第四章⑤
「この金時計を売れば少しは良いものを食う事が出来ますが、これはその妻の形見でして。これを売る時は、私ももう二度と両替商なんぞ出来ないくらいに老いた時でしょうな」
「そんな。それだけ冗談を言えるのでしたらまだまだですよ」
「いやいや、老いは貴方が思っている以上に恐ろしいものですよ。音も無く忍び寄り、気が付けば体は動かない」
クラインは、温かいまなざしで、右手に持った細い鎖付の金時計のネジを巻いているウルバーノに笑いかけた。余程愛着のある金時計なのだろう。朽ちることのない永遠の金属と言われている金の輝きでさえも、深いウルバーノの記憶や思い出でかなり色あせているように窺える。
それにしても、相手が両替商であったことは、クラインにとって都合がよかった。
なぜなら、貿易商人と両替商は持ちつ持たれつの関係にあり、交易商人は国から国へと旅をするので、商売をするためには通貨の両替が必要になる。
そして両替商はそんな交易商人たちを相手に商売をする。双方が双方を必要としているために都合がよかった。
この人と関係を持っても、悪い事はなさそうだ。クラインはそんな計算を頭の隅に置き、ウルバーノに商売用の笑顔を向けた。
「ほほう、貿易商人ですか。いいですねぇ。そうすると、今まで、さまざまな国や地方を回ってこられたのでしょう」
「ええ。北方や啓典の民の国なんかには結構行っていましたよ。といっても、まだ新大陸には行けていませんが」
クラインも様々な国や地域に商売しに行ったとはいえ、流石にまだ外洋を越えての遠洋貿易にはこぎつけられていない。シンドへ向けての航海が終わったら、新大陸を目指してみるのもいいかもしれない。きっと、新大陸には先住民が蓄えた沢山の金銀財宝や高価な香辛料がどっさりと眠っているのだろう。
「そういえば、もうこの街の商館へは行きましたか?」
「ええ。セウタで買ったサルタナが大当たりでしてね。今、こうして美味い物を喰っているのも、その儲けのおかげです」
そうクラインはウルバーノに笑いかけながら、手元の豚の串焼きに手を伸ばした。豚肉が串いっぱいに刺されているこの串焼きは、高級品の胡椒が味付けに使われており、ピリッとわずかに辛かった。自分で儲けた金で食う飯は、やはり美味いものだ。
「羨ましいものですなあ。海賊どもが多少、略奪してきた金貨や銀貨を両替してくれることはあっても、もともとの利益に比べれば微々たるものです」
もうすぐ期末テストです。
不安しかありません。




