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政治将校フォルカー・ネイ・クロイツェル

 列車を降りると、胸が苦しくなった。

 帝国本土の都市フォルより南へ鉄路に揺られ1週間。ようやくアイゼン騎兵学校のある都市同盟領、都市アイゼンに到着した。改札の駅員に切符を渡し、アリアは自身の荷物を手に持ち、駅舎を出る。

「ここがアイゼン……」

「はい。私の故郷です」

 アリアは目の前の光景に立ち尽くした。

 駅前広場を埋め尽くす路面列車の線路。所狭しと並ぶ小型機関車とトロッコ。空は黒煙が覆い尽くし、地には山のように積まれた金属のインゴットとそれを買い付ける商人。その全てがアリアにとって初めての光景であり、新鮮だった。

「覚えてる?」

 アリアはローズに問う。

「無論です。毎晩夢に見てました」

 ローズは唇を噛みしめて言った。

「行列ができてるわね」

 アリアの視線の先にはお椀を片手に並ぶ長蛇の列。青いスーツを着た男性が列を整え、誘導している。行列の先には大鍋を脇に立つ青いスーツの女性。お玉でスープのようなものをお椀に盛っている。

「食事の配給ですね。神聖教会の慈援活動の一つです」

「詳しいのね」

「私も以前、お世話になったことがありますから」

 ローズがじっと目をつむった。

「アリア・フォル・レイン殿でありますね」

 不意に人混みの中から灰の軍服を着た青年が現れる。

 歳はローズと同じか、それよりも若い。しかし彼の首元に輝く襟章が、彼の言葉に重みを与える。

「初めまして。フォルカー・ネイ・クロイツェルと申します。帝室軍務局よりアリア殿の学業補佐の任を任されました。不自由がございましたら、なんなりとお申し付けください」

 フォルカーは近衛師団長の命令書と自身の身分証を懐から取り出し、アリアに差し出す。

「そうね。貴方かがいることが不自由かしら」

 アリアは命令書に目を通し、フォルカーに返す。

「寮までご案内します。お荷物もお持ちしましょう」

「ありがとう。ローズも、荷物を渡してあげて」

「はい」

「その者は付き人では?」

「貴方が荷物を持つと言ったでしょう。さあ、寮まで案内して」

「はっはい。こちらです」

 フォルカーは大通りを先導して歩く。アイゼン騎兵学校は駅から大通りを一直線に進んだ突き先にある。

 アリアはまじまじとその背を見、脇の店先に黄ばんだノートの山を見つける。

「ローズ。そういえばノートを買っていなかったわね」

「いえ、ノートは」

 アリアは片目をつむり、ローズに意志を伝える。

「そういえばそうですね。今の量では心もとありません」

「そこの書店に寄っていきましょう。フォルカー殿、聞こえてる?」

「はい。かしこまりました」

 アリアとローズ、フォルカーは古びた風の書店に入る。所々蜘蛛の巣が張り、明かりは暗い。

「ごめんください」

 アリアが声を張る。しかし声は帰ってこない。

「随分と古い書店ですね」

 ローズは辺りを見渡して言い、手元の本棚から一冊の本を取り出し、開く。

「アリア様っ」

 思わずローズが叫んだ。

 アリアが駆け寄り、その本の文面に目を走らせた。

 アリアとローズは知っている。その文体は"文字狩り”の時代以前に発行されたもの。今や文字を読める者は少ないが、貴族階級のアリアはもちろん、召使いとしては珍しいが、ローズも文字が読めた。

「召使いも文字が読めるのですね」

「ローズです。勉強を手伝ってもらうのですから、ローズも読み書きできなくては不便です」

「あっ」

 ローズが積みあがった本の山に肩を当て、辺りに本が散らばる。

「全く。フォルカー、手伝ってあげて」

「はい」

 フォルカーがローズの元へ行った途端、アリアは遠くの本棚へ素早く移動。その裏に隠れながら書物を物色する。なにか手がかりがあるかもしれない。限られた時間。必死に走らせる視線の先にあるのは金字の背表紙、天井まで届きそうな本の山、虫食いで崩れそうな紙束。どれもとても古い書物と一目でわかる。

