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吸血秘書と探偵事務所   作者: かみこっぷ
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1話 人間と妖怪

もう日が落ちたとは言え夏真っ盛り、じめっとした暑さが身にまとわりつくようだ。ようやく学校に戻ってきた頃には、全身から滝の様な汗が流れ出ていた。


「はぁ……ぜぇ……、絶対に……明日には……エアコンを買いに行くぞ」


普通の高校ならこの時間には誰もいないはずだ。にも関わらず正面玄関の扉は大きく開かれている。


「ようこそおいでませって感じだな」


開かれた扉からは、人ならざる者の気配、俗に言う妖気が溢れているのを感じる。それはまるで肉食獣の大口から漂う腐臭のように近づく人間に対して危機感を感じさせるものだった。


「上等だ、まんまと乗せられてやるよ」


俺は気にせず夜の学校へと足を踏み入れる。その瞬間、辺りに漂う妖気がより濃いものに代わった。昇降口の数メートル向こう側に見覚えのある人物が立っていた。


「どうも、こんばんは刈谷先生」


「……おや、君は昼間の探偵さんじゃないか。こんな時間に学校へなんの用だい?」


刈谷雅紀は昼間会った時と変わらない人当たりの良さそうな笑顔を浮かべたままこちらを見ている。


「おいおい、そっちから誘っておいて釣れない事言うじゃねぇか。ホテルに入ってから行為を拒否する女の子じゃねぇんだからよ」


「あはは、ごめんごめん。実は君が来るのを待ってたんだよ」


刈谷の言葉に眉を潜める。


「待ってた? 俺を?」


この男とは今日出会ったばかりだぞ? そんな奴に夜の学校で出待ちされる理由なんて…………ッ!?


そこで俺は一瞬でも目の前の人物から注意を逸らしたことを後悔した。いや、そんな時間すら得られなかった。


なぜなら、目と鼻の先にボーリング大の炎の塊が迫っていたからだ。


「ッぉおおおおおおおおおお!?」


咄嗟に頭を振りかぶり、すんでのところで炎塊を躱す事に成功する。髪の焦げ付いた匂いが鼻につく。目の前の男は先ほどとほとんど変わらぬ様子で立っている、違っているのは両腕を始めとする体の所々から赤い炎が揺らめいていることか。


こ、いつ――――もう隠そうともしやがらねぇ!?


