1話 それはすでに終わった悲劇
7月13日 午前1時
あつい。
夏だから? 違う。 いくら夏とは言え深夜を回ったこの時間に気温だけでここまであつくなるだろうか。
あつい。
まるで周囲を電気ストーブに囲まれ、さらにドライヤーの最大出力を全身にたたきつけられているみたいだ。
あつい。
少し前に家族で行った温泉旅行を思い出す。あの時入ったサウナは一分と持たずに飛び出したが今のこれはそれ以上ではないか。
あついあついあついあついあついあついあつい。
気の遠くなるようなあつさの中、私の名前を呼ぶ声が聞こえた様な気がした。
あついあついあついあついあついあついあつい。
両親の声だ。母親が泣きながら私の名前を叫んでいる。返事をしようとしたが、口が開かない。あつさのせいで焼き付いてしまったようだ。
あついあついあついあついあついあついあつい。
誰かに腕を掴まれた様だ。様だ、というのは腕の感覚がほとんど無いからで、これもあつさのせいだろうか。腕を掴んでいるのは父親だろうか。聞き馴染んだ男性の声だが、もう耳が良く聞こえない。これもあつさのせいだろう。
腕を掴まれたまま、ただ歩き続ける。途中ふと腕が軽くなったので振り返ってみると、父親に見える人物が消防隊員らしき人たちに羽交い締めにされていた。ついに目も見えなくなって来たらしい。すりガラスを通した様な視界に写ったぼんやりとした父親の影は何か棒の様なものを抱えている。人の腕の長さ位だろうか。
あぁ、あつい。もう何も感じない、分からない。歩いているのか止まっているのか、立っているのか倒れているのか、生きているのか死んでいるのか。なんでこんなにあついんだろう……もう…………どうで……も、いい……か。