第三章㉝
「ほう! 学者の卵ですか。いいですねぇ。夢があります。して、どこの学校を?」
「そ、それはですね……」
「イスバニアのナポーレ修道学院よ」
「修道学院!」
ナポーレはイスバニア帝国領の属領のある半島に属する都市のことだ。元々は南半島を支配する大きな王国の王都だったそうだが、イスバニアによって征服され、属領の総督府がおかれている。
そのナポーレ修道学院は、対して目立つような特色があるわけでもなく、偉大な科学者を生み出したわけでもないごく一般的な小さい修道学院だ。ナポーレと言う都市の名は有名でも、その都市の修道学院ともなれば地元の人間くらいしか知らない。クラインが知っていたのも、昔、たまたま小耳にはさんだことを偶然覚えていただけのことだ。地名や修道院の名前なんかは、ひょんなことから、教会がらみの物資輸送等の依頼が来ることもしばしばあるので、覚えておいて損は無い。
「修道学院ですか……! なかなかに教養のあるお嬢さんですね」
子供が、しかも女性が修道学院で学んでいるのは非常に珍しいのは何処の国に言っても変わらない。女性は大抵が一生を村や町で過ごすので、教養があって、なおかつ旅をしている女性と言うのは特に珍しい。アルメンダリスが特に大きな驚きを見せたのも理解できる。
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね」
「そんな。私は正直に思っていることを述べたまでですよ」
アルメンダリスはにこりと小さな笑みをネウに向けた。対し、ネウも可愛らしい笑みを返す。
勿論、ネウの学歴が真っ赤な嘘であることは火を見るよりも明らかである。しかし、何故ネウがそんなところの修道学院を知っていたのかは興味をそそられる。訊いても恐らく気分を悪くするような内容ではなさそうだ。
だが、今気にするのはそんな些細な事ではなく、商談の方だ。
とにかく、アルメンダリスがネウの正体を知っていたかどうかはまだ分からないが、難局は通り過ごしたように窺えた。
「さて、こんなところで立ち話もなんですし、二階の応接室で取引の話でもしながら、紅茶でも飲みますか? 丁度、東方から輸入していた紅茶があったんです」
「ハハ、いえいえ。私のような商人は一階の交渉室の方で良いですよ? 別に、そこまでのお得意様と言うわけでもないですし」
クラインが少し遠慮したのにはもちろん意味がある。
二階は主に商館長の寝室や対外貿易などの商談に使われる部屋で、まず、中を見ることはできないからだ。通常の貿易商談であれば、吹き抜けの奥の通路の先にある商談室を使うのが一般的と言える。向こう側から案内してくれると言うのも滅多にないどころか有り得ない事なので、少し警戒している、と言うのが本音だ。
遠慮したクラインに、アルメンダリスは笑顔を崩さぬまま、いや、単純な話なのですが、と切り出した。
卒業式もまじかに迫ってきました。