「そうそう話の続きだけど後でゆっくりしてあげるよ、廊下に転がった君の燃えカスにね」


刈谷が腕を振るうとその動きに同調して鞭のように炎がしなる。


獲物に襲いかかる蛇の如く、しなる炎が俺の顔目掛けて迫ってくる。


俺は一度短く息を吐くと、スマホを取り出し画面も見ずに親指を走らせ、液晶画面を炎の鞭に対して突き出した。


轟、と一瞬で俺の体が炎に包まれる。普通であれば人間が無事ではいられない、はずなのだが。


「……何だい? それは」


刈谷は……、いや火前坊は自慢の炎がたかが人間相手に焦げ目一つ付けられなかった事に疑問を覚えているようだ。


答えは簡単。


俺と炎の鞭を隔てるように球状で淡い光を放つ薄い障壁が存在していたからだ。障壁には幾何学的な模様が浮かび上がっており、淡い光を放っている。


「今の時代スマホで変身するヒーローもいるんだぜ? 予め術式をデータ化してスマホにインストールしておけば後は指先一つで発動可能って訳だ」


いくらなんでも丸腰で妖怪の前に立つほど命知らずなわけじゃい。


「はは、さすがに『彼ら』が警戒するだけの事はあるね」


「彼ら、だと?」


「見に覚えがないかい? 君が今まで解決してきた事件の中には『彼ら』が関わっていたものが幾つもあった。いい加減目障りなんだってさ君が」


……それで俺を誘い出して始末するために今回の事件を起こしたってのか。


「……そのためだけに、何の関係も無い人間を二人も殺したのか!?」


俺の言葉に刈谷は下卑た笑みを浮かべる。


「あはははは、人聞きが悪いなぁ。僕が直接手を出したわけじゃない、君も知ってるだろう?」


刈谷の言い草に一瞬、頭が沸騰しかける。


なんとか堪えようとしたが次の一言で完全に理性が吹っ飛んだ。


「でも驚いた、まさか二人目でバレるなんて考えてなかったよ。予定では十人ぐらいぶっ殺すつもりだったんだけど、そんな楽しみも無くなっちゃったよ」


「テメェ!!」


「まあこうして君がやってきてくれたんだから結果オーライなんだけど」


こいつ……!! いや……落ち着け、ここで取り乱したらあいつの思う壺だ。冷静に相手を観察しろ。あいつはおそらく妖怪そのものではなく、何らかの方法で火前坊の力を使役しているだけの人間だ。そして相手が人間なら勝機はある。


基本的に人間が妖怪を殺すことは不可能だとされている。


それは人間と妖怪が存在している空間には僅かだがズレのようなものがあるとされており、そのズレを超えてもう一方の空間に影響を与えられるのは妖怪だけだからである。故に刃物に銃火器、果ては核兵器といったこちら側の兵器では一時的な傷を負わせることはできても完全に絶命・消滅させるにはいたらない。


「テメェ自身がただの人間で良かったよ。それならいくらだってやりようは――」


「おいおい、僕がただの人間だって? ……これを見ても同じ台詞が言えるかな?」


直後、刈谷の全身が赤熱し凄まじい勢いで火炎を放出し始め、あっという間に黒煙と火炎で姿が見えなくなってしまった。その熱は窓ガラスを一瞬で溶かすほどで、もし俺が光の障壁の内側にいなければ全身火傷はもちろん呼吸をするだけで体の内部から焼け付いていたであろう。灼熱の放射は数秒で収まった。


「おいおい、何だそりゃ!?ありかよそんなの!」


黒煙が晴れ再び姿を現した刈谷は人の形をしていなかった。鬼、端的に表現するならこれがピッタリ当てはまる。肌の色は赤。ペンキを頭からかぶった様な真紅の躯。巨大な体躯。そこそこ背丈のあるはずの俺が大きく見上げる筋骨隆々の巨体。その腕の太さは俺の胴回りと同じぐらいだ。


そして廊下の天井すれすれの位置にある頭部からは、短いが太く岩の様な角が一本生えていた。


「ふぅー、おまたせ。そして、さよなら」


「――――――!?」


ゴバッ!! と鬼の足元が爆発した。俺と鬼の距離はおよそ一〇メートル、たった一歩でその差が埋まる。

大木を思わせる豪腕を振りかぶった鬼を目の前にして、頭で考えるよりも先に身体が動いていた。


先ほどとは違う形を描くように、スマホの画面に指を走らせる。


瞬間、先ほどまでとは違い立方体を上下に伸ばしたような障壁が俺と巨大な拳の間に現れた。


ゴッギィィィイイ!! と。


巨大な岩石と分厚い鉄板が激突したような音が鳴り響く。


「ぐっ、この……!?」


新たに生み出した光の障壁のお陰で、直撃こそしなかったものの衝撃を殺しきる事はできなかった。負荷に耐え切れずミシミシと全身が軋んでいく。


ズザザザッ! と足元から靴底と廊下の擦れる音がした。


あ……ぶ、ねぇえええええ!! なんて重さだよクソ! コード一で受けてたらそのまま死んでた!!


俺の扱う『結界』にはいくつか種類がある。初めに炎の攻撃を防いだのはコード一、術者を中心とした球状の障壁を呼び出すもので、全方位からの攻撃を防ぐ事に優れているが反面、強力な一撃を防ぐのには向いていない。


そしてたった今俺の命を救ってくれたのがコード二、コード一とは違い一方向の攻撃しか防げないかわりに強力な攻撃をも防ぎきる強度を持っている。


もし最初と同じようにコード一で先の一撃を受けようとしていたら、障壁は容易く打ち破られ俺の身体が挽き肉になっていたに違いない。


「これまた驚いたよ、使役ではなく妖怪の力を取り込み支配した僕の一撃を耐える人間がいるなんて」


「驚いたのはこっちだよ。……火前坊ってそんなにマッチョな妖怪だったか?」


俺の言葉に鬼の姿をした刈谷が心底楽しそうに笑う。


「妖怪に決まった姿なんて無いのは君も知っているだろう。あの有名な河童でさえ四足歩行だったり二足歩行だったり、鱗があったりなかったり色んな姿が知られている。だったら、こんな火前坊がいても問題は無いだろう」


……つまり刈谷は火前坊の力を自らの身体に取り込む際に、その構成を一度分解、そして再構築することで自分に都合のいいように書き換えたということか。


「それにしたって限度ってもんがあるだろう」


火前坊って元々は痩せこけた乞食坊主の様な姿じゃなかったか?


