第九話 僕のパパとママ
悪ガキ共が去り、その場に残ったのは俺と痩せ細った子供となった。俺はその子供と話してみたくて声をかけるため、茂みから出た。ガサガサッと葉の擦れる音がする。初めて、子供が此方に視線を移す。
茂みから急に、ポヨンッ! と登場したスライムの俺に少し驚いたのか、目を丸くする。けど、それは一瞬でまた村の入口の方に目線を戻す。
うん、ここまでは予想通りだな。
次は会話をしてみることにする。
『こんにちは』
これは新しく覚えてたスキルの一つ【念話】である。スライムの俺は声帯を持ってないので、念じることで相手に意思を伝えることを覚えた。すると、子供は今度こそ本当に驚いたのか伸びきった前髪が邪魔ではっきりとは見えないがぱちくりと大きい青い瞳で此方を見つめる。
「君、喋れるのッ……!?」
おっ、お前もやっと初めて喋ったな?
俺はこの子が喋ってくれたことが妙に嬉しかった。『おうよ』そう青い自慢のプルプルの体を揺らして返事をすると、ますます驚く少年。
「あれは君がやったの?」と少年が聞いてたので俺は正直に『そうだよ』というと、少年は「有り難う」とお礼を言ってきた。
俺は改めてその少年の姿を見た。着ている服はもう所々破けており、土で体は汚れている。灰色の髪はボーボーに伸びきっていて、折角の綺麗な青い瞳も台無しだった。
小さな顔は更に痩せこけて小さくなっており、手足はまるで小枝のように細かった。
『少年、名前は?』
「えっと……ごめん。忘れちゃった」
『忘れた?』
「もう長い間、名前で呼んで貰えなかったから……」
『……そうか。悪いこと聞いちゃったな、少年』
「ううん、大丈夫。スライム君の名前は……?」
『おう、奇遇だな。俺もまだ名前が決まってないんだ。気軽におじちゃんとかでも呼んでくれ』
「あははは、僕たちお揃いだね」
ようやく初めて子供らしく笑ってみせた少年。俺はつい、先程の悪ガキたちのことを聞いてみた。
『さっきの悪ガキ共、なんでお前に嫌がらせしてくるんだ?』
「分からない」
『……分からないのか』
困ったな、原因が分かれば少しぐらい力になれると思ったんだが。あまり子供同士の話しには俺は首を突っ込まないようにする主義だが流石のこれはほっておけなかった。
俺は子供でもちゃんと悪いことをしたら謝らせる、でないとろくな大人にならんからな。
『でも、お前。あんなに言われて悔しくなかったのか?』
俺が子供だったら、絶対怒るよあれは。
「勿論、僕だって悔しかったよ……」
『だったら、なんで……』
「でも、僕はここでママの帰りを待ってないといけないからいいの」
「これ見て」と少年に言われ、地面を見てみる。掠れていて解かりにくかったが、地面に描かれていたのは男と女の人だった。「ちょっと踏まれちゃったけど」と少年は儚い笑みを浮かべる。
――なるほど、確かに踏まれたような足跡がある。本当にろくなことしてねぇな、あいつら。そう俺は腹を立てるが少年は気にした様子もなく「僕のパパとママ」と優しく笑い紹介してくれる。
「ママに『ここでいい子にして待っててね、必ず迎えにくるから』って言われたから僕、いい子にしてなきゃいけないの」
『お前……』
「だから僕、喧嘩はしない。でもね、スライムのおじちゃん……」
『……うん』
「皆、僕は捨てられったて言うだ。違うんだよ? ママはここで待っててねって言ったんだ」
ぎゅっと手を握りしめ、不安そうに自分の体を抱き締める少年。
「だから僕、捨てられたわけじゃないよ……?」
っと、悲しそうな目で見つめてくる青い瞳。その少年の瞳を見た時、俺はつい自分の過去を思い出した。