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吸血秘書と探偵事務所   作者: かみこっぷ
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2話 戦いの後は


時刻は午後8時。


事務所に戻った三人を出迎えたのは心配そうな表情を浮かべた千里と半泣き状態の詩織の二人だ。


「…………おかえり…………なさいです」


「ひ、秘書さぁん! 無事でよがっだですぅぅぅ」


玄関の扉を開けるなり詩織が璃亜に飛びついた。


その顔は涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになっており、とても現役女子高生が人に見せていいものではなさそうだが本人が気にする様子は無い。


「ただいま、心配かけたな二人共」


千里の小さな頭に手を置きながら優しく笑う相一。


「秘書さんも探偵さんも私のせいで危ない目に遭わせてしまって…………。なにも考えずにあの人を事務所まで案内したりしなければ…………」


「あら、そこにあたしは入れてくれないの?」


「そんな訳ない! 氷柱ちゃんの事だって――――あうっ!?」


氷柱のデコピンが詩織の額を叩く。


「冗談に決まってるでしょ。それに言っておくけど今回みたいな面倒事は初めてじゃないのよ? 吸血鬼は私や千里みたいな『目立たないだけで探せば普通にいる』レベルの妖怪とは違って半分伝説みたいに語られる存在な訳だしソレを目当てに集まってくる輩もいるのよね」


氷柱がからかうような表情で璃亜の顔を見やる。


「うっ…………毎度ご迷惑をお掛けします」


白髪美人の秘書が申し訳なさそうに目を伏せる。


「今回の狼男みたいな腕試しって奴もいたし吸血鬼ハンターなんてのいたっけか。…………いやぁ、あの時は大変だったなぁ…………あの子が世紀末レベルの馬鹿だったおかげでなんとかなったけど」


そういって遠い目をする相一とさらに肩身が狭そうに身をよじる璃亜。


「本当に…………申し訳ございません」


「所長さんも氷柱ちゃんも…………その辺に…………」


苦笑いを浮かべた千里が一旦会話を切った。


4人が浮かべる表情はついさっきまで命が危機にさらされていた者達のそれとは思えないほど和気あいあいとしたものだった。


「あの…………みんな?」


「なにぼけっとしてんのよ」


再びデコピン(氷属性)が詩織の額を襲う。


「いたいっ! …………つ、氷柱ちゃん?」


「いつまで辛気くさい顔してんのよ」


「…………」


無言で俯く詩織の額からぺちぺちという小気味いい音が鳴る。


「い、いたっ痛い!?」


「だーからー今日みたいな事はあたしらにとっては日常茶飯事だっての。普段通り事件が起こって普段通り片付けた、それだけ。そこにあんたが責任を感じる必要は無いって言ってんの、おーけー!?」


「う、あ…………はい」


ずずいっと詰め寄ってくる氷柱に気圧されこくりと頷く詩織。


「まぁそういう訳だから詩織ちゃんが気に病む必要は無いってことだ」


「…………探偵さん、ごめんなさ…………ううん、ありがとう」


「こっちこそ心配してくれてありがとうな」


相一が詩織の頭に手を置きくしゃくしゃとかき混ぜる。


「んー、何か子供扱いされてません?」


口を尖らせる詩織だったが自分からは離れようとせず、わしゃわしゃとされるがままである。


「はい脛どーん」


ゴンッという重い音、より具体的にはツインテ雪女が足のつま先で相一の弁慶の泣き所を蹴り飛ばした音が事務所の中に響く。


「…………っ…………っぅ!?」


声にならない呻き声をあげながらその場に崩れ落ちる事務所の所長。その光景を見ながら詩織と千里はこそこそと小声で


「氷柱ちゃんって意外とやきもち焼きだったりする?」


「雪女さんって…………元々嫉妬深い種族ですから…………。」


などと本人が聞いたら全力で暴れだしそうな内容の会話に華を咲かせていた。


「いてて、いきなり何しやがる!」


「べっつにー、あんたらの心配をしてたのはそこで内緒話に盛り上がってる二人だけじゃないってだけよ」


相一はぷいと顔をそらす氷柱に思わず笑みをこぼした。


「お前にも毎度心配かけて悪いと思ってるよ」


そういって氷柱の頭をぽんぽんと叩く。


「わかってるならいいのよ」


一瞬顔を綻ばせそうになり、すぐにきりっとした表情を作ろうとする氷柱だったが


「氷柱ちゃん顔緩んでるよ」


「ばっ!?」


雪女の表情の変化に目ざとく気づいた詩織に指摘され色白の肌に朱色がさした。


「なな、何言ってるのよ! このクール系美少女の白山氷柱ちゃんがそんなだらしない顔を晒すわけないでしょうが」


「…………クール系美少女(ツンデレ)


