第一章の間の現実
こちらでは現実を描いていきます
現実1「失せ物」
−導衆家−
「ねーねーお父さん」
「どうした」
「お兄ちゃんはー?」
「結羽結構お腹すいたー!」
「幸羽もだよー!」
「幸羽はずっとお腹好かせてる」
「結羽程じゃないし!」
二人の子供が自分の主張を押し付けるのも分からなくない。今の時刻は夜八時、今日は桜夜がいない事も分かっているのだから尚更おかしい。
夕飯は必ず家族全員が揃って食べることにしている。だからこの状況で瑛がいない事が不自然なのだ。
(図書館にでも行っているのか…?)
瑛が普段何をしているかなんて、父親でありながら英吉は全く知りもしなかった。瑛の才能に気づいてからは、勉強の環境や生きていくために必要な物は全て与えたつもりでいたが、それをどのように使ってきたなんて見る暇もなかっのだ。
確かに大きな病院に勤務するようになってからは仕事も増えた。しかし、その分功績も認められ家族も幸せにできてきたつもりだった。
だが今現在この状況になって、幼い二人の息子と娘との接し方も、瑛との話し方も見失ってしまっていた。だからこそ英吉はこの時何が起こってるかの予想さえもできないでいたのだ。
仕方なく二人にはご飯を食べることを許し、妻の帰りを待ちながら冷めた出前のピザを一人眺めていた。
−鏡時町−
(おかしい、こんなの絶対におかしいにきまってる)
白鳴 由梨は夜の鏡時町を走っていた。
先ほど学校から帰って三時間半ほど経った夜八時半頃、水希の父親である湧希から家へと連絡が入った。どうやら家に必ずいつも十九時前には帰るはずの水希が、まだ家に戻っていないらしい。
どうせ何かに夢中になってしまっただけだろうと思い何度も連絡を入れたが、返事が来る様子もない。
(いつもはどんな時でも五分以内には返してくれるのに…)
水希は律儀な性格であるため、必ず直ぐに返事をくれる。それに、父親の事が大好きだから、湧希さんが早く帰ってこれる日には絶対に美味しいご飯を用意する筈なのだ。
そして、もう一つの異変。
《スマホ画面》
なあ、隼人が今どこにいるか知らね?親御さんから俺んとこに電話着たんだけど
雷陣君?天野君とどこかに行ってるんじゃなかったっけ
そうそう、それで天野もいないんだと
天野って、天野か?あの二人仲良かったのか
つーかそれって愛や水希も一緒だったよね
ついに風咲 水希も本性を表したようね
皐月は黙ってて
何ですかその物言いは!?
水希も連絡取れないんだよね、愛は元々気づかないんだけどさ
え
じゃあ何?四人ともいないわけ??
それ結構やばくね
話し込んじゃってるだけじゃなーい?
更に追加情報
ん?
何だよ
導衆も何か連絡つかないらしい
あいつは勉強してるだけじゃねーの?
それが塾にも行ってないし門限あるんだと
じゃあ家に帰ってないってことか
どーゆーことよ、あいつら何かあった感じ?
探せるなら探した方が良いんじゃね
でも、私今外出れないし
俺もきついわ
誰かいないのー?
皆にも連絡がいっているらしい。そして、どうやら五人目。
クラスメートが誰とも連絡がつかないのだ。友達だけでなく家族とも。
最近高校生が集団でどこかに連れ去られ監禁されていたという事件を聞いた。
水希はそのへんのアイドルより断トツで可愛い、愛ちゃんだってそうだ。天野君は頼りなさそうだけど、隼人君がいる。
そう分かっていても不安は全く拭えなかった。
今、私探し行ってます!
由梨?あんたマジ?
男子ー、女の子に行かせてるよー
白鳴マジかよ、じゃあ俺も一緒に探しに行くわ
ちょっと大渡下心見えすぎー
は!?そんなんじゃねーよ、白鳴一人じゃ危ないだろうが
まぁそうなんだけどー
ありがとう山本君!私今商店街付近にいるから!
おっけーすぐ行くわ
全力疾走な王子様
由梨可愛いんだから、どさくさに紛れて襲っちゃダメよー?
?
そんな事したらあんた撲殺だからね
くだらねーこといいからお前らも探すの手伝えよ!
明日の宿題終わってないんだよね…
うちも…
それ一週間前に渡されたよな、嘘だろおい…
皆心配はしているようだが、やはり大事とは思っていないらしい。
山本 大渡君、クラスでも人気のある男子だ。とても優しく正義感に溢れ頼りがいがある。男女問わず仲が良く、真面目な人。
一人で探しても埒があかないため、今は彼との合流を待つ事にした。
−明日見家−
「ねぇ、パパ。愛は大丈夫かしら」
「大丈夫、あの子はとても賢い子だ。それに聞いたところによれば友達と遊びに行っただけらしいじゃないか。一人ぼっちじゃないんだから尚更さ」
「でも、そのお友達も連絡つかないんでしょう?」
「そ、それでも大丈夫だよママ、愛は優しいんだから」
「もう、それとこれとは状況が別よ」
「ぐ、ぐぬぬぬ、でも闇雲に外に出て僕らがいざ家にいなかったら、帰ってきた愛も悲しむよ」
「こんな時間に帰ってこない時点でおかしいでしょ!?こんな平日だっていうのに」
「た、確かにそうだけど…」
「パパがそんなんだから愛もフワフワした子になるのよ」
「そんなぁ…」
「とりあえず今は、連絡を待ちましょう」
−雷陣家−
「誠!どこに行くの!?」
雷陣 誠はただ無心に靴を履いた訳ではない。
「隼人が行きそうな所、虱潰しに探してみる」
「そんなのは俺に任せて、お前は家で待っとくべきだ!」
「父さんは営業で疲れてるでしょ、ゆっくり休んどいてよ。弟のことは、誰よりも分かってるつもりだからさ」
「そ、それはそうだが…」
「ま、まこ兄大丈夫?ちゃんと帰ってくる??」
雪は少し不安がっていた。無理もない、喧嘩ばかりの真ん中が急に消えたのだから。
「はは、俺は方向音痴じゃないぞ。大丈夫だって、後ろに隼人を乗せて戻ってくるさ。それに、大学生は夜遊びが得意なんだよ。それじゃあ行ってきます」
「い、行ってらっしゃい」
そう言うと誠は家を出発した。
(お前は馬鹿じゃない。でも連絡なしに夜九時なんてそんな悪い弟に育てた覚えもないぞ兄ちゃんは)
バイクと共に風を受けながら、まずは誠は高校へと向かった。
−鏡時町−
(ふざけるなふざけるなふざけるな!)
湧希はただ夜の町をがむしゃらに走り回った。
たった一つの宝物を見つけるために。
無くすことの出来ない思い出を取り戻すために。
(飯がないなんてありえないぞぉ!お前の笑顔が父さんの力なんだぞ!頼む、返事をしてくれよ水希!)
どれだけ走り回っただろう、何度電話を掛けただろう。何度同じ所を走り回ったのだろう。
水希の好きなケーキ屋さんや洋服屋。最近ハマっている物があると言って良く通っていた古本屋。それ以外にも水希が放課後に立ち寄りそうな場所は父親ながらに、出来る限り探したはずだった。
今日の夕飯はシチューとも言っていた。自分の大好物を作って待っていてくれるはずだった。
大丈夫、きっともうすぐお腹を空かせ、幼い頃のように元気に帰ってくるはずだ。だったら今日は自分がご飯を用意しようじゃないか。
そんな彼の思いとは裏腹に、鏡時町の月はいつものように昇っては、沈んでいった。