3話 雪女と濡れ女③
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「氷柱! これを抜けたら浜辺までの足場を頼む!」
「はいはい任せなさいって。まったく、これでも夏バテ気味だってのに人使いが荒いっての」
一先ずの危機は乗り越えた――――、僅かな安堵が相一の胸をよぎったその瞬間。
「待っ――――さ、い二人――――と――――っ!」
「――――――え?」
ドームの様に覆われた海水の檻。そこに空いたトンネル状の隙間を駆け抜ける最中、すぐ背後ににいる璃亜からの忠告は相一と氷柱に届くことは無かった。
一足先に海水のトンネルを抜けきった二人と半歩後ろを追う璃亜を。さらに圧倒的な水量を誇る巨大な波が飲み込んだ。
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(ご、ガバッ――――!? 油断、した――――? 一つ目の壁は罠、本命はその奥に構えた二重の檻…………なんて呑気に考えてる場合じゃねえ! とにかく今は海面から顔を出すことだけを考えろ!!)
突然滝壺に叩き込まれたような衝撃が相一の全身を駆け巡る。前後左右が目まぐるしく入れ替わり、最早どちらが海面なのかさえ考える事すら叶わない。
(ク、ソ――――ッ!? 海流が激しすぎてまともに姿勢を保てねえ、璃亜と氷柱はどうなった!?)
必死で四肢を振り体勢を立て直そうとするが自然のものでは考えられない圧倒的な水流によって阻まれる。
脳に十分な酸素が送られない状態が続きゆっくりと、しかし確実に薄れていく意識の中で必死に打開策を考えていく。
(さっき一瞬見えた海面までは…………大した距離じゃない! スマホも手元にある、コード2の結界を足場代わりにすれば――――!!)
「はぁい」
するりと、滑り込む様な声色が相一の耳に届いた。
もちろんここは海中、常識で考えれば人の声がこれほどまで鮮明に聞こえる事などありえない。長い金髪を揺蕩わせ、一糸纏わぬ姿で相一の前に立ちふさがるのは――――
「そんなに慌ててどこいくのぉ? ようやく二人きりになれたんだしゆっくりしていったらどうかしら」
(濡れ女――――水張雫!! そう簡単に逃がしてはくれねえか――――。璃亜と氷柱の姿が見えねえが濡れ女がこっちに来たなら逆に二人は無事ってことだ。)
相一は手の中の高耐久スマホの感触を確かめながら眼前に立ちふさがる濡れ女を見据える。
いつしか急激な海流も収まり、一見穏やかに見える海中で人間と濡れ女が対峙する。
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「離して下さい所長がまだ――――っ!!」
「落ち着きなさいって、今のあんたが突っ込んでもどうにもなんないでしょう」
先ほどからは考えられない程穏やかになった波の上、半吸血鬼が長い黒髪を振り乱し海面に身を投げようとするのを雪女が引き留めている。
「――――――っ! だからと言ってこのまま黙って待つ訳には――――!」
「ハイハイ一先ずコレで落ち着きなさいって」
「こうしている間にも所長の身に危険が――――――――って、ひゃぅん!?」
普段の彼女からは想像もつかない素っ頓狂な声をあげたのと雪女の白く細い手が璃亜の腰にそっと触れたのはほぼ同時だった
「な、何するんですかいきなり――――!!」
ビクビクーンと背筋をピンと伸ばしのけぞる様な体勢で悲鳴を上げた璃亜。
「言った通りよ、少し落ち着きなさい。ほんとアンタらそういう所そっくりよ」
呆れた風に氷柱が腰に手を当て息を吐く。
「この前アンタが狼男に攫われた時、全く同じ事言ってたわよあいつ」
「所長が…………?」
「そらもー大変だったわよ。あいつも普段はそこそこ冷静でちょっとは頭も回るのにアンタがピンチになった途端、すぐ取り乱してあたふたするんだから。…………そういう所、ちょっとだけ羨ましかったりもするけど」
最後の一言については口にするつもりは無かったのか『しまった』という表情を浮かべながら苦笑する。失言をごまかすかのように明後日の方向へと視線を投げる氷柱に、普段の冷静さを取り戻し始めた璃亜が諭すように言う。
「もし、氷柱さんが同じ様な状況に陥ったとして。私も、所長も、もちろん千里さんにそして詩織さんだってまず間違いなく、どんな危険も顧みずあなたの元に駆け付けることでしょう。――――あなたの思う所も理解しています。常に一定以上の戦力を発揮できる純粋な雪女とは違い半吸血鬼〈ハーフ〉である私は御覧の通り、昼間は普通の人間と変わらない…………完全な妖怪ではあるものの千里さんが荒事に向いていないのも知っています。そして詩織さんに至っては正真正銘唯の人間、その辺りの下級妖怪にすら太刀打ち出来ないのは明らかでしょう」
それでも、と。
一度言葉を区切った璃亜がゆっくりと続ける。
「そんな事は仲間を助けない理由にはならねえよ、と平気な顔で言ってのけるでしょうねあの人は…………」
呆れとも憧れとも取れる笑みを浮かべ肩をすくめた。
「…………まあ、余裕で想像できる光景ね」
釣られるように氷柱の全身から力が抜ける。
「さて、氷柱さんのおかげで頭も冷えたところで――――、我々の所長をあの金髪阿婆擦れから奪い返しに行きましょうか」
(人間実はキレて暴れてる時よりも静かに怒りを抑えてる時の方が恐ろしかったりするのよね。ま、相一に手を出されて頭に来てるのはあたしも同じだけど)
パンと拳を自らの掌に叩き込み意気込む黒ビキニを横目に水色と白の縞模様の水着を纏う雪女は姿の見えない濡れ女に密かに同情する。




