第一章以前の現実 パート1
ネフィアに来る前の話です
第一の旅「当然の毎日」
-天野家-
「あっ」
午前六時、雲一つないまだ黒色に塗られた空と涼しげな気温という最高の学校日和。
青年、天野正はふと目を覚ます。どうやらもう起きる時間のようだ。自分の熱がこもった布団から抜け出し、家用のスリッパを履いて自室のドアを開ける。また疲れる一日が始まるらしい。
「ねっむいな…」
僕は寝起きに任せてよろけない様に、しっかりと足元を探り歩いた。
「毎朝毎朝、同じように起きてご飯食べては磨いて労働して、人間って何したいんだろう」
鏡で寝ぼけた顔を見ながら僕は独り言を呟く。
でも、独り言は何も問題ないことだ。両親共々海外で働いていて僕は実質一人暮らし。ここは僕のプライベートを保障してくれる。
朝はいつも通りテキトーに起きて少し布団でぐーたらして、飯でも作って昼用に弁当を買うか用意するか。身だしなみをある程度整えたら、自分の通う学校へただ無心に向かうだけ。
そんな日々の連続だ。もう既に慣れてしまった。
冷蔵庫のハムとレタス、ケチャップを取り出して簡単なサンドイッチを作り、今日の昼はコンビニ弁当と決めてそれを口へと頬張った。
-明日見家-
(大変大変大変大変!!寝坊だよぉ〜!)
明日見愛はひたすらに階段を駆け降りる。
「ママ!遅刻遅刻遅刻しちゃう!!」
慌ててリビングに向かい席に着くと、取り敢えずご飯を催促した。
「あんたもう高2でしょ?朝くらいちゃんと自分で起きなさいよ」
母が分かっていますよとスクランブルエッグを机上へ置く。これは明日見家の日常風景である。
「だって、目覚ましさんが、あ、美味しい。ちゃんと鳴ってくれないんだって!」
言い訳のために口をむごむごと動かしていると、愛の父親である、明日見 純太郎が、身支度を済ませリビングへと来た。
「ガンガン鳴ってたぞ。耳遠いんじゃないかぁ?愛。もうすっかりお婆ちゃんだな」
娘を少しイジり倒してやろうと、陽気な笑みを浮かべている。
「もう!そんなのじゃないの。あの子絶対元気ないから、今度買いに行こうね!」
目覚まし時計をあの子と呼んでしまう辺り、愛は無自覚なちょい天然だった。
「お、愛と買い物か。ママ、日曜開けといてねーん」
「はいはい、分かりました」
そんな子供の要求を快く二人は受け入れる。
「本当!?やったー!」
「よっ!さすがママ!」
「はぁ、ちゃんと朝起きるのよ?」
「はーい!」「はーい」
-雷陣家-
靴紐を結び、少し大きな声を出した。
「なぁ、母さん。俺もう行くけど」
そう言うと、奥から母親がやってきた。
「え、隼人もう準備終わったの!?日に日に早くなってる気が…」
「まぁ、普通に終わったよ」
確かに、少し早くなっている気はしたが、隼人にとってそんなのはどうでも良い事だ。
そんな弟の背を見送るためだろうか、兄の誠がひょっこりと顔を出す。
「お前は相変わらず早いなぁ」
これは感心されているのだろうか。
「はぁ、マコ兄がおせーだけだろ。賢いくせに鈍くせぇんだよ」
「朝からキッついなぁ隼人は。まだ朝七時前だぞ?」
「ダラダラしてると落ち着かないんだよ」
ゆったりな性格の、生活面での将来を不安に思いながら、それでも学校に行こうと隼人は立ち上がる。準備は完了した。
「本当父さんそっくりだなぁお前は。ほら、雪とか見てみろよ」
目線を送られたその先には、高校一年で同じ高校に通っているはずの我が妹が、下着姿でダラしなくソファに寝ている。
「またあいつ遅くまで絵描いてたのか?」
雪は絵を描くのが大好きだ、無理もないが生活に支障きたすほどまでいくとは。母親である絵里子はのん気な声で驚いている。
「あの子と隼人は何が違うのかしらねぇ」
良いのか起こさなくて。
「ちょっと顔面蹴って起こしてくるわ」
「い、いやそれはやめとけって……」
