7話
*
世話焼きと言うか何と言うか、ここまで必死に構われたのはアイツ以来じゃないだろうか?思わず笑みが漏れ、2人に頭を下げる。
「お昼はヒヨが料理当番なのですよ。つぐの為に、いつも以上に腕に寄りを掛けるのです!」
「おぉー、ヒヨヒヨ楽しみにしてるよー」
「レオの料理は普通なのです。つぐだけなのです」
「えー‥」
先程と同じ様にヒヨはお絵描き、俺はレオ監修で魔法陣の練習。少しばかり時間が経ち、いきなりヒヨが立ち上がって宣言した。思わず携帯を覗き込めば正午前。レオ曰く、ヒヨの腹時計は正確らしい。
手伝える事は無いか、と立ち上がり掛けるもレオにたしなめられた。どうやらヒヨに任せても大丈夫な様子。火を使わないらしいから安全だ。俺達はヒヨが呼びに来るまで、また魔法陣の練習を始める。
異世界の魔法陣は、科学と文学の分かる人向けなのが良く分かった。例えば火球を飛ばす魔法陣を作るなら、火の古代文字。だが書いただけでは発動せず火の概念、火の成り立ちが分からなければ不発に終わる。全ての物事は女神の授かり物、だと常識を刷り込まれたら覆すのは難しい。
「ここの人達って、女神サマーの恩恵として深く考えないからねー。魔力が無い世界の人達の方が、魔法陣上手く使えるよー。今さっき教えたのだって、俺が使える様になるまで5年掛かったんだよー?」
「剣の祝福を持ってるだけで十分だろ」
「あははー」
すっぱり言い切ってやったのに、どこか楽しそうにへらへらと笑うレオ。そろそろヒヨが昼食に呼びに来そうなので、未だ楽しげなレオは放って後片付け。
メモ帳の紙だって異世界の物。こんな質も良く無いみたいだし、メモ帳の紙1枚すら価値があるんだそうな。因みに、新品未使用未開封のメモ帳1冊で100万Mは下らないらしい。異世界物としての収集価値だとか。収集家はどの世界でも一定数は居るんだな。
「これは羊で、これは‥‥でかい牛?」
「ん?どれどれー?あぁこれはキュピって言って、牛より3倍くらい大きな魔物ー。気性も穏やかでちょー人懐っこくて、この村でも1匹居るよー」
「へぇ、探してみるか」
もこもこした身体にちょこんとした顔と手足。ヒヨが描いた可愛らしい羊、その隣にはデカい牛に似た生き物が描かれて居る。ホルスタイン種より、どちらかと言えばジャージーだな。
村の入り口からここに来るまでには見掛けなかったし、食材を買いに行く時に案内して貰おう。あぁついでに、二足歩行の羊についても聞いておこうか。きっとあの二足歩行の羊も魔物だろう‥、多分。
「2人共、昼食の用意ができ‥」
片付けが終わり、クイナを摘まみ上げ肩に乗せる。タイミング良くヒヨが奥の扉から姿を現し口を開いて直ぐ、大きな音を立ててギルドの入口が開かれた。
「助けて、レオさん!」
出会った時以上に髪を振り乱し、危機迫った表情を浮かべ走り込んで来たティカ。荒く肩で息を吐き出し、今にも膝から崩れ落ちそうな疲労の色が窺える。
1度俺に視線を向けるも、直ぐレオに視線を戻す。音を気にしない程に荒くカウンターまで歩みを進め、握り締めていた灰色の紙を叩き付ける様に置く。
「こっ、これ、村例クエストでお願いしますっ!」
「お、落ち着いてー。簡単で良いから、ゆっくり説明お願い出来る?」
「はっ、はい‥」
事の発端はティカがいつも通りの日課である羊を放牧に出した、数時間後。この時間なら一心不乱に草を食み、しつこく呼ばないと帰って来ない羊達が帰って来た。おかしいと思いながらも我先に、と小屋に入りたがる羊達を数える。
すると、何度数え直しても1匹足りない。慌てて日向ぼっこして居た二足歩行の羊、めぇちゃんを連れて探しに行った。そこにはいつも羊達が草を食べていた草原は無く、真っ暗で底知れぬ大きな穴。
不意にか細い羊の声が聞こえた気がして、その穴の中に飛び込もうとしたがめぇちゃんに止められた。そしてめぇちゃんに穴の見張りを頼み、村例クエストの紙を握り締め急いでギルドに駆け込んだらしい。
「うーん、ダンジョンっぽいかなぁー?」
「レオ、ティカは嘘を言って居ないのですよ」
「分かってるよー。準備もあるし、受理するからティカちゃんは村長に印貰っておいで?」
「は‥、はいっ!有難うございます!」
紙に何かを書き込むと、ティカに渡す。手渡された紙を握り締め、嬉しそうに彼女が勢い良く頭を下げると、来た時と同じ様に慌ただしく走り去って行った。
村例クエストとは又の名を特殊クエストと呼び、村や村人に著しく損害を与えるであろう時に発生するクエスト‥‥、今回は話を聞く限りダンジョンらしいので、その例に当て嵌まるとの事。
