2話 玄関先での死闘
「遅くなってすいませーん! 中原詩織ただいま戻りました―!」
「おう、お帰り詩織ちゃ……、ん? そっちの人は?」
「ええと、この人は――――」
言いかけた言葉を遮るように、一歩前へ出る銀月。
「銀月大牙だ。 用件は一つ、吸血鬼を出せ」
「なんだと……?」
吸血鬼、というキーワードに相一の顔つきが一変し、彼の後ろでは璃亜を始めとする事務所のメンバーが息を飲む。
「隠しても無駄だぜ。微かだが吸血鬼の匂いが残ってやがる。他の奴らに用はねぇよ、いらねぇ怪我をしたくねぇなら大人しく吸血鬼を差し出しな」
銀月の後ろでは、状況に頭が追いついて居ない詩織が慌てふためいている。
「え? あの……銀月さん、それってどういう……!?」
「悪いな嬢ちゃん。騙したみたいになっちまったが、ここまで案内してくれた事は感謝してるぜ」
「まーた詩織は、そうやって面倒事を持ち込んでくる。ま、いーけど。銀月とか言ったっけ? 一応、目的ぐらいは聞いてあげるわ、吸血鬼に会ってどうするつもりなのかしら」
吸血鬼という存在を知っており、なおかつそれが目的でやってきたような男がまともな人間なはずが無い。未だ夕日が街照らしているこの時間だ。今この事務所で荒事に対応できるのは特殊なスマホを操る相一を除けば、雪女である自分だけだと判断した氷柱は他のメンバーを庇うように最前線に歩み出た。
「氷柱さん!」
璃亜が雪女の名を呼ぶ。陽が落ちていない今、ただの人間である自分の無力さを悔やむように。
「俺は吸血鬼を出せって言ったんだが……。ま、いいだろう、教えてやるよ。吸血鬼を見つけてぶっ潰す、それが目的みたいなもんだ」
「それはまた、ハードな目的ね。大方、力試しか売名目当てのつもりなんだろうけど、やめておいたほうがいいんじゃない? 多分アンタが考えてるより、ずっと凶悪よ、吸血鬼って」
「……氷柱さん」
雪女の言葉に思わずため息を吐く吸血鬼だった。
「そうじゃなけりゃ、意味がない。ほんの少し歴史が違えば世界を支配していたのは吸血鬼だったかもしれない、なんて言われる程の種族だ。腕試しの相手にはもってこいだろうが」
「ソレなんだけどさ、居ない相手でどうやって腕試しするんだよ?」
ここまで黙っていた相一が軽い調子で言葉を発する。
「あ?」
「わざわざ出向いて来てもらってご苦労な事だが……。見ての通りこの事務所に吸血鬼なんていやしない、無駄足だったな」
「おいおい、……おいおいおい。あんまりナメた事言ってんじゃねぇぞ、人間が」
銀月がその鋭い眼光が相一を見据える。その言葉には若干の苛立ちが含まれているようだった。
「俺の鼻を見くびるなよ。微かだが、この部屋からは吸血鬼の匂いがする。そうだな……、そこの黒髪の女から僅かに吸血鬼の残り香がしやがる……。」
「――――ッ!」
銀月の言葉に璃亜が息を飲む。
「……おいおい、何言ってんだよ。うちの秘書は正真正銘ただの人げ」
「くどいぜ――ッ!!」
銀月が動く。
その獣の如き俊敏性を爆発させ一秒にも満たない時間で璃亜との距離を縮める。鉄をも切り裂く鋼の爪を備えた五指が、左右それぞれ標的目掛けて振るわれる。
………………が、凶爪が彼女の身体を引き裂く事は無かった。
「ああ? 何だこりゃ」
右は光鎖、左には氷鎖。獣の両腕が左右それぞれ異なる方法で縛られていた。獣を縛る二つの鎖はそれぞれ相一と氷柱の元へと繋がっている。動きを止めた銀月、その隙に後ずさり襲撃者との距離をとる璃亜。
「おいコラ。……人サマの秘書に手出そうってなぁどういう了見だこの野郎!?」
「ま、アタシも一応ここでお世話になってる身だし? 身内が傷付けらるのを黙って見過ごす程、薄情者のつもりは無いわよ?」
相一の手には彼のスマホが握られており、その画面からはコード3の術式である伸縮自在の光の鎖が伸びている。一方の氷柱は、腕から伸びる氷の柱で己と銀月の腕を繋いでいた。
「……怪我したくなけりゃ、邪魔をするなといったはずだが?」
銀月が首だけ動かし己を拘束する背後の二人を振り返る。
「それはこっちの台詞だ、このまま大人しく引き下がればいらねぇ怪我をする事も無いぞ」
「ハッ」
銀月が嘲る様に息を吐く。
「まさかとは思うが、この程度で俺の動きを封じたつもりかよ――――ッ!」
縛られた銀月が全身に力を込める。それに呼応してジーンズと革ジャンの上からでも分かる筋肉質な身体が僅かに膨張したかのように、いや、実際に膨張したのかもしれない。そして、全身を覆う様に獣の体毛が現れる。
パキィ!! と、雪女の氷鎖が先に悲鳴を上げた。その表面に亀裂が入り、それは徐々に大きくなっていく。
(こ、の――――!! なんて力なのよ! 冬ならまだしもこの季節に扱える妖力程度じゃ、こいつを繋ぎ止めておけない!?)
氷でできた鎖に妖力を込め、亀裂を覆う様に補強をしていく氷柱だが、それを上回るスピードで亀裂が長く、大きく伸びていく。
「雪女か……、真冬ならその力は吸血鬼を始めとする大妖怪にも匹敵する言われているらしいが……ッ!!」
トドメとばかりに大きく振るわれた獣人の左腕が、バギン!! という、小気味いい音と共に氷の戒めから解放される。
「雪女が、夏真っ盛りのこの時期に、俺と力比べをしようとするのが間違いだったな」
犬歯をむき出しにして笑う彼の頭にはいつの間にか狼の様な耳がピンと立っていた。その特徴的な獣の耳に、心当たりはひとつしか無い。
「お前…………、狼男か!!」
未だ右腕は光の鎖で縛られながらも彼の目には余裕の色が映る。
「もっとカッコ良く――――、ウェアウルフって呼んでくれよ、人間ッ!!」
狼男が力にものを言わせて右腕を振るった。当然、そこに繋がれた鎖を握る相一の身も引っ張られることになる。
ぐん! と、まるで釣り上げられた魚の様に、身体全体が宙に浮き慣性に引っ張られる形で狼男に引き寄せられる。
「この鎖! 強度自体はなかなかのモンだがそれを操るのが人間の力じゃこうなって当然だよなぁ!!」
獰猛な笑みを浮かべる狼男の顔が間近に迫る。急速にブレる視界の端で、獲物を狩るための鋼の五指が閃いた。




