1話
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「‥‥‥‥ひつじ?」
時間にして1時間弱、大した疲れもせずに村に到着。村は遠目から農耕と放牧で生計を立ててるんだろうと言う事が分かり、緑の少ない都会に住んで居る俺には割りと新鮮に見えた。
ファンタジー小説に有りがちな、村全体を覆う魔物避けの壁とか、出入口に立ってる厳つい門番は居ない。まぁ、大きい街になったら合ったり居たりするかも知れないけど。見渡しても危なそうな動物が徘徊してたりしないし、長閑だ。何回でも言ってやる。
開け放たれて居る質素な村の入口みたいな場所を潜り、辺りを見渡す。鶏があちこち歩いて居たり、羊が目の前を横断して居たり。その中で二足歩行の羊を見付け、俺は小さく呟いた。
めぇー。
灰色のもこもこした毛並みに、革の胸当て、背中に白い盾を背負った羊。不意に羊が足を止め、こちらを向くと近寄りスンスン俺の匂いを嗅ぎ出す。俺臭いか?汗はかいてないし、汚れも無い筈なんだけど‥。
どうして良いのか分からず途方に暮れて居ると、年端も行かない少女の声が聞こえて来る。慌てて居るのか、随分髪を振り乱してこちらへ走って来た。
「めっ、めぇちゃん、何してるの!」
少女は12〜3歳で、茶色い髪をおさげに、目はくりっとして愛嬌があり、そばかすはチャームポイントじゃないだろうか?快活な印象を受けた。元気なのは良い事だと思うよ。
服装はエプロンドレスで、色褪せて居たり布を宛がい繕った箇所が多々見受けられた。まだ肩で荒く息をして居たが、未だに俺の匂いを熱心に嗅いで居る二足歩行の羊を引き剥がし、勢い良く頭を下げる。
「ごっ、ごめんなさい旅人さん!めぇちゃんがこんな事するの初めてなの。ゆ、許して!」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと驚いたけど‥、頭上げて欲しい」
「本当!良かったぁー、旅人さんが好い人で」
俺の言葉に少女はホッとした表情を浮かべ、息を吐いた。笑うと可愛いな、俺的には好印象。妹だったら構い倒して居るだろう。あぁ勿論俺はロリコンじゃないぞ、悪しからず。
俺は少女にすら分かる間抜け面を晒して居たのか、少女は満面の笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「旅人さんその服、異世界のでしょう?人伝に聞いたんだけど、異世界の物って高いって聞いたわ。‥‥あれ?だったら旅人さんじゃなくて貴族の人!?」
「違う違う!俺は一般市民だよ。って、異世界?ここは異世界の存在が容認されて居るのか?」
「知らないのっ?!こんな田舎村でも知ってる事よ、貴方もしかして‥‥異世界の人、かしら?」
ご明察通り、そう少女に呟けば彼女は村の少ない住民が驚いて家から出て来る程の大声を上げた。容認されているだなんて、凄く過ごし易そうだ。流石、女神が挨拶に来る程のフレンドリー異世界。信じられん。
色んな事は置いて少女はティカ、13歳だそう。この村、ティリア村から名前を取ったらしく不満気だが、可愛い名前だと俺は思う。ティリア村は思った通り農耕と牧畜で主な生計を立てており、ティカの家は牧羊が主体らしい。
「は、初めてだわ!村長も子供の頃一目見た事しか無いって言ってたの」
「なぁティカ、周りに人が沢山集まって来たよ?」
「あっ!」
あんなに大声を出して居たら只でさえ長閑な村は驚くに決まって居て、決して近付く事は無いけど遠巻きに眺める人達が増えて行く。さて、どうした物か。
漸く気付いたティカは村人に頭を下げ、慌てて弁明して帰って貰う。ジロジロ見られたりしたが、何も言って来ない辺りティカの人徳ってヤツか?ちょっと慌てんぼうな気もするけど、良い子だしね。
「五月蝿くしてごめんなさい、えっと‥‥」
「あぁ言ってなかったな、俺は九重鶇。ツグミが名前だよ、宜しくな」
「分かったわ、ツグミ。ごめんなさい、騒ぎ立てて。でも、本当に吃驚してしまったの‥」
