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短編

不意打ち×ときめき

作者: 片桐ゆかり

Twitterにてフォロワーさんに「眼鏡と白衣のお話」とお題をいただいたので書いてみました…が、これでよかったのかとすごく自問自答しました。

書いた本人はたいへん楽しかったのですが、眼鏡と白衣…出てるかな?

ゆるっと読んでいただければ嬉しいです。




真っ白な白衣と黒ぶち眼鏡、それを身にまとうは長身ですらりとした男の人。無造作な黒髪の頭も清潔感が多少はあるし、顔だって悪くない。頭もいいし優しさもあるし、歳は27歳といい感じ。

――それなのに、モテそうなのにねと言われてもモテないのは。最初は女の人に騒がれてもすぐにダメになってしまうのは。


「こういうところがいけないんだと思うんだけど?!」

「………んあ?」


ごくごく、と私が差し入れした缶コーヒーを飲み干して、ふうと一息ついているその人・高橋和臣さんに私はキレ気味におしぼりを差し出した。


「なあに怒ってんの羽美ちゃん?可愛い顔が台無しだぜ」

「誰のせいだと思ってるの!もう、またこんなに散らかして!それになんで昨日綺麗に染み抜きした白衣にもうお醤油たらしてるの!」

「ああ、さっき文献読みながら昼飯食べたから」

「もう、忙しいのは知ってるけどご飯くらいちゃんとした場所で食べて!」


ああ、うん、とか絶対に効いてないなっていう声で返して和臣さんは私の手に持っているお弁当箱を掬い取った。

中身は簡単なおにぎりとかおかずだけれど、いそいそとお弁当箱を開けた和臣さんはにへらと締まりのない顔で笑っている。この人、普通にしてたら格好いいのに、残念だ。

どうしてモテないって、まず性格。基本的に適当だし部屋はすぐ汚くするしおまけにすぐ本や文献を読みたがるから手元がおろそかになって白衣をすぐ汚す。

女の人たちはそれを見てまずよかった第一印象が崩れ、そうして次に私の登場である。和臣さんとはちょうど10離れている私と和臣さんはお隣同士のマンションで暮らしている。

父が北海道へ単身赴任しているので、母が付いていき、私は一人残ったという寸法だ。そうして、なんだかんだ私たち家族が世話を焼いていた(というか世話をしないとご飯は食べないは、着るものには無頓着だわでたいへん面倒な人である)和臣さんと仲良く暮らしているのだが、和臣さんという人は自分の研究の話か私の話しかしないそうなのである。


一度、和臣さんに好意を抱いた人とかち合ったことがあった。

基本的に、和臣さんは仕事が終わったら私の家に訪ねてきて二人でご飯を食べ、そのままテレビを見たりその逆で私が学校終わりに休みの和臣さんの家に入り浸ったりとしている、兄妹のような日々を送っていたのだが、私が一人暮らしを始めるようになってからは職場に差し入れをしてくれだのご飯持ってきてほしいだのいう事が増えた。

大学で研究をしている和臣さんは簡単に言うけれど、高校生の私なんかがやすやすと入っていいのかと尻込みしていたら、教授さんなんかが気に入ってくれて以来顔パスになったしよく和臣さんとご飯に連れて行ってもらうというのは蛇足で、その日も私は和臣さんに服が汚れたから着替えを持ってきてくれと言われて研究室へ向かっていたのだった。

そこで、和臣さんにほの字の女性(大学生らしく可愛い格好をした女の人だった)が研究室に居り、私は兄の様に慕う和臣さんにそういう人がいることがちょっと嬉しかったのですぐ帰ろうとしたのだが。

