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「これ、異世界に行く為の鍵だから」



と渡されたのは銀細工の小さな鍵。鍵はペンダントトップらしく、繋がった細かな鎖が繊細な音を立てる。頬杖をつきながら随分とにこやかに渡すもので、思わず受け取ってしまった。


ヤツは久々に会った友人。どうも山籠りと言うのをして居たらしく、此処2〜3年音信不通。突然公衆電話から電話して来たと思ったら、世間話もそこそこに家に押し掛けられ、この鍵を渡された。意味が分からん。分かったら凄い。



「あ、信用してない?」


「当たり前だろう。お前は一々言う事が胡散臭いからな。全く‥‥」


「ははっ、残念。でも、もう要らなくなったからあげる。是非とも気になったら試してみてよ。んじゃ、忙しいから帰るわ」



ヤツは眉を下げ、困った様に笑う。この表情に弱いのは重々承知して居る。だが、渋々承諾して被害にあった事は数多。てか、久し振りに会った友人にこれだけ勧めて帰るとかどうよ?



「‥‥‥はぁ」



ヤツの後ろ姿を見送りながら、盛大に溜め息を吐く。昔から不思議なヤツだったけど、会わない内に不思議さが倍増したらしい。まぁ、試しちゃうんだけど。座っていたリビングのソファーから立ち上がり、廊下に続く扉を開いて直ぐ側にある階段を上って行く。


自室に戻った俺は、漸く陽の目を見る事になったメッセンジャーバックに携帯食料(プレーン味)3箱、500mlのペットボトル1本、携帯電話、(何故か)財布を入れ、運動靴を持って俺はトイレの前に立った。


鍵なら鍵が付いて居る場所を使うと思った訳で、玄関以外に鍵が有る場所はここしか無い訳で‥。どうしてここで良いと思ったのか、聞かれると難しい。



「‥‥‥恥ずかしいな」



丁度、家族が誰も居ない時だから良い物を。ちょっと確かめるだけだから、さっさと済ますに限る。一回で出来なかったら諦める。変な場所だったら直ぐ帰る。運動が苦手な分野に入る俺は、人より早めに逃げなくてはいけない。


一旦深呼吸、心を落ち着けよう。靴を持って居ない手には銀の鍵を持っており、ゆっくりトイレの鍵へ近付ける。明らかに合わない鍵穴だが、恰かもその為の鍵穴だったかの様に押し込める事が出来てしまった。



「‥‥っ!」



思わず手を引っ込め様としても出来ず、微塵も動かせる気がしない。いや、ゆっくり横に鍵を回せばそれに合わせて鍵が動く。



《ようこそ、ラ・エミエールへ。わたしは貴方を歓迎します》



カチリ、音が鳴って鍵が外れる音がする。途端トイレの扉が無くなり、頭の中に綺麗な声が聞こえ‥‥どう言う事なんだ!トイレの扉は無くなり、草原の様な物が見える様になった。トイレが何処に行ったのか、は深く考えない事にしよう。何だか歓迎されてるんだけど‥、だ、誰に?



「はぁぁぁぁ」



盛大に溜め息を1つ。確かにヤツは俺を振り回す事はあったが、命の危機にさらされる様な事はしなかった筈だ。多分。ここはヤツを信じて行くしか無い!


ゆっくり手を近付け、草原の方へと手を伸ばす。軽く指先を触れさせると、多少の抵抗は有る物の感触はまるで水。思い切って身体事突っ込むと水の中に飛び込んだ感覚になるが、直ぐ様その感覚も遠退いた。



「これが異世界‥?」



一言で説明するのなら、長閑な草原地帯。それが初めて見る異世界の風景で、ヤツから聞かされて無ければただの田舎に来たのかと錯覚してしまいそうだ。歩くだろうけど、近場には小さな村がある。先ずはそこを目指すべきか?


少し悩んで居ると、鍵を開けた時の様な声が頭に響く。声は優しく綺麗で、まるで我が子を慈しむ母の様に語りかけてきた。



《ようこそ、異世界の方。この世界ラ・エミエールは生命の大樹と呼ばれる樹がある、そちらで言うファンタジーな世界です。地球とは勝手が違うので少し危ない所もありますが、観光気分で遊んで行って下さい》


「は、はぁ‥」


《わたしの名前はエミエール。この世界を創った女神。皆からは母神、とも呼ばれて居ます。詳しい事はわたしの子供達が、何をすれば良いのか困った時は導きの鍵が教えてくれるでしょう。では貴方に、大樹の導きがあらんことを》


「はぁ‥、は!?」



優しい声音の人は言うだけ言って終わりらしい。あの後何分か一生懸命話し掛けたけど、返事が返って来る事は無かった。女神とか言ってたし、忙しいんだよ。と納得する事にした。摩訶不思議なあり得ない体験なのだし、無理にでも。


後ろを向けば、扉の形に開いていた空間は綺麗さっぱり無くなって居り、帰るならまた何処かでこの鍵を回さなければいけないのだろう。今更ながら、詳しく問い詰めなかった事を後悔してきた。もう遅いけど。



「取り敢えず、あそこにある村に行ってみるか‥」



来てしまったのだから、潔く腹を括らなくては物語りが始まらない。片手に持っていた運動靴を思い出した様に履き、銀細工の鍵は首から下げる事に決定。きちんと肩にはメッセンジャーバック掛けてるし、無くした物は無いな。


地球とは勝手が違うから少し危ないとか、観光気分で大丈夫とか言ってたよな。後はこの鍵が導きの鍵?まぁ、今の俺にはどうする事も出来ないので保留。


しかし、幾ら本気にしてなかったとは言え、本当に異世界に来れるとは。帰ったらヤツに電話して‥、って携帯はおろか固定電話すら無い家だったな。次会ったら根掘り葉掘り聞いてやろう。そう心に決めた。先ずは無事に帰る事が出来るか否か、なんだろうけど。


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