5話
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「2人とも、車には気を付けて行くんだぞ」
「「はーい!」」
現在朝の6時前。がっつり朝食を食べて元気いっぱいに家を出て行ったのは双子で、勿論部活の朝練に行く為だ。雲雀は期待のエースらしく、鶲だって負けてはいない程らしい。俺はどちらかと言えば運動が苦手な方なので、妹達が似なくて良かったと思う。
2人の姿が見えなくなると玄関の鍵を閉め、リビングに戻る。朝食の片付けをし終われば、仕事も無いのでゆったりとした寛ぎタイム。そろそろ買い出しに行かないと食材も無いし、スーパーのチラシを広げながらテレビを付けた。
「三角屋のコロッケは絶対買うとして、太陽スーパーの野菜と‥‥」
どんどん主婦、いや主夫になって来てる自覚はある。内心苦笑し、メモを取って行く。今日も向こうに行きたいって気持ちがあるので、用事は早く済ましてしまおう。つまらない男が少しの間だけ、趣味にのめり込んでるだけだ。
テレビを消し、メモと財布と鍵、買い物袋を持ちいざスーパーへ。7時辺りになると朝市限定価格だから、とついつい野菜を買い込んでしまう。肉が好きな雲雀は不満げだが、鶲は野菜好きな為、野菜多めの料理にすると喜んだり‥‥。
「ふぅ‥」
時間は9時半過ぎ、自室。主婦ばりにスーパーで良い物を選びまくり、朝市価格の品物を買い込み、両手に買い物袋を下げて帰宅。これなら1週間は買い物しなくて良さそうだ。
食材達は冷蔵庫に突っ込み、俺は昨日選んだ目立たなそうな服装に着替える。バック、靴は仕方無いのでそのままだけど。そして指輪を着け、細かな鎖に通された鍵と南京錠を持ち、それをカチリと嵌め込む。
《ようこそ、ラ・エミエールへ。ふふっ、わたしの愛しい世界、気に入ってくれて凄く嬉しいわ》
「それは、きっと出会う人達が良かったからです。エミエール様、1つ質問しても宜しいですか?」
《えぇ、どうぞ》
「地球の物とか、技術とか、この世界に持って行ったら駄目な物とかは?」
《無いわ。持って行っても持って来ても、出来無い物は出来無いもの。だから気負わないで頂戴?》
「成程、それは良かった。有難うございます」
《いいえ、気にしないで。では改めて、わたしは貴方を歓迎します》
女神エミエールの言葉にほっと胸を撫で下ろす。そう言えば日本の技術、アルミニウムはラ・エミエールに無いってヒヨが言っていた。女神の声が途切れたのを合図に、俺はまた異世界へと足を踏み入れる。
むにっ。
地面に靴を履いた足を着けた途端、何か柔らかい物を踏んだ感触が足に伝わる。放牧が盛んな村だし、家畜の糞だったら嫌だなぁ。視線を下に向ければ、何やら丸い物体を踏んだ様子。
「‥‥何だこれ?」
足を退けるとソレは姿を現す。大きさは直径12〜3cm、野球のボール程度。首を捻りながらソレを摘まみ上げれば、色は黒く向こうが微かに見える半透明だと言う事が分かる。撫でて触った感触は、つるつるなゴムボール。
もちっとした触り心地の良い感触を堪能して居ると、ゴムボールが小刻みに震え小さく「ピィッ」と鳴く。そんな出来事に俺は思わずソレを地面に落とし、慌てて拾い上げる。
「‥‥何だ、これ?」
大事な事なので2回言った。ギルド、レオに見せればこいつの正体が分かるだろう。簡単に結論を出し、指で突っつくとピィピィ鳴きながら指に絡んで来た。何がなんだかさっぱり分からん。腹が減ってるのか?
