第四章㉖
クラインはペンを手に取り、さらさらと名前を書く。これから大金を手にできるという緊張のせいでわずかに手が震えてしまい、いつもの通り綺麗に書くことは出来なかったが、署名は完了し、後は判を押すだけ。
商人が無くしてはいけないものが三つある。一つは自分の命。命なくして、巨万の金は得られないからだ。もう一つは人脈。いくら金を稼ごうと、幅広い人脈が無ければ、情勢の変化や物価の変動に対応できないうえ、社会的には死んだも同然になってしまうからだ。
最後の一つは、今まさにクラインが押さんとしているこの判子。この判子は、商会に所属し、クラインのような貿易業従事者ならば誰もが持っているものだ。
今や本人であることを確認するのにサインが主流の西方で、わざわざ班が用いられているのには勿論れっきとした理由がある。
いつだったか、ポルトギア王国内の全ての商会が集まった会議において、ポルトギアの商会に属する商人はこの判子を持つことが決定されたからだ。よって、この判子が無いと、今回のような証書による取引や協定をすることが出来なくなってしまう上に、再び作ってもらうには多額の手続き金が要るようになった。
そして、これは絶対に他人の手に渡ってはならない。取られそうになったらすかさず壊すことが鉄則となっている。理由は簡単で、この判子があれば契約や取引が自由にでき、実際に商会がしていない契約でも簡単に結べてしまうからだ。害が及ぶのがほとんど本人の身となるような仕組みがあるとはいえ、盗んだ判子を使われるのは商会の信用にかかわる。
だから大抵この判子を持つ商人はこの判子を服の内側に頑丈に縫い付けておくか、体内に入れたりしている。クラインは前者で、普通には気づかれないようなところに入れている。
これを押せば、良い。クラインはゆっくりと、確実に力強く判を押した。手を放すと。赤色のインクが色濃く神に付着していた。
判を押し終われば、とっさに判子をしまい、ただの紙かられっきとした証書に変わったそれを改めて見直す。
「……これでクラインさんは、たった今、金貨一千枚を手にされた」
「そうですね」
またテストです。どんだけテストが好きなんだうちの学校は。