私に気付いていない和臣さんと女性。そしてその女性は顔が引きつっていた。

どうしたんだと聞き耳を立てると、どうやら私の事を延々と話しているようで、思わず持っていたバックを取り落とした。それはダメだって和臣さん!と声にならない悲鳴を上げている私に、和臣さんは「羽美ちゃん、待ってた。ありがとな」なんてとろけるような笑顔を見せたのだった。――そうして、女性は高校の制服を着ている私と朝は綺麗だったはずなのに夕方になったら大分小汚くなっている和臣さんとを見比べて、そのまま帰ってしまった。和臣さんは、彼を愛してくれそうな人を一人失ったのである。


「お醤油って意外と落ちないんだよ?白衣だってそんなに安くないでしょ」

「んー、まあ、別に気にしないし」

「ちょっとは気にして!」


もう、と言いながら私は椅子に座っておにぎりをほおばっている和臣さんの白衣を脱がしにかかる。ご飯を食べているなら今のうちに染み抜きをしないと。


「お醤油のシミつけたままの和臣さんなんて認めないんだから」

「いつも悪いなー、羽美ちゃんはいい子だねえ」

「和臣さんがやらないからでしょ!」

「うん、だって羽美がやってくれるし」

「確信犯か!あのね、だめだよそういうの。和臣さん恋人に幻滅されちゃうよ、ただでさえモテそうなのにモテないなんて言われてるんだから」

「いや、俺別にモテたいわけじゃないし恋人いないし…っていうか羽美ちゃん?」

「んん?」

「なんで俺の白衣を着てるの」

「白衣ってどんな感じかなって気になったの。和臣さんのだから結構大きいね」


染み抜きする前にと制服のままだったけれどいいやと和臣さんの白衣を羽織ってみた。

なんだか和臣さんの匂いがして安心するというか。さっきまで来てたから、あったかくてちょっとドキドキする。こうすると裾は長いし袖は捲らないと手が出ないしで、大人の男の人なんだなあと思う。

ついでに、と眼鏡を取って装着。これで和臣さんのコスプレの完成だ。

眼鏡はあんまり度が入っていないから違和感なくつけられる。いつもは眼鏡で阻まれている和臣さんの大きな目がさらに大きくなっていて面白い。


「ね、似合う?これ和臣さんの匂いがしてあったかいね」

「ジョシコーセーはさあ、どこでそういうの覚えてくるの?」

「何が?理科の先生とか保健の先生が着てる白衣、ちょっとうらやましかったんだ。これはちょっと大きいけど…」

「大きくて当たり前だろ。ああうん、でも……彼シャツしたがる奴の気持ちがよくわかるな」


最後の言葉はあんまり聞こえなかった。

どうしたの?と首を傾げれば、コロコロと椅子の音をさせながら和臣さんが私のすぐそば前近寄ってくる。


「眼鏡、似合うよ。白衣も可愛い」

「え、あの、え…?」

「でも、顔がちゃんと見えないからつけるのやめろ、な?」


低い声がそっと私の耳を打つ。優しく耳になじむ声が響いて、そうしてすっと眼鏡が抜き取られてしまって。

いつも笑ってる顔が、知らない男の人のようで、私はそこでこの人もちゃんと男の人なんだと知る。目の前にある顔から視線が外せなくて胸の前で手を握った。白衣の袖も一緒に握っているから、なんだか変な感じ。


「そういうのは、軽々しくしたらダメだって教えてやる。覚えとけよ」

「…そういうの、って、どういうの?」

「人の白衣を着て無防備に立ってたり、俺の匂いがするとか言ったり。無意識に爆弾放ってくるから女子高生って怖えなあ」

「だって、ほんとのことだし」


そういうと、ふは、と笑った和臣さんが今度は私の肩に手を置いて引き寄せた。ぐらり、と揺れた体を男の人の体が支えて、密着してる部分が服越しなのにすごく熱い。


「してもいいけど、それは俺にだけにして欲しいんだけど」


思わずごくん、と喉を鳴らした。

だってこんな人、知らない。この人はお兄ちゃんじゃない。握っていた手はさっきよろけたせいで反射的に和臣さんの肩に乗っている。至近距離はいつだってそうなのに。

テレビを見るとき、膝の上に乗せてもらったり手をつないで買い物したりそういうことは小さいころから無意識でしてきたのに。どうして今、こんなにも落ち着かない気持ちになってしまうんだろう。


