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吸血秘書と探偵事務所   作者: かみこっぷ
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1話 始まりはいつも突然に③


7月21日 午後4時


中原詩織から世間的には自殺したとされる友人の死について調べて欲しいという依頼を受けた翌日、俺と璃亜は早速本格的な調査を始めていた。とりあえず情報収集からだ。


「というわけで、先週起こった女子高生の無理心中未遂について詳しく教えて下さい」


「何がというわけで、だ! 事件に関する情報なんて教えられる訳無いと毎回言っているだろう!!」


スマホのスピーカーから女性のハスキーボイスが聞こえてくる。


電話の相手は警視庁に務める安曇野乃里子さん。なんでも30歳という異例の若さで警視監までノンストップで駆け上がった超のつくエリートだ。普通に考えればあり得ない、異例の昇進コースであるのだが本人のとびぬけた才能に加えて過去の実績を評価され今のポストについている。何度か事件の中で関わる内にすっかり顔なじみになっちまった。そしてウチの事務所の数少ないお得意さんでもある。警察で手に負えないような普通じゃない事件や、表沙汰にできない事件などを依頼、という形で回してくれる。俺たちが日々の生活を続けられるのは半分ほどこの人のおかげかも知れない。


「でも毎回なんだかんだ言って最終的にはこっそり教えてくれるんだから余計なやりとりは無しの方向で」


「お前なぁ……」


スマホの向こうで呆れた顔をしているであろうアラサーエリート安曇野女史は一度深い溜息を吐いてからこう続ける。


「事件のあった日時は……新聞にも載ってたから省いていいな? 家族構成は父親と母親の三人、現場の写真なんかは後でメールしてやる。それと駆けつけた消防隊員から妙な証言が上がっている」


「妙な証言?」


「ああ、何でも焼死した日谷みのりは一度父親の手で火の手が上がる家屋から助け出されているんだよ。その上で父親の制止を振り切り再び炎の中に戻って行ったんだと。ま、詳しい事はメールに資料添付しといてやるから後で確認しとけ」


そろそろ仕事に戻る、と一方的に通話を切られてしまった。やっぱりなんだかんだで甘い人だよなぁ、あの人。


「自分から火の中に、ですか」


早速パソコンを立ち上げメールボックスを確認する璃亜。


その言葉を改めて頭の中で反芻する。


自ら火の中へ……。


その辺が自殺、無理心中だと思われる一因だろう。確かに傍から見れば、自ら命を投げ出したようにしか見えないよな。


「だからこそこの依頼なんだろうけどな」


「どう思いますか?」


どう、とはこの事件に俺たちの専門分野が関わっているかどうか、だろう。


「んー、まだなんとも……ただ……、」


「ただ?」


「あの子の、依頼主の思いは紛れもない本物だった。親友を信じる気持ちもな。だったら俺達も信じてやるしかないだろ」


「所長も乃里子さんの事言えない程度にはお人好しですよね」


「ほっとけ」


乃里子さんから送られてきた資料に一通り目を通し終わった俺は璃亜が淹れてくれたお茶をすすりながら今後の方針を考える。


「さて、一通り資料には目を通したわけだけど」


「確かに一見するとただの自殺に見えますね」


「ああ、でも薄っすらとだが感じるな。依頼主の言葉を借りるなら、普通じゃない何かってやつの気配を」


「では今回の依頼は……」


「ああ、当たりだぜ、少なくとも半分は」


俺たちがこの探偵事務所を開いている理由の一つにとある組織を追いかけている、というのがある。規模、目的、名前すらも一切不明の組織だが、一つだけはっきりしていることがある。その謎の組織が俺の、……俺たちの敵だということだけだ。


「この事件に直接奴らが関わっている可能性は低いだろうが、手がかりぐらいは見つかるかもしれない。……お前の両親を殺した奴らのな」


「……所長。いいえ、相一様。……今更こんな事を聞くのは卑怯だと、そう理解した上で聞かせてもらいます。相一様は本当にこれで良かったのですか? 私の両親の仇討ちのためだけにこの事務所を開いた事に何の後悔も無いんですか?」


璃亜は普段なら絶対見せないような、今にも泣き出しそうな表情で言葉を紡ぐ。


「相一様は何だってできたはずです。天柳家という力だけでなく、あなた自身の才能で。それを私の復讐なんかに付きあわせて、危険な目に合わせてしまった事も数えきれません。私が、相一様の人生を狂わせてしまっ――――」


璃亜の言葉は途中で途切れた。否、途切れさせた。正確には俺が右手を振り上げそのままに垂直に彼女の頭に振り下ろした。簡単に言えばチョップをお見舞いしてやった。


「あ、あの……相一様……?」


璃亜が目を丸くしてこちらを見ている。


その様子がなんだか新鮮だったので、もう二、三発チョップを入れておく。その度に目を瞑り体を震わせる仕草が妙に可愛らしい。


「アホかお前は。俺の人生がお前に狂わされただって? そんなわけ無いだろ。大体なぁ俺の人生、他人に左右される程細くねぇんだよ」


「しかし……いつも危険な目に……」


「まぁ確かに、何度も危ない目にはあってるな。死にかけた事も十回じゃきかねぇと思う」


俺の言葉に璃亜が申し訳なさそうに顔を伏せる。


「それでも、その度に命懸けで守ってくれたのもお前だろ?」


「……、」


「璃亜がどう思ってるか知らないけどさ、俺は今の人生をすげー楽しんでるぜ。そりゃあこんな仕事だから危ない事もあるけどよ、それも全部俺が自分で選んだ事なんだ。誰に命令されたわけでも巻き込まれたわけでもない、俺が選んだ人生だ」


そう、この事務所を開いたのも、璃亜の両親を殺した犯人を探すのも、全部俺が自分で決めた事だ。それは正義感や義務感から来るものでもないし、璃亜に頼まれたからでもない。そうしたいと俺自身が強く思ったからだ。


「だから、お前が気に病む必要はこれっぽっちも無いんだよ」


「……相一様」


「はい! 湿っぽい話はこれでオシマイ! ホラホラいつまでも泣きべそかいてないで出かける準備するぞ」


「べっ、別に泣きべそなんてかいてません!」


「嘘つけ、目真っ赤じゃん」


普段の璃亜が冷静沈着クール系のため、たまに見せるこういった隙のある姿がなんとも可愛らしい。


「赤くありません! そ、それより出かけるってどこに行かれるんですか!?」


無理やり会話の方向をねじ曲げてきたな。


「とりあえず依頼主が通ってる高校にでもいってみる。まだ日は出てるしお前は留守番してていいぞ」

「でしたら帰りにスーパーに寄って夕飯の材料を買ってきてください。お金とメモはこの中に」

璃亜が買い物用のバッグを差し出してくる。俺がバッグを受け取ろうと手を伸ばすと寸前で引っ込められた。


「?」


「無駄遣いしないで下さいね」


「子供じゃないんだ、するわけ無いだろ」


「ならこっち見て言って下さいよ」


「スルワケナイデショ」


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