第一章以前の現実 パート2
第二の旅 「登校」
桜の花びらが彩る下り坂を全力で下り、右に速度を緩めながら曲がれば真っ直ぐ進む。そして家が並ぶ道を行きながら、この時代に不格好な駄菓子屋のを目印に左へ曲がる。
そうすると国道に出て、信号を待ちながら曲を新たにチョイスする。信号が変わり、渡って目の前のコンビニと床屋に挟まれた道を一直線に漕げば、商店街の入口がある。そこを通っていった先には、僕らの学校、咲栄高校が立地している。家から近いので、体力のない僕にとっては、ありがたい限りだ。
僕は毎日そこで途中、隼人を拾って登校している。
「おーい、正〜」
こんな感じだ。
「おはよう隼人」
正は隼人の前で自転車を止める。
「おはよー。つかどーしたんだよ、またそんなボケーっとした面して」
「ただ眠いだけだよ。むしろ何でそんなに朝から元気でいれるのさ」
早とは目が既にシャキッとしていて、とても元気そうだった。
「んなもん朝は太陽の光を浴びて元気ハツラツでねぇと高校生じゃないだろ?」
「夜型が増えた今じゃ、現代的な考えじゃないよ」
隼人の健康思考に、正は尊敬の念と、真似したくはないなという感情が交互に出てくるのを感じる―――いや、良い事だとは思うんですけどね。
「その発言、お前の爺ちゃんが聞いたら泣いちまうぜ?」
隼人は歩き出しながら、涙を流す演技をしている。うん、似合ってないしウザい。
「死人に口なし。僕は自由に生きさせてもらうよ」
薄情だとは思ったが、昔から爺ちゃんの扱いなんてそんなものだ。
「薄情な孫を持ってさぞかし不幸だったろうねぇ」
なぜ当ててくる。エスパーか?
「隼人の気持ちなんていらないよ。それは爺ちゃんが思うこと」
何となくそんな馬鹿馬鹿しいツッコミを心で入れながら、僕は爺ちゃんのことを思い出した。
僕の祖父である天野 邦武は先月老衰でなくなった。もとより元気で健康的な暮らしをしていたから、人というものはあっけないと感じた。苦しそうな死に顔ではなかったらしいから、なおさらだ。
そういえば祖父の記憶で忘れていたことがある。
「ねぇ、隼人」
「ん?どうした」
「あの植えた木のこと覚えてる?」
僕がそう聞くと、隼人は少しだけ考える素振りをした後に、はっきりと
「覚えてんぞ」
とだけ答えた。
僕らは小さい頃、祖父と共によく遊んでいた。ある日光り輝く種を、祖父の家への道中で拾い、願うに願った挙句祖父の家の庭へ植えてもらったのだ。初めの頃はにょきっと芽が生え、それは次第に大きくなり、中学になるまでにはそこそこの大きさの木になっていた。今も元気に成長しているのだろうか。
にしても隼人の反応は薄い。
「それだけ?まぁそれはいいや。今から弁当買うから付き合ってよ」
「お!俺がいい飯チョイスしてやんぜぇ!」
何故そこでやる気を出す。
「隼人の舌は壊れてるから遠慮しとくよ」
「はぁ!?!?」
隼人は、他の人にはここなで大げさな反応をしないが、昔馴染みだからだろう。僕に対する反応は大きい。
「もう、冗談だよ」
こうやって僕らはいつものように、たわいもない話をしながら学校へと歩みを進めた。
第三の旅「昼休み」
学校の中でも憩いの時間、ぼっち以外は皆大好き昼休みの時間がやってきた。僕は隼人の選んだ何の変哲もないおにぎり弁当を食べながら、今朝の話を隼人に持ちかけてみることにした。
「隼人、今朝の話覚えてる?」
「んー、邦武爺ちゃんの事か?」
隼人はもうすっかり瓶から移り変わり、学校の背景に似合うようになったパック型の牛乳を飲んでいる。
炭酸とかでないのが隼人らしい。ビバ健康思考と言ったところだろうか。
「そう、今日寄ろうと思ってるんだけど一緒に来ない?」
「木の様子を見にか、鍵持ってんのか?」
「僕が爺ちゃんとどれだけ遊んでたと思ってんのさ」
正はそう言いながらポケットから鍵を取り出す。隼人はその古い見た目に興味をそそられ、じっくりと眺めていた。
「まぁ鍵があんなら行くしかねぇわな。放課後にぱっぱといっちまおうぜ」
「決まりだね、断られたらどうしようと思ったよ」