「それとも、俺とこういう風にしているのは、嫌か?」

「………っ、しん、じゃいそう…」

「それは、どういう意味で?」


思わず零れた言葉と共にさらに密着する体。心臓が煩くて、体が自分の物じゃないみたいに緊張している。それなのに、触れた場所は伝わる温度はどこか安心していて。

それは、この人が私を絶対に傷付けないと知っているからかもしれない。


「どきどきして、はずかしくて、…だめ、和臣さん、しんじゃう…」

「死なねーよ、可愛いことばっかり言われてる俺が死んじゃうっつの」


いつも通りの、からかいを帯びた声がして、さっきまでの男の人がいつもの和臣さんに変わる。それでも一度高鳴った心臓は、静まることなく煩いままで。

和臣さんの腕が離れたのを機にさっと離れて、慌てて白衣を脱いだ。それをぎゅうと丸めてそのまま鞄を手にする。


「か、和臣さんのたらしー!今日のごはんはハンバーグだからね!早く帰ってこなかったら私がゼンブ食べちゃうんだから!」

「いや、もちろん早く帰るけど、羽美お前それ持ってくの?!」


なんだか混乱していた私は、捨て台詞の様にそれを叫ぶと白衣を抱きしめたまま駆け足で家まで戻ったのだった。


――そうして。

言った通りに早く帰ってきた和臣さんは、その日からお兄ちゃんのような態度を一変させ、ひたすらにどろどろに甘え甘やかしてきた。

それに経験値ゼロ、むしろ男性なんてお父さんか和臣さんかの二択しかない私が陥落してしまうのは、必然というか、むしろそこまでがワンセットで和臣さんの策略の内だったのかと今更になって思うのである。




「そういえば、和臣さんはロリコンなの?」

「違うって、やめてそんな目で見ないで」

「それにいつから私の事、その、…すきだったの?」


最近は、和臣さんの家に入り浸っている(あんまり前と変わっていないけれど)私は、ソファで宿題をしながら和臣さんに聞いてみた。

あの出来事から数週間、和臣さんの攻撃がクリティカルヒットし続けた私はついに和臣さんを好きなことを自覚して、恋人同士となったわけなのだが。

どうしてこうなるかなあ。前と変わらずすぐ散らかすし、適当だしと残念なところは多いんだけれど、それでもなんだか放っておけないし昔から知っているし家族みたいだし、嫌う要素がなかったのも良かったのかもしれない。


「ん?知りたい?」

「うん、すっごく知りたい」


シャーペンを机に置いて身を乗り出せば、はぐらかすように笑った和臣さんはだあめ、と言った。そんな風に言っても可愛くないんだからね。


「ずるい、私知らないことばかりじゃない」

「そうかあ?そうだな、じゃ、教えてやる。お前が成人して、就職して、落ち着いたら」

「それってだいぶ先じゃない?」

「だって、そうしたら結婚できるだろ。だからその時にな」

「え………、……はああああ?!」


今、この人しれっとすごいことを言い放ったような気がする。

思わず大きな声を上げた私の隣に移動した和臣さんは、いたずらっ子の様に笑ってコーヒーを飲んでいた。なんだかちょっと悔しいから、返事をする代わりに、生クリームを浮かべていたせいで口の周りにひげをつけてる和臣さんの口元を舐めてキスを仕掛けた。

私だって少しくらい不意打ち、したいのである。













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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。和臣さんサイドも読んでみたいです。男性が甘いお話って男性サイド読みたくなります(ドキドキ…) [一言] 羽美ちゃん家族が世話しないと ご飯は食べないは 切るものには無頓着だ…
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