第四章⑥
やはり、海賊に占領されたことによる影響はかなり大きいようだ。不謹慎だが面白いのは、ウルバーノやアルメンダリスの様に損をする人物がいる一方で、この酒場の主人の様に得をする人物もいるという事だ。
そして、老人特有の癖なのか、何かを食べているかのように顎をもそもそと動かしつつ、海賊たちがずっと一つの街に留まることなどまず有り得ないので、その日までの辛抱だとウルバーノは語った。
「まあ、食事を少し抑えれば多少はましになるんですが」
ウルバーノは大きな袋の中から見るからに固そうな黒パンを取出し、金時計を汚さぬように、と時計を外して服の内側へ入れ、左手でむしゃむしゃと食べ始めた。黒パンは味も臭いも無い麦のもみ殻を粉にして作ったために、小麦で造られたふわふわのパンと比べると格安だった。
「毎日、こんな食事でしてね、飽きるのも早いですし、何より硬くて」
「そうですか。歳をとると、歯が弱くなると聞きます。パンも、倉庫の奥にしまっておけば柔らかくなるのではないですか?」
「生憎とその倉庫も壊されてしまいまして。置くにも場所がないのです。それに、お腹が空いているのは人間だけではありません。置いておけば、ネズミどもに食われてしまうでしょう」
ウルバーノは顎に蓄えた髭の中で口をもごもごと動かして、黒パンを咀嚼した。
不味そうに見えたが、そんなことは別段、クラインには関係が無い。理由は、当たり前だが、自分がそれを食べるわけでは無いからだ。
こっちには、儲けた金で手に入れたふかふかした小麦のパンと、岩塩を砕いた塩がたっぷりと効いた美味い肉がある。
他人から見れば、クラインの食事をウルバーノに分けるべきだ、という声が上がるかもしれない。
確かに、クラインも相手が商人でなかったら何の臆面も見せずに相手の腹がある程度膨れるくらいの量の食事は分け与えるだろう。
だが、相手は交易商人ではないといえ、両替商という立派な商人だ。
商人が、最も嫌がる事とは何か。それは、他人から施しをもらうことだ。
仮に詐欺にあって破産寸前になろうと、海賊や盗賊に運悪く全財産を巻き上げられて無一文になったとしても、商人達はまだ自分でどうにかできる限りはパンの一かけら、豆の一粒、銅貨一枚でさえ他人に恵んでもらうことはしない。
勿論、その前には自分の持つありとあらゆる人脈を使って融資を請うが、それはいつか必ず返却しなければいけないし、間違っても「施し」といった相手に対する憐みの表れではない。
商人が他人に恵んでもらうときは、商人を辞める時だ。
それほどまでに、商人は他人から恵んでもらうことを極端に嫌う。例えそれが、今のような状況であっても、不変である。誰に教えられたわけでもない。商人として生きることを選んだ時から、自然と理解できるようにはなっていた。
「近場で一獲千金の噂でも流れていればいいんですけどね。そんなこと、ほとんど、いえ滅多に聞きません」
勉強が不安です。
世界史なら出来るんですけど。