 アリアは書物の群から一冊の本を取り出し、フッと息を吹きかける。途端に粉ほこりが舞い、アリアは袖で口元を被う。

 表紙には古語で「アイゼン第二次都市防衛拡張案」の文字がある。アリアが慎重にページをめくる。中には今で言うアイゼン旧市街の地図や、地下水路の位置、都市全周を囲う星形城塞の図案や住民が避難する城の設計図。

「おやおや、騒がしいと思ったら」

 店の奥から主人の、しゃがれた声のお婆さんがカウンターに現れる。アリアはそそくさとその主人の前に歩み寄り、頭を下げた。

「申し訳ありません。私の連れが商品の山を崩してしまったようで。ところでこちら、おいくらになりますか?」

「ふむ。どれどれ」

 主人はポケットから老眼鏡を取り出し、その本のタイトルを確認する。そしてアリアの顔を眼鏡のフレーム越しにちらりと見やると、値段を答えた。

「・・・・・・銀貨一枚、といったところじゃな」

「そんなにお安いんですかっ」

 アリアはカウンターのデスクに手を突き、半身を前にのめり込む。

「では、この本と、店先のノート全部ください」

「ええっそんなに。お客さん、銭持ってるんだろうね」

「もちろんです」

 アリアは店の主人に金貨を三枚握らせる。

「毎度毎度。ありがとさん。金貨なんてはじめてだい。けんどあんた、あの量のノート、もって帰れるんか?」

「大丈夫です。連れに力持ちの男がいるので」

「アリア殿。それ、もしかしなくても私のことですか?」

 ローズと共に本を元の様に積もうとして、ジェンガ大会を繰り広げているフォルカーが言った。

「もちろんよ。頼りにしているわ」



「ここが?」

「はい」

 アリアとローズが案内されたのはコンクリートで造られた高い城壁で丸く囲われた城だった。

「ここが正門になります。学校へはここからしか入れません。門限は一九〇〇です。お気をつけください」

 巻き上げ式の重い鋼鉄製の門をくぐると、全てがコンクリートだった。駅前からも見えていたが、頭上遙かにそびえるコンクリート製の丸い塔。目の前には図太いコンクリートの円柱と、その左右に一本づつ、角砂糖よりも直方体の武骨なコンクリートが建っていた。

「外出する際はそこの守衛所で申請をお願いします」

 フォルカーが片手をあげ、守衛所に挨拶する。

「帰りは報告しなくても?」

「いえ、私は軍属ですので。アリア殿と連れの方は忘れずに報告してください」

「わかりました」

 フォルカーに率いられたアリアとローズは左右にトーチカと塹壕が並ぶ石畳の通りを歩く。少し歩くと大理石の噴水が見えた。この場所は東西南北の通りが十時に交差しているようで、噴水はこの交差地点の中心に設置され、その周囲を円形に石畳の道が張られていた。

「座学は主にあの校舎で行います」

 フォルカーは噴水の向こう、正面の図太い円柱を紹介した後、右の直方体に手を向ける。

「東の直方体の建物が男子寮です。そして」

 フォルカーが左の直方体に手を向ける。

「西の直方体の建物が女子寮になります。各寮ともに異性の入館は禁止です。私は男子寮で寝泊まりしますが、何かありましたら寮の受付に言ってください。くれぐれも無断で侵入されませんように」

「もちろん。わかったわ」

「まずは部屋へ行き、お荷物を置きましょうか」

 そう言ってフォルカーは東の直方体、女子寮へ向かって歩き始めた。


「身分証を」

 女子寮は周囲を高さ二メートルほどの柵が囲っていた。

 唯一の出口である門には女性の衛兵が二人、銃剣を片手に立ち、軽機関銃が傍らの壁に立てかけられている。

「まるで刑務所ですね」

「貞操を気にされるお家からの圧力だそうです」

 フォルカーは衛兵に身分証を差しだす。

「私はここから先には入れませんので、お荷物をお返ししますね。私はあの噴水のところでお待ちしておりますので、準備ができましたらお越しください」

「そう。わかったわ」

「ノート運び、がんばってくださいね」

 フォルカーは地を震わすような地鳴りとともに、ノートの束を地面に置いた。

 帝国属領ユーレミド都市同盟、都市アイゼン。ジャワ草原の豊かな泥炭と鉱石に恵まれたこの地で、アリアとローズの新たな生活が始まった。

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