バックに入って居た携帯食料を取り出し小さく割ってあげてみると、最初は警戒して居たが今では旨そうに食べて居る。アメーバみたいに取り込む感じで。このままでは埒が明かない。なので手にソレを乗せたまま、ギルドへの道を歩む。迷う要素が何処にも無いから、そのまま一直線。
昨日と同じ様、閑古鳥が鳴いてるギルドに到着。中を覗いてみれば暇そうにレオが受付に座り、ヒヨはそわそわして居る様子。居て良かった、と安心した俺は中へ足を踏み入れた。
「つ、つぐなのです!」
「あ、おはよー。ヒヨ、だから大丈夫だって言ったでしょー?」
「‥‥?」
「ヒヨ、祝福貰ったらギルドに帰って来ると思ったんだってー。南京錠渡してるけどぉ、ちょっと心配だったらしいよー?」
「レオは黙ってるです!つぐ、ギルドには異世界人の為に鍵穴だけの扉が用意されてるです。使ったらギルドに記録に残るから、出来るだけこちらを使って欲しいのですよ」
「‥‥り、了解」
ギルドの施設を利用すれば、宿帳の様に記録に残るから安全の為にも利用がお奨めらしい。異世界の人だけじゃなく、この世界の常識みたいだ。何時、何処で、何をして居たか、ギルドは知れて便利だしな。
鬼気迫るヒヨに俺は思いっ切り頷き、漸く許して貰う。そして不意に自分が聞きたかった事を思い出し、ゴムボールに似たソレをカウンターに乗せ口を開く。
「レオ、ヒヨちゃん、さっき道端に落ちてて思わず拾ったんだけど、これが何か分かる?」
「‥‥す」
「す?」
「スライム、なのです」
「‥‥これが?」
「そうだよー。とは言っても、随分小さいから子供かなー?」
携帯食料の欠片を未だにもごもご食べている、スライムの子供を見ながら呟けば、肯定された。俺のイメージしてたスライムとは掛け離れているが、まじまじと観察すれば結構可愛いかも知れない。マジで。
スライムとは、綺麗な水辺があれば何処にでも生息出来る魔物らしい。稀にスライムの核と言うレアアイテムを落とすので、それをギルドでは1つ50Mで買取りしてる様だ。
「‥‥この子、黒金スライムなのです。結構レアなスライムなのですよ、つぐ」
「どんな感じで?」
「先ず圧倒的に数が少ないでしょー、倒したら黒金って硬い鉱物落とすでしょー、そして何より育てたらマジで強い!」
まぁ子供だけどー、とレオが苦笑混じりに教えてくれた。黒金スライムとは、稀少鉱物の黒金と同じ成分で出来たスライム。絶対数は見掛けたら直ぐに狩られる為に少なく、レアなスライムとされて居る。
硬い鉱物の黒金と同一のスライムなので、防御力がビックリする程高いらしい。戦闘経験を積ませれば、最上級クラスとは言わなくても、上級クラスの魔物を単独でも倒せるらしい。スライムなのに凄い。
でも、このスライムを俺が飼うのか?一人暮らしだったら地球に連れ帰っても良いけど、妹達がいる。見付かれば大惨事は免れない。そもそも、スライムは地球に持って帰れるのか?
「つぐ、何の為の魔の祝福と調教の祝福だと思ってるのです!」
「‥‥はい?」
「んんー‥、ツグミは異世界人だからー、体内にある魔力を練る魔法は使えないでしょー?魔力自体が無いんだからぁ」
「大気中の魔素を集め、術式を組み上げる魔術も使えないのです。魔力が無いと言う事は、魔回路も無いと言う事なのです!」
「と言う事はぁー?」
漸く携帯食料を食べ終わったスライムを突っつきながら、白熱したレオとヒヨの会話を聞いていた。つんつん、と突ついた回数だけ身体をプルンプルンッと震わせるスライム。
意外と面白く、何度か繰り返せばいきなりレオが話を振って来る。えー‥、魔法が使え無くて魔術も使え無いなら3つ目だよな。消去法的に。てか、折角魔の祝福貰ったのに魔法使えないのか、残念。
「‥‥‥ま、魔法陣?」
「せぇーかーい!」
「‥‥でも、魔法陣で何するんだ?」
正解だと言われても、俺は何も思い付かない。首を捻って居ると、良い笑顔の2人から祝福の使用について講座を受ける事に‥。
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