「ツンデレいうな!」


ボソリと聞こえた相一の呟きに、耳まで赤くした雪女が腕を振り回して抗議する。相一に頭を押さえられたままなので、彼女の体格と相まってやんちゃな子供が嗜められているようにも見える。


「ほらほら二人共その辺で。所長も、というかあなたが一番重傷なんですからゆっくり休んでてください」

璃亜はじゃれつく二人を軽く諌めながらいそいそとエプロンを身に付ける。


「ありあわせですが何か作りましょう。皆さん、何かリクエストはありますか?」


「あ…………私も手伝います…………」


各々の希望を聞き台所に引っ込んでいく璃亜をその小柄な体にぴったりな子供用のエプロンを掴んだ千里が追いかける。


璃亜と千里が夕食の準備にとりかかっている間に相一と氷柱は簡単な応急手当を受けていた。


「はい、ひとまずはこれでいいと思います。後でちゃんと病院行って下さいね二人共」


「おう、ありがとな詩織ちゃん」


「まったく。これでも妖怪なんだからこんな傷放っておいてもすぐ治るのに…………」


二人の処置が終わるのと同じタイミングで台所から璃亜の声が掛かる。


「そろそろ出来上がりますのでテーブルの上を片付けておいて下さい」


「はーい。あっ、二人は座ってていいですよ私がやりますから」


怪我人二人は詩織の言葉に甘えソファに身を投げ、食事が並べられるのを黙って待つことにした


そうして…………


テーブルに並べられた食器の上から全ての料理が綺麗に平らげられた後、頭に包帯を巻いた相一が重苦しい息を吐く。


「さて…………みんなも分かってると思うけど、現在我が事務所には早急に解決しなければならない問題がある」


その言葉に璃亜、千里、氷柱の三人が沈痛な面持ちで項垂れる。


「それってあの人がまた襲ってくるかもしれないってことですよね。 …………原因作ったような私が言うのもどうかと思いますが、これからどうすればいいか一緒に考えましょう!」


詩織の言葉に事務所の面々は黙って俯くだけで、ぴくりとも反応を示さない。その中で。


「詩織ちゃん…………それは、その事についてはもういいんだ」


ずしりとのしかかって来るような空気の中で相一がゆっくりと口を開く。その表情はまさに苦虫を噛み潰したように苦々しく歪んでいた。


「そんな! 何言ってるんですか探偵さん! もしまたあの人がやってきたらどうするんですか!?」


なんの準備も無くあんな化け物と再び相対すれば、今度こそ取り返しのつかない事になるかもしれない。そんな思いが詩織を駆り立てる。相一の腕を掴みかけるが相手が怪我人であることを思い出し、その手をそっと彼の手に重ねるに留める。


「……………………べ」


「へ?」


ぼそりと彼の口から言葉が漏れる。それは蚊の鳴くような声でともすれば聞き逃してしまうようなか細いものだった。


「探、偵さん…………?」


恐る恐る、といった風に詩織が聞き返す。それに対し相一はもう一度同じ台詞を口にした。


「…………壁だ」


「え」


「…………だから、壁だよ」


詩織は予想外の返答に目を丸くした。


「あの狼野郎がぶちぬいてった壁だよ。ここを出るときから考えないようにはしていたんだけどな、帰ってきて改めてあの惨状を目にしたら現実を突きつけられた」


彼の視線に引っ張られるように詩織達もその方向へ視線を向ける。そこには大の大人がすんなり通れる程の穴がぽっかりと口を開いていた。幸い今は夏場だ。その大穴から吹き込んでくる風は生暖かく、肌寒さを感じさせる事は無い。


