3話 巨対貧
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波をかき分け海上を進む氷山の上はやはりというか、それなりに揺れが大きいらしい。
「……………ぅ…………っ!」
呻きながら口元を押さえる相一の顔色と言えば、夏の陽差しを受けキラキラと輝く海面のそれと大差ないように見える。
「氷柱さん、申し訳ありませんがもう少しゆっくり…………」
「これでも結構気を使ってるつもりなんだけど。ていうかあんた、そんなに乗り物弱かったっけ? 行きの電車じゃそんな事なかったわよね」
グロッキー状態の相一の背中を擦る璃亜と一応リクエストには応えるために氷山の進行速度をさらに落とす様に操作を加える氷柱。
「…………昔から、船だけは無理なんだよ。正確にはこの…………ぅぷ、この揺れっつーか波っつーか…………足元おぼつかない感じが駄目なんだと思、う”ェぇぇええ」
息も絶え絶えな様子の相一が真夏の太陽に負けず劣らずキラキラとしたものを口から垂れ流す。
「ぎゃあああ!! あたしの氷になんてもんぶっかけてくれんのよ!? ていうか吐くならせめて外に向かって――――」
「うぶ。なぁおい、一つ…………聞きたいんだけどさ」
慌てる氷柱船長を手で制止しながら相一が死にそうな顔で足元を覗き込む。
「――――――あの、おっぱいどこいった?」
ズドム! という音と共に、すらりと細いつま先を無言で相一の脇腹に突き刺した。
「そうかそうか、アンタから見ればほんの少しでも平均を下回った乳は無いのも一緒ってか!?」
「馬鹿、そうじゃねえ! 足元見てみろ、さっきの金髪女だ! いつの間にか消えてやがる!!」
その言葉に璃亜と氷柱が顔を見合わせる。二人の視線の先には、確かに先ほどまで氷漬けにされ身動き一つ取れない筈の金髪の女の姿が見られない。
「あたしの氷に妙な反応は無かった! むしろ今でも捕まえてる感触は残って
る!」
「ええ、氷柱さんの言うとおり妖気自体は我々の足元から変わらず漂って来ています。考えられるのは敵が姿を消す能力を持っているか、若しくは」
そこに――――――。
「気配だけを残してそこから抜け出す手段がある、という事になるわよねぇ」
ぱしゃっと、波にかき消されそうなほど小さな水音が響く。
静かに揺れる海面、その上にゆったりとリラックスした振る舞いで佇む金髪の女。
氷という足場の上に立つ相一達とは違う。揺らめく波の上に直接立つ、それだけでその女が人間とは違う超常の存在だということを強く示している。
「氷柱――――ッ!!」
「分かってる――――!!」
パキン! と、ある種の美術品の様に美麗な輝きを放つ透明な刃が氷柱の手元に現れる。
「さっきは水中だったけど、今度はそう簡単に――――!!」
透明な剣を片手に、金髪の女目掛けて大きく飛び出した氷柱。普通であれば細波立つ海面に降り立つ事など不可能という事は先程示した通りである。だが、人間には真似できない超常の力を振るう者であれば、常識を踏みつけてその上に降り立つ事も可能だというのもまた事実。
そして青白いツインテールを揺らすこの少女もまた、人間という枠組には収まらない存在なのだ。
たん、と氷柱の足が青い海面を踏みつける。正確には彼女のつま先が触れると同時に海水の氷面が凍りつき、即席の足場になっている訳だが。
「あらあら、若い子は元気で良いわねぇ。だけど…………」
金髪の女がゆっくりと右手を前にかざす。その手の周りには
海水と思われる液体が螺旋を描くように纏わり付いて、ドリルの様な形状をとっている。
「お姉さん、まだまだ若い子にイニシアチブを握られる程乾いちゃいないわよ?」
そこで金髪の女はふと思い出した様に言葉を付け足す。
「ああでも、そっちの彼のナニならいくらでも握ってコスって――――」
その言葉は最後まで続かなかった。
ドパァン!! と巨大な水風船が破裂したような音に遮られる。
音の正体は額に青筋浮かべた氷柱が金髪女のドリルに対し氷剣を叩きつけた際に生じたものだ。
「こんの変態ド痴女!! あんまりウチの馬鹿所長に変なコト吹きこまないでもらえるかしら!?」
金髪の水流ドリルに上段から氷剣を叩きつけながら氷柱が叫ぶ。
その衝撃を受け、一糸纏わぬ金髪痴女……その持ち前のふわりと長いブロンドヘアでギリギリ隠されていた人々の羨望と嫉妬が詰まったたわわな果実が白日の元に晒される。
「あんもう、さっきの今だっていうのに随分激しい滑り出しねぇ」
「うるッさい!! その下品な肉袋、切り落としてシャーベットにしてやるから覚悟なさい!」
相手の頭をかち割るぐらいの気概で振り下ろした氷剣を防がれた氷柱、その次の行動は迅速だった。
動きの止まった氷剣をあっさり手放すと、空いた両手に新しく得物の補充を完了させる。
恋人を抱きとめるかの様に大きく左右に広げた両手、その先には鋭い輝きを見せる一対の氷剣。
「あら、あらあらぁ?」
「その肩こりの原因から解放してあげるから感謝なさい」
そして金髪の女が何か反応を見せるよりも速く。
一切の躊躇もなく。
広げた両腕を交差させる形で全力を込めて振り切った。
鋭い鋏が柔らかい布を引き裂くように、なんの抵抗も無く対象の体は両断された。