すぐに靴を脱ごうとすると誠がそれを阻止した。
-風咲家-
「ふぁ〜、おはよぉ〜」
「あ、おはようお父さん。もう、ご飯できてるよ!」
机の上を見ると、ご飯に味噌汁、そして昨日捌いたのであろう鰤の切り身が2人分置いてある。
「さ、早く食べよ!」
「水希、毎朝悪いなぁ」
「大丈夫だって、お父さん事件抱えてんだから!犯人なんて自慢のお父さんの力でとっ捕まえちゃってよ」
水希はとびきりの笑顔で言った。
「あぁ、お前の笑顔を見ると頑張れるよ。水希も学校頑張れよ。文武両道優秀な俺の誇りなんだからな!」
父親である湧希も良い笑顔だ。
「のーのー!お父さんとお母さんの誇りでしょ」
水希は仏壇の方を見て言った。
少しヤレヤレという顔をした後、湧希もそれに同意する。
「そうだな、結子と俺の自慢の娘だ」
「へへ、そーゆーこと!よく分かってんじゃん」
朝のひと時を楽しみながら、自分で作った料理をペロリと平らげた。
-導衆家-
「おはよう」
部屋を出ると、何時もの顔ぶれがそこにいた。
「おはよう」
「おはようあきちゃん♪」
「お兄ちゃん結羽お腹減った!」
「お兄ちゃん幸羽死んじゃう!早くしてぇ!!」
家族が今日もここにいる。これは当たり前のことだ。
「ごめんね、少し起きるのが遅かったよ」
瑛はとりあえず謝った。家族に対しての割には、何だか社交辞令っぽい。
「あぁ、早く食べるぞ」
だが、その対応は父親である英吉も同じようだ。
「それじゃ、いただきましょうか」
「せーのっ」
「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」
食事を進めていると、英吉が口を開いた。
「瑛、勉強の方はどうだ」
「んー、変わりなく順調だよ。」
「そうか、ならいい」
「うん…。そんだけのの?」
「他になにか聞く必要があるか?」
それだけ言うとまた英吉は食事を進める。
「いや、別に。よし、食べ終わった。ごちそうさま。美味しかったよ母さん」
「えへへ、ありがと!また今度もこれ作るね」
母親である桜夜はとても若く、感情が豊かで美人だ。彼女とは瑛も少し気楽に話せる。
「うん、よろしく」
正は誰もいない部屋の中、靴を履いてただ一言言った。
「行ってきまーす」
「よし!前髪OK!それじゃあママ、パパ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「気をつけるのよー」
愛はドアの奥、外から答えた。
「はーい!!」
「全く元気よねぇ」
「あはは、そうだなぁ」
「んじゃ、行くわ」
ふと雪たちの方へ目をやった。
「よいしょっと」
「ちょっと!玉子焼きそれ私のでしょ!?」
「いや、待て待て。俺まだ食ってないぞ!!」
食卓の方では誠と雪の死闘が繰り広げられている。
「お弁当持ったわよね、行ってらっしゃい」
絵里子はその光景に関しては何も触れる気はないらしい。
「はーい。……あ、母さんあれ五月蝿いから口にガムテ貼っといて。それじゃあ行ってきます」
少し小さくなった気がする靴を、急いで履き終える。
「お父さん二度寝しちゃ駄目だからね。うちの努力を無駄にしないように!それじゃあ行ってきまーっす!」
「分かってるよ、行ってらっしゃい」
「はーい!」
ドアを慌てて開ける音が聞こえる。
「はは、急ぎ過ぎるなよー」
「急がなきゃ遅刻!待たね!」
水希は笑って外へ駆け出した。
「それじゃあ行くね」
「あ、あきちゃん。今日私夜いないの!だから、皆の分の夕飯何か買ってきてくれない?」
「分かった。帰りに寄るよ」
「ありがとー!それじゃあ行ってらっしゃい♪」
「うん、行ってきます」
「はぁ、ちょっとだけ暑いなぁ」
正は外の日差しがこれといって好きなわけではない。夏は暑くて嫌いだ。
「もう春も終わるのかな」
正はそう呟いて音楽を聴いた。