そんな事を考えながらも目の前の脅威に対して警戒を怠らない。


そもそも相手が人間から妖怪に変化してしまった時点で、この戦闘の目的が撃破から生存へとシフトしている。


「さておしゃべりもそろそろお終いしようか」


ずん、と鬼がこちらに一歩詰め寄る。まださっきの衝撃が回復しきれていない、こんな状態で次を凌ぐ事ができるのか。


「……あー、悪いんだけどもう少し休ませてもらえると」


「悪いけど、答えはノーだ!!」


言うと同時に鬼の巨体が砲弾のように突っ込んできた。


コード2で受け止める……!? いや、正面からあの巨体とぶつかれば今度こそ俺の身体の方がバラバラになっちまう!


だったら!! 痺れる腕でスマホを操作する。


新たに呼び出したのはコード3、伸縮自在の光の鎖だ。


スマホを持つ腕を大きく振るい、近くにあった消火器を鎖で絡め取ると鬼の顔面に向けて投げつけた。鬼の額の角に消火器が直撃する。 ボンッ! と消火器が破裂し、辺り一面が真っ白に染まる。


「こんなモノが効くとでも!? それとも苦し紛れの目眩ましか!?」


もちろんこの程度で鬼の突進は止められない。コンクリートを容易く砕く肉体は、これぐらいで傷はつかない。白い粉塵の中で巨大な影は勢いを弱める事なくこちらに迫る。


それでいい。


「鬼さんこちら手の鳴るほうへ、っと」


俺の言葉に反応してか、巨体の勢いが更に増す。


それで、いい。


一メートル先の視界も確保できない、そんな所を全力で駆けたらどうなるか。答えは簡単。


「――――ッ!?」


粉塵の中から息を飲む声が聞こえてきた。だが、もう遅い。突如、巨大な影が大きく傾いた、まるで何かに躓いたかのように。バランスを崩した巨体はヘッドスライディングのように頭から床に突っ込んっだ。

ズガガガガッ! と、数メートルに渡り床を削りながら鬼の巨体が停止する。


「……殺す」


廊下に身を投げたまま鬼が呟く。丁度、廊下の粉塵が晴れてきた。鬼がゆっくりと立ち上がる。その顔は屈辱から来る凄まじい怒りで醜く歪んでいた。


「殺す殺す殺す! たかが人間が俺をコケにしやがって!!」


「俺の結界に勝手に躓いてコケただけだろ? 逆恨みはやめて欲しいな。それに……」


躓いただけ、と言ってもあの勢いで迫る鬼を引っ掛けたのだ、その負荷は確実に俺の身体を蝕んでいる。立っているので精一杯。


それでも。


「お前に俺は殺せない。さっきのがお前にとって最後のチャンスだったんだ」


虚勢でもハッタリでもない、ただ決定した事実として述べる。


「そう何度もラッキーが続くと思うな! 今度こそ、この手で君を八つに引き裂いてやる!!」


ダンッ! と鬼が凄まじい脚力でもって床を蹴り俺目掛けて飛びかかる。もうそれを避けるどころか、指一本動かす力も残ってねぇ。


「だからさ……、後は任せた。――璃亜」


「かしこまりました、所長」


ゴバッ!! と、窓側の壁を文字通り突き破り俺と巨大な鬼の間に飛び込んできた人影があった。


事務所自慢の美人秘書である兎楽璃亜、しかしその姿は昼間の彼女と少し違う。髪は純白、降り積もった初雪のような穢れの無い白。瞳は真紅、静かに揺れる炎のような儚げな赤。そしてその口元には小さな牙が覗いている。その手の存在に詳しく無い者でもひと目で分かるであろうその姿。


それはまさしく、吸血鬼そのものだ。


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