第一章⑤
たった、それだけのことでライサはクラインを自分の主人としてだけでなく、自分を救ってくれた神にも等しい存在として慕っているのだ。
クラインにしてみれば、馬鹿馬鹿しかった。無論、自分がだ。
ライサがそれだけ自分を慕っているのに、自分はそれに値しない行動をとって来た。例を挙げれば数えきれないほどに。
「はあ……」
「どうされました?」
「いや、何でもない。いつものため息だ」
物憂げな顔つきでため息をついたからか、ライサが心配そうに近寄ってきて、声をかけてくれた。クラインはそれに小さく笑みで返すと、再び机の上の書類に焦点を当てた。
それにしてもこのところ、意味も無い独り言とため息が多くなってきているような気がする。クラインは気にしつつも、独り言とため息を止められなかった。年寄り程、こうした意味もない独り言が多くなるとはよく聞く話だが、クラインの年齢でこうも独り言が多くなると自分は老けているのかと、鏡を見る機会が多くなったのも否めない。しわは見えるか見えないか程度だが、生気は本物の老人の様に薄かった。
いろいろと考えなければいけない機会が増えたからであろうか。ふと、こうして海を舞台にした商売を始めようと思ったのも、まだ修道院に通っていた頃からの夢だったからなのだろうか、という考えが頭をよぎった。昔の自分と今の自分は違う。そう割り切っても、それが本当なのは紛れもない真実だ。
夜もさらに更け、これ以上起きていても何の得もない。ライサを先に寝かせ、クラインはランプの灯りを消すと同時に事務机の椅子に座り直し、子供が授業中に寝るように、顔を机に伏せて眠りについた。
短めでした。