「構わないよ。聞きたい事があるんだけど、この村にはギルドとかある?」
「えぇ、あるわよ。集落以上の場所にはギルドと銀行、教会の設置を国から義務付けられて居るし。‥‥でも、どうして?」
「俺ここに来たばかりだから、手持ちが無いんだ」
由々しき事態だ。自然は沢山あるし、自給自足が出来る人には必要無い物かも知れない。だが俺にそんな技術は無いので、どうしてもこの世界の金を手に入れる必要があった。元の世界に戻るには、多分だけど先立つ物が少しは必要だ。
ゲームや小説通りなら最初にギルド登録、何かクエストを受けてお金稼ぎが常套手段。お使い程度なら俺にも出来そうな気がする。魔物の討伐とかは絶対、では無いけど無理っぽい。
「うーん、だったら先ずはギルドに行って身分証のカードを発行して貰うのが良いと思う。ここは無いけど大きな街になったら、身分証が無ければ入れなかったりするの」
「ふむ、成程」
「次は、お金の問題ね。言ったら悪いけど、異世界の物を売ったら直ぐに纏まったお金が手に入るわ。異世界の物はレアアイテムだからね。後は教会に行って祝福を受けると良いわ!」
「教会に、祝福?」
「えぇ。でも、詳しい事はシスターに聞いた方が早いわ。早速‥‥」
不意に視線が楽しげな表情を浮かべるティカから視線が外れ、固まって居た羊の群れに向く。こちらが注意を向けて居ないのを良い事に、脱走し始めて居る。それをティカに教えれば、勢い良く振り向き大声を上げた。流石に本日2回目の声に住人は驚かない。
「ツグミ、ギルドはこの道を真っ直ぐ行った場所にあるの。案内出来そうに無くてごめんね!」
「いや、大丈夫だよ。それより羊の方が大事だし」
「有難う。羊達を柵の中に入れたら教会に向かうわ。待ってて!まだ一杯話したい事があるの!」
「あ、あぁ、良いよ」
「じゃあ後で!めぇちゃん、追い掛けるよ。こらー、羊達待ちなさーいっ!」
彼女の口は機関銃の様に言葉を吐き出し、慌てながら嵐の様に過ぎ去って行った。二足歩行の羊、めぇちゃんとやらは最後まで俺を気にして居たな。やっぱり臭いんだろうか?ちょっとばかり落ち込んだ気分に。
暫くティカが走り去った方を見て居るも、自分のやるべき事を思い出して歩き出す。寄り道しなきゃ直ぐに着くだろう。言えないけど、遠目から見ても大して広い村じゃ無かったし。
暫く言われた通りの道を歩いて居ると、ポツリポツリだった家が次第に増えて行き、無人に近かった道を村の人が歩いて居る。
「うーん、異世界」
やはり俺の格好は珍しく、奇抜に見えるのか遠巻きにガン見されて居る。向こうが珍しいのなら、俺だって珍しさは変わらない。つい路上販売してる店を覗き込み、見た事も無い品物ばかりなので眺めてしまう。
「おやおや珍しい、旅人さんかい?」
「まぁ、そんなもんです。この野菜とか、俺の居た場所には珍しくて。見過ぎでしたか?」
見過ぎてしまったのか、ふくよかなオバサンが笑顔を向けて話し掛けてくる。困った様に笑いながら話し掛ければ気にした様子は無く豪快に笑い、むしろ果実らしき物を勧めて来た。
このオバサンはアデーレさん、歳は聞いたらいけない。マナー違反だ。勧められた果実はゴリの実と言うらしく、見た目は葡萄で中身は林檎。流石、異世界生産物。全くもって不思議だ。でもその不思議さを吹き飛ばす程に美味しい。
どうやら格好の事もあり、彼女は俺を貴族の末っ子が旅人に扮して遊び歩いて居ると思ってる様子。貰った3粒を食べ終わり、そう言えば‥‥と気付いた事を聞いてみる。
「アデーレさん、ご馳走様です。ギルドに行きたいんですけど俺、どの建物か全然分からなくて‥」
「気にしないで頂戴な!ギルドの建物なら赤煉瓦の建物よ。銀行なら灰煉瓦、教会は石造りね!」
「有難うございます」
まだ2人としか会話して無いけど、皆優しいなぁ。悪い人に騙されないで欲しい。お金が手に入れば何か買いに来よう。心に決めアデーレさんに別れを告げ、言われた通り赤煉瓦で出来た建物を探す。
意外に早く見付かった。
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