第四章⑮
ネウはそう不思議そうに言っていたが、竃の中で蒸し上がった馬鈴薯の包みを開け、中からもうもうと上がったおいしそうな白い煙を見るなり、満足そうに微笑んだ。ライサがいさめようとしなければ、思いっきりがっつこうとしたあたり、その馬鈴薯をクラインやライサに分ける気はさらさらないと見える。
「ある事にはある」
「そりゃそうよね。人間、完璧に信頼なんてできないもの。あ、ライサ。バター、ある?」
「ありますよ。冷ましてから食べて下さいね」
ライサが馬鈴薯の上に、小さく切ったバターを一切れ乗せてやると、ネウは嗅いだ者の涎を無意識に誘う旨そうな香りに舌鼓を打ち、そのままかぶりつこうとするも、ライサに言われたことを思いだし、何度も息を吹きかけて冷まそうとしている。
ネウが言った言葉は無造作に放り投げた矢の様だったが、投げられた矢はクラインの胸に深く刺さった。
「本当に、大したことじゃあないんだが……」
だが、心配事が無いと言えばそれは嘘になる。
二つある心配事のうちの一つは、先にネウに話した通り、ウルバーノがそのまま契約金を持ち逃げする可能性だ。金貨十枚と言えば、都市の住民が十年暮らすには十分な金額だ。日頃、金貨や高価な銀貨を使う仕事であるからあまり大した金額ではないように思えてしまうが、本当なら腰を抜かすような大金だ。
金貨十枚で暮らせるうちの一月もあれば、早急に船をだし、上手いことクラインから逃げて、そのままのうのうと西方の地方都市で平穏無事にその後を暮らすこともできるだろう。
もう一つは、何故もっと早くウルバーノはこの街から脱出しなかったのだろうか、と言う疑問だ。これはウルバーに話を聞いていた時に訊いておくべきだった問題だった。
どういうものかと言えば、クライン達が普通に検問を通ってこの街に来た通り、町の住民の出入りは海賊に金を渡せば、行き来が可能となっている。それも少し高い金額だが、ウルバーノが両替のために持っている海賊金を一つでも港に停泊している船に乗った海賊に渡せば、この町からはいつでも脱出できる。
それなのに何故、ウルバーノは「クラインと組む」ことでこの街から脱出しようとしているのか。そんな疑念だ。
それが分からないうちは、ウルバーノの提案を鵜呑みにはできない。例え何かまともな考えがあったとしても、クライン以外の交易商人なら、数は少なくとも間違って、或いはまだ情報を聞かないうちにこの街に来た者もいたはずだ。
夏休み終了です。惜しむものも無いですね。




