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幻想見聞録  作者: 藤宮周水
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第二章①

 もし、今ここで戦争が起こり、この都市が攻城兵器や艦砲射撃でも受けて壊滅して消えて無くなってしまえば、税関に関税を払わなくて済むのだろうか。

 そう考えたのはクラインがセウタの、税関庁舎の応接室で検問を受けているときだった。

無事セウタの港に着いたは良いものの、流石、貿易の一大拠点とあって手続きが面倒くさいことこの上ない。多くの質問と積み荷の確認といった手続きがあった。ここばかりは、ライサや乗組員に任せるわけにはいかないので、艦長であるクライン自ら税関の建物に赴くことになった。

 それにしても仮に検閲が甘かったりしたら、きっと今頃ここは麻薬商人や海賊がはびこる密輸の大拠点となっていただろう。ポルトギア国王のお膝下にそんな犯罪都市があっては、国王もたまったものではないことは容易に想像がつく。

 クラインがリシュボアの港を出てから既に二日と半日が過ぎ、日は西に傾いていた。窓から差し込む西日が、丁度港に停泊しているクラインの船の姿を影絵のように映し出していた。

 もうすでに出航後の積み荷の確認や書類の検閲の大半は過ぎていたので、税関担当の衛兵もクラインが渡した書類をまとめにかかってきた。

「えーと、全員で三百八十人……リモーネ銀貨四十枚。王家の独占交易品は積んでいないようだから、積み荷の税金はレニーア金貨六枚だ。さあ、現金か現物か」

 現物ならば、金は支払わなくて済むが、代わりに積み荷で金額の分だけ、持って行かれる。クラインはリモーネ銀貨と呼ばれる、ポルトギア王国の有力銀貨四十枚を衛兵の手に置いて、答えた。

「銀貨四十枚なら、今ここで。積み荷の税は、積み荷のサフランを一箱で良いですよね?」

「ああ、妥当だ」

 レニーア金貨という、これもポルトギア王国の有力金貨にして六枚は重過ぎる税金だが、国王の直轄地で貿易の中心地でもある為、仕方が無い事と言えた。

 黒髪のがっちりとした体格の衛兵はクラインの手渡した銀貨を一つ一つ指差して、羊皮紙にサルタナの箱一つ分の額を書いている。おつりは金貨一枚だ。クラインは衛兵からレニーア金貨を一枚受け取り、懐にしまった。

衛兵が身に着けている鉄製の胸当てには、ところどころ傷やへこみがあるために今までに何度かこの都市を守ってきたか、遠くの異教徒との戦いに駆り出されたりしたのだろう。人間の外見だけでも、その人間の半生が分かるあたり、自分もだいぶベテランの域に達してきたな、と悦に入ってしまうが、それはうぬぼれと言うものだ。人間と言うものは自重しないと何処までもうぬぼれてしまうあたり、人間を作った神様も意地悪をしたものだ、とクラインは皮肉な笑いを浮かべる。

普通、大都市の城門や帝国のしっかりとした税関であればもっと細かく関税を取る。人は勿論、積み荷や交易税、時には艦船自体に関税がかかることもある。が、ここは未開の南方大陸、開発中心都市のために税金こそ重いが、そこまでの細かい税金は取られなくて済むようだ。

「……あっ」

「どうしました?」

力加減が強すぎたのか、衛兵が書き込んでいた、かなり何度も使い込まれたように窺える黄ばんだ羊皮紙が破けてしまった。羊皮紙は通常、一回の書き込みで捨ててしまう消耗品なのだが、ケチな人間は何度もインクを消し、又書き直すので破れてちりじりになってしまうくらい使いこまれると、暖炉に投げ入れる木炭と見分けがつかなくなる。

そして、衛兵が面倒臭そうに取り出したもう一枚の羊皮紙に書き込んでいるその間に、クラインは衛兵に話題を持ち出そうとした。が、クラインが話を持ちかける前に衛兵の方が先に話し始めた。

「……ったく、いつまでもこんな破れやすい羊皮紙なんかじゃなく、東方の「紙」ってのを用意して置いて欲しいぜ」

「そうですか。……まあ、確かに紙は破れにくく、インクが滲みにくいことで有名ですからね」

相手から愚痴を聞いて、商売に必要な情報を引き出すのも、貿易商人であるクラインにとっては実に容易く、基礎的な作業だ。こんな相手より、もっと重要で、利権に関わる情報を、もっと引き出すのが難しい相手が目標になったことだって何度もある。

「お前も商人なら、俺のところにもそれを持ってきてくれよ」

 衛兵がこちらに頼み込むようにして話しかけてきたので、ここでクラインは軽く皮肉を叩いておく。勿論、相手が不快にならない程度の軽いものだ。

「あなたがどこぞの大富豪よりも多くの金貨で買い取ってくれるのでしたら、売って差し上げても構いませんよ?」

 いくら都市の守備を任された高給の軍人といえど、都市の税関を守る衛兵が紙を一枚買おうとすれば少なくとも一ヶ月はワインを控え、黒いパンと味の薄い豆のスープで過ごさなければならない。

こんな税関を守備する衛兵の給料で紙なんか買えるわけがない。クラインはそれを知っていた上でそう言ったのだ。ただ、紙を扱っていたとしても、丈夫さで知られる羊皮紙を破ってしまうような衛兵に売る気などさらさら無いのは当然と言える。

「なんだ。そんなんなら売る気が無いのと同じじゃねえか」

「いえいえ。お金さえ払ってくだされば、売って差し上げますよ。……あ、そうそう。ところで近頃、街に行けば騎士団が、港に行けばガレオン船が多く見かけますが、もうすぐどこかの国と戦争でも始める気なんでしょうか?」

「ははっ、戦争か。なら良いな。俺ももっといい場所に配属されるかもしれんしな。だが、同盟国のイスバニア帝国の無敵艦隊にかなう軍などいない。そんな国と同盟を結んでいる国に戦いを挑む国があるわけねえだろう? 真相はな……なにやら、海賊退治のための軍隊らしい」

「と、言うと?」

 クラインは衛兵の気に障らないようにしながら、わざとらしく話に首を突っ込んだ。海賊の話ならば少しは興味がある。


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