「ほんとうに…………これ、どうしましょう…………?」


「どうもこうも、直すしかないでしょこれは――――さすがに」


「氷柱さんの言う通りなんですが、如何せん最近仕事が無かったもので業者に頼んで修理してもらう費用が…………」


「そうなんだよなぁ。ひとまずは氷柱の氷で塞いでもらうとして早く何とかしないと、流石に生活空間に風穴開いたまんまじゃ落ち着かないしな」


「なっ!? だから何でこういう時真っ先に私に回ってくるのよ!?」


「まあまあ…………氷柱ちゃん、落ち着いて…………」


両手を挙げて抗議する氷柱とそれをなだめる千里を見ながら呆然とする詩織。


さっきまでいつ死んでも可笑しくないような状況にいたとは思えない雰囲気に詩織は力無く笑う。


「あ、はは」


「どうかしましたか詩織さん?」


いつの間にか人間、雪女、千里眼の三つ巴の戦いに発展していた目の前の騒動をお茶を飲みながら眺めていた璃亜が詩織に声をかける。


「いや、なんていうか深刻に悩んでたのが馬鹿みたいっていうか。自分で言うのもなんですけど私結構いい加減な性格してるんですよ。なのに、今回の事件は私が持って来ちゃったみたいなもんだしどう責任とったら良いのかすごく悩んで…………。でも、当の本人達はいつもの事だ、って言って何にも気にしてなくて…………あーもう! なんか段々腹が立ってきました!」


ダンっと飲み干した湯のみをテーブルに叩きつけ中原詩織は立ち上がる。


「ちょっと文句言ってきます!!」


ずんずんと大股で争いの真ん中に突っ込んでいく。


こらー! 氷柱ちゃん! せっかく人が手当したのにそんなに暴れたら包帯取れちゃうでしょ―!! そうだぞ氷柱そんな元気があるならちゃっちゃと壁の穴をなんとか―――― 探偵さんもですよ! 一番重傷なんですから大人しく休んでて下さい!! し、詩織ちゃんなんか怒ってる…………? 怒ってないです! やっぱ怒ってるじゃん! 詩織ちゃん…………落ち着いて…………ね? 千里ちゃんも! あぅ!? 二人共怪我してるんだから止めなきゃダメでしょ! ご、ごめん…………なさい………… まあまあ詩織その辺にしといてあげても―――― つ・ら・ら・ちゃんも!! うぉぅ!? 手当してる時から思ってたけど、そのボロボロの制服! 男の人もいるんだからいつまでもそんな格好してるのは女の子としてどうかと―――― あはは、同じのコレしかなくて…………


ぎゃあぎゃあと声を上げる集団に一名が追加され騒がしさを増す。


「ふふ、元気な詩織さんに戻ったようで何よりです」


目の前でドタバタ暴れる4人を見守りながらのんびりとお茶を飲み干し、空いた食器を片付け始める璃亜。


長い白髪を揺らしながらてきぱきと片付けを済まし、いつの間にかプロレスタッグマッチみたいになっている4人に声をかける。


「お風呂沸かしておきますから一段落したら順に入ってくださいね」


おらぁああああああああ!! という気合の入った、具体的には氷柱が自分より小柄な千里の腰に両腕を回し持ち上げ来客用のソファに放り投げる際に発した声が返事として返ってきた。


「それと皆さん、今は壁に穴が開いてるんですからあんまり騒ぐと近所の迷惑に…………」


「おのれ雪女よくも千里を! ここからは俺が相手をしてやろう二人まとめてかかってくるがいい!!」


「ふっふっふ、いくら探偵さんといえど私と氷柱ちゃん、二人を相手にどうするつもりですか?」


「あの、皆さん、もう少し静かに――――」


「まだ…………です…………。まだわたしは…………動けます…………!」


「ふっ、さすがちびっ子――――私が見込んだだけの事はあるわね!」


「よぅし千里、力を合わせてあいつらを――――」


ブチン、とどこかで何かが切れちゃった音がした。


「「「「すいませんでしたぁ!!」」」」


今までで一番うるさかったかもしれない4人の声がキレイにハモった。


「はぁ、だから静かにと…………いえ、もういいです」


自らのこめかみをぐりぐりと押さえる璃亜の前では4人の馬鹿が正座をしている。


ここから都合一時間、壁の大穴からダイレクトに吹き込む生暖かい夜風を浴びつつ吸血鬼の説教を聞き流すのに全力を費やすのであった。




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