簡単に言えば、村や村人に損害を与える出来事があれば代金は国が負担するからギルドに依頼しよう、って事だな。不正が出来ない様にその他諸々の決まりがあるみたいだが、俺には意味無いので割愛しよう。
「ヒヨ、ツグミと一緒にお留守番出来るー?」
「だ、大丈夫なのです。もうヒヨは立派なレディなのですよ!」
「そっかー。じゃあさっきの話を聞く限り、剣とカンテラだけで大丈夫かなー。出来た‥」
「あ、レオ、カンテラは無いのですよ」
「え?」
「この間レオがぶつかって落としたのです。壊れてるのですよ」
「え、じゃあ何で‥」
「行商の人は暫く来ないのです。買ってない、じゃなくて買えないのですよ」
「‥‥」
ヒヨの言葉にレオの動きが止まった気がする。いやいやいや、俺に視線を向けられてもどうしようも‥‥懐中電灯くらいならあったかな?それにしても、何でこんなにレオはヒヨに弱いのか、謎だ。
「家から懐中電灯‥、光る道具を取って来ようか?多分あると思うから」
「直ぐ見付かる?」
「‥‥無理だな。あるとは思うけど、どこに置いたか忘れた」
どうやら本当に早急クエストらしい。ってそうか、ティカがあんなに慌てる程だし、ましてはダンジョン。羊の放牧が出来なくなるのも駄目で、ダンジョンは魔物達の巣窟。もしダンジョンの外に魔物が出て来たら、を考えるとマズい。
顔を見合わせて唸る大人2人を尻目に、ヒヨが小さく声を上げた。因みに照明系は値段が割高なので、日の出と共に起き、日の入りと共に寝る村人達は持っていないと考えた方が良い。
「レオ、つぐの魔方陣を使えば良いのですよ」
「あ‥‥、そっかー!さっき完成したのだったら数時間は持つし、そうすれば万事解決だねぇー」
「え?ちょっ」
「ツグミ、俺とぉ、一緒にぃ、ダンジョン攻略しに行こうかぁー」
早急過ぎだろ!驚きに目を見開く俺を放り、話はどんどん進んで行く。最終的にはとても良い笑顔のレオに両肩を掴まれ、何となく断り辛い雰囲気が‥‥。
「分かった、行くよ。でも戦力にならないからな?後、グロ耐性とか無いし」
「だーいじょーぶ。何かあったら俺が守ってあげるしー、ス‥、クイナだって居るからねー」
「つぐ、ダンジョンの魔物は契約した魔物以外倒したら魔素になるのです。還元されて倒した死体は残らないのですよ」
へぇ、それなら少しは良心が痛まない‥‥気がする。平和ボケした日本国民だし、本当に駄目な時は直ぐ言おう。一振りの波刃型レイピアを帯剣したレオ、ちょっとはチャラ男成分が無くなったかも。
準備、と言ってもレオは剣、俺はメモ帳を取り出すだけ何だけど、それが終われば来た時と同じく慌ただしいティカが帰って来た。
「はぁ、っ、村長から、印貰って来たわ、っ!」
「お疲れー。受領印してー、細々したのは後で。はい出発するよぉー」
「昼食は保冷箱に容れとくのです。無事で帰って来るのですよ」
俺も行くとは思って居なかったのか、ティカが驚いた表情を浮かべている。そんなティカと心配そうなヒヨの頭を撫で、俺はレオの後に着いて行く。
*
*
【個体】クイナ
【種族】黒金スライム
【レベル】Lv1
【装備】なし
【スキル】体当たり
【ステータス】
HP150・MP3
STR8・VIT34
DEX6・INT2
【主】九重鶫
【詳細】
弱って居る所を鶫に拾われた。好物は携帯食料(プレーン味)。大食漢。
希少鉱物同じ成分で出来たスライムな為、絶対数が少ないレアスライム。
幼体な為まだ貧弱だが育てればかなり強い。ステータスのHPとVITを見れば片鱗が窺える。
鶫の事はご飯をくれる変だけど優しい人間だと認識中。好印象。
【魔の祝福とか諸々】
強さの拮抗
魔術≧魔法>魔法陣
持久力の拮抗
魔術≧魔法≧魔法陣
割合の拮抗
魔法>魔術>魔法陣
魔回路とは....
自身の中に持つ魔力を体内に巡らせ、放出する器官である。魔法も魔術も魔力と魔回路が無ければ話にならない様子。鶫は地球人なので、魔力も魔回路も無いから話にならない。
魔法陣とは....
紙に円陣を書き外周に女神へ捧げる祝詞を、内周に使いたい属性と効果を古代文字で書き込み繋げ、魔法・魔術と同じ様な効果を得られる様にした物である。識字に長け、綺麗な文字を書き、古代文字の意味を正しく理解、繋げられる者では無いと無理な為挫折する者が多い。鶫は地球人な為、正しく理解出来るので魔法陣向きと言える。
ラ・エミエール、住民全ての識字率は4割弱程。
*