられると、取り返しの付かないことになる。急ぎなさい」

「しかし!……こんな所に置いて行くなど」

 少女の兄が異議を唱えるが、女性の意志は変わらない。

「私が責任をもって連れて行く。こんな機会は二度と来ない! 行きなさい!」

 少女の兄を一喝し、早く行くようにと促した。


 すると、迷いながらも少女を女性に預け、青い目の男と共に部屋を出て行った。残ったのは、女と、その護衛達。

「すぐに城を脱出する。その前にアレを探せ。この部屋にある可能性が高い。急ぎなさい」

 女の声に頷くと、護衛達が素早く動き出す。


 その様子を、バルコニーの手すりに優雅にとまりながら見ていた一羽の鷹がいた。



 ――赤い瞳を光らせながら。


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