「お前の頼みなんだから、断るわけねぇだろ」
どこからこんな頼もしい言葉が来るのだろうか。これは女子なら惚れてしまうだろう。
「何々〜?何話してんのよ隼人〜」
放課後の計画を、男二人という寂しい構図で練る僕らの前に現れたのは、弓道部のエース風咲 水希だった。
僕の独断と偏見で紹介するなら、彼女は生真面目な性格ではあるが、基本喋りや振る舞いは砕けた奴で、いわゆる切り替え上手という人間だろう。愛嬌があり、好奇心も旺盛で異性には好かれるタイプだ。同姓に関しては、女子の現状を知らぬ故に、あえて触れないほうが良いのかもしれない。でも、多分今の所は大人気だ。
見た目はというと学年で一番とも言われている。容姿端麗という言葉が似合っており、顔は高校二年生らしく大人びていながらも子供っぽさが抜けていない。花の女子高生とはよく言ったものだ。
隼人とは一年の頃から同じクラスで仲はそこそこ良いらしい。昔いざこざがクラスであってその時仲良くなったとか。
隼人も隼人で顔はイケメンで髪型も見た目も昔と大違いのチャラチャラボーイになった。かなりモテるようで、性格の良さを知っている僕にとっては当然といえば当然だった。
普段、子供の頃と違ってあまり喋らないくせに、学校になると話題メイカー。世渡り上手ってのは身近にいると怖いもんだ。まぁ、隼人から誰かに話しかけているのは、高校になって風咲と瑛君という青年以外、一切見たことないんだけど
しかし、僕みたいな一般ピープル顔とどこで差がついたんだろう。DNAってのは何て無慈悲なんだ。
僕がどうでもいいことを考えてる間に大体のことは隼人が説明し終えていたようで、
「え!天野それ本当!?何かそういうのワクワクするよね。もし見に行くならさ、私も見に行っていい?」
そう言う彼女はすごく楽しそうに見える。人の話に無邪気に迫ってくる部分も彼女の魅力の一つなのだろう。
「うーん、別に構いやしないけど」
ここでOKしなかったら後々面倒そうだ。
「やったー!案内してね隼人」
「うぇ、まじかよ…」
隼人はダルそうな顔をした。何かあるのだろうか。
「そうだ、愛も誘おうかな」
「え、あ、明日見さんも誘うの?そ、そうなんだ。そ、そうなのかぁ」
僕は突然の衝撃に少しパニックに陥った。
「うん、そうだよ、愛。駄目かな?こういう話嫌いじゃないと思うんだよね」
「え、ううん。ぜんぜん良いと思うよ、大歓迎!」
「ん?大歓迎まで行くんだ。流石愛は皆に人気だねぇ」
僕はこの時どんな顔をしていたんだろうか。
明日見 愛、中学の頃から一緒だが面識は全くない。フワフワしている天然で、男っ気も全くなく、愛らしい見た目から当時絶大な人気を誇っていた。その人気は高校でも続いているらしく隠れファンも多いと噂だ。
かく言う僕自身も、身長という観点から見ると手が届きそうな相手であり、かなり気になっている。
そんな彼女を今風咲が誘おうとしてくれる。もしかしたらこれを機にお近づきになれるかもしれない。ナイスだぞ!
「はいよ、それじゃあ誘っとくね。えっと、いつ頃の予定なの?」
「今日の放課後の予定」
隼人は静まるような声で言った。
「お、ラッキー。今日部活ないから丁度いいじゃん」
風咲は嬉しそうに帰りの時間を確認している。
「愛は今から誘うとして、あっとはぁ…。瑛よね!」
なんだか知らぬ間に一人増えそうな気がしている。
「おーい!瑛ー!」
風咲に大きな声で呼ばれた導衆 瑛は、こちらを振り向くと何かを察したように全力で教室の外へ走り出した。そう、彼が瑛君だ。
「あ、ちょっと逃げちゃ駄目だって!絶対連れて行くんだからね!」
そういうちょ彼女は、教室に配置された机などが邪魔する中で、最も短いルートを導き出し廊下のほうへ走り出した。
かと思うと、出口のところで立ち止まりこちらを向いて、
「じゃあ天野、放課後はよろしく!」
それだけ言い風のように去っていった。
律儀なのは良い事だけど、その物言いは誤解されそうだなぁ。僕は隼人の対応の意味が少し分かった気がした。