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吸血秘書と探偵事務所   作者: かみこっぷ
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1話 火前坊②


「じゃがいも人参玉葱その他諸々っと、買うもの買ったし事務所に帰るか」


スーパーの自動ドアをくぐって外に出た時には既に日は落ち、周囲は暗くなっていた。帰路につこうとした所、スマホの着信音がポケットから聞こえてくる。着信画面には『安曇野乃里子』の文字。画面に指を滑らせ、通話画面に切り替える。


「天柳! お前今どこにいる!?」


スマホのスピーカーから安曇野さんの切羽詰まった声が聞こえてきた。


「駅前のスーパーですけど、例の女子高生が通っていた高校近くの。何かあったんですか?」


「火事だ。正確には放火、それも高校生による自宅への放火だ」


放火、というキーワードにピクリと反応する。


「それって……!」


「今お前が追いかけている事件と関係があるかはわからん、だが無いとも言い切れん。現場もそう遠くない、向かってみてはどうだ」


「わかりました。場所は――――」


言いかけた時、目の前の道路を消防車がけたたましいサイレンを鳴らしながら通り過ぎて行く。



なるほど、あっちか。


「現場はそこから大通りを北に……」


「いや、大丈夫です。大体の方向は分かったんで」


スマホの向こうで火事現場の詳しい場所を説明しようとする声を遮り、消防車のサイレンを追いかける形で駆け出す。


「そうそう、到着した後スムーズに調査できるよう現場の警官や消防士の人達に俺の事伝えておいてくださいね」


それだけ言うと安曇野さんとの通話を終了させる。切れる直前に抗議の声が聞こえた気がするがあの人の事だ、なんだかんでうまく話をつけておいてくれるだろう。


スマホをズボンのポケットにしまい、より一層足に力を込め走る。


しばらく走ると暗い街並みの向こうで一箇所異様に明るい所がある。


あそこか!!


周りには既に相当数の野次馬が集まり分厚い人壁を築いていた。人をかき分けすり抜け最前列まで押し進む。燃えているのは普通の一軒家のようだ。そしてその家に住んでいる家族と思われる四人が皆呆然とした表情で消防士達の消火活動を眺めている。


「通してくれ! 天柳だ!」


近くにいた警官に声をかける。それだけで用件は伝わったようだ。


「あなたが……。話は聞いています、どうぞ」


安曇野さんのおかげですんなりと警備の内側へ入ることができた。


「どうも」


そうこうする内に火の勢いは収まり俺が到着して間もなく完全に鎮火した。家族の方は未だ心ここにあらずといった体で、話を聞けるような状態ではなさそうだと思った俺は、先に現場を調べるべく火が消えたばかりでまだ熱気の残る家に入る。玄関は炎の熱で歪んでおり扉の開閉はできそうもないが幸い開いたままになっていたので遠慮なくお邪魔させてもらう。


「ヒドイなこれは」


リビングだったであろう場所は一面真っ黒に染まり、テーブルや椅子などといった家具も皆一様に焦げ付いた。この家の人間が団欒の時間を過ごしてきたであろう空間は、もう見る影も無かった。


「なにか……手がかりになる物が見つかればいいんだけど」


安曇野さんはああ言っていたが、今回の火災と先の事件この二つは繋がっている。何か根拠があるわけではないが、俺はそう確信を持っていた。


探索を続ける俺の足元に薄い板状の物が落ちているのに気がついた。拾い上げてみるとどうやら写真立ての様で、ガラスは割れフレームは焦げ付いていたが中の写真は奇跡的に無事だった。写真に写っていたのは五人、中年の男女とその間に中学生くらいの二人の少女、一番手前には温和そうな老婆だ、そしてその全員が笑顔だった。さっき見た彼らの表情を思い出し何とも言えない感情が胸の中に湧いてくる。


そこで俺は写真の中に見たことのある顔がいることに気づく。


「この子――!?」


そばかすが特徴的なこの少女、少し若いが間違いない今日放課後の教室で刈谷教員と二人で話をしていた子だ。


「さっき外にはこのそばかす少女はいなかった。そして安曇野さんの話では高校生による自宅への放火、だったよな」


写真の中の人数は五人、そして外にいた家族の人数は四人、これが何を意味しているのかは明白だった。

日谷みのりの件に関して、安曇野さんに無理言って送ってもらった資料の中に気になる点があった。

それは……死体が無かった事。


普通、火災現場の焼死体というのは程度に差はあれど完全に焼失してしまう事は殆ど無い。それが歯や骨の一部すら全く見つからないなんてことは異常ですらある。そしてしばらく探索を続けたがこの家のどこを探しても人の死体、もしくはその一部を見つけることは出来なかった。


ということは、やっぱり今回の件と日谷みのりの件、この二つは同じ物だ。


……同じ妖怪による物だ。


俺の知る限りこんな現象を引き起こす妖怪は唯ひとつ。


「…………火前坊」


平安時代に葬送地として知られた京都に現れるという妖怪で、炎と煙に包まれた乞食坊主のような姿をしているという。


十世紀末頃には高僧たちが自らの体に火を放ち命を絶つ焚死往生を願う信仰儀式が多くあったが、中には現世に未練があったなど極楽往生できなかった者もいる。その場合そうした僧の怨念だけが残る、そしてそれが人間にとり憑くことで火前坊という妖怪が生まれる。


「で、周囲の人間に自分と同じ最後を味あわせようとする、何ともはた迷惑な妖怪だ」


つまり、被害者たち二人に共通して接点のある人物が火前坊に取り憑かれている可能性が高いということだ。


いるな、一人。


俺が今日出会った人物の中でこの条件に合致する人物が。


……刈谷雅紀。


二人が通う高校の教師であれば、いくらでも火前坊の呪いを広めることができただろう。火事場から出ると俺とは入れ違いになる形で鑑識の人達が焼け落ちた家の中へと入っていく。野次馬は既にいなくなっておりその場に残されたのは、生気を失った顔の家族だけであった。俺が彼らにかけられる言葉は何も無い。


日谷みのりの時もこうだったのだろう。


これほど壮絶な事件が二度も。


俺が彼らにかけられる言葉は何も無い、俺にできるのはこの悲劇を引き起こした元凶を叩き潰す事だけだ。ふつふつと湧き上がる感情を抑え、元来た道を駆け戻る。激しい動きのせいで買い物袋の中身が暴れているの気にしているとポケットからスマホの着信音が。着信相手を確認すると慣れた手つきで通話画面を呼び出す、そして開口一番こう告げた。


「璃亜! 丁度よかった、今からもう一回学校に用事ができたから帰りが遅くなる」


「何か分かったんですか?」


「今回の元凶」


「だったら私も行きます」


璃亜の返事はシンプルで、それ故にこちらが口を挟む余地は無かった。


「……そうしてくれると助かるよ」


「私もすぐに向かいますから、くれぐれも無茶はなさらぬよう」


「ああ、分かってる」


短い会話で通話を切った。


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