第三章㉚
大抵の都市で、これほど大きな商館にはクライン程度の商人が三十年と船に乗らないと手に入れられないくらいの金貨が目まぐるしく出入りする場所である。
そんな建物には様々な商売方法や、様々な国籍を持った人々が、例えるなら、行商人から交易商人、海に面した大都市では船を持った外国の商人までもが商談のためにやってくる、血気盛んな場所となる。まさに、船も商会の規模や財力を測るには解りやすい物差しだが、商館の大きさこそが明確にその商館を構える商会の規模と財力、信用に比例すると言っても過言ではない。
ただ、海賊に占領されたこの都市の商館だけはどうも違ったらしい。
綺麗に原木を加工して作られた木の扉を開けると、一階と二階が吹き抜けになっている開放感のあるロビーがクライン達を迎えた。綺麗で小ざっぱりとしたロビーだが、人気は無い。
「おお、久しぶりのお客様、ようこそお越しくださいました!」
「ディオーネ商会のガーボヴェルディ支店は、此処でしたかね?」
「ええ、ええ。勿論ですとも! ……おや? ああ! クラインさんでしたか? いやはや、これはこれは」
扉を開けると、ロビーの奥の方で棚の資料か何かをめくっていた背の高い男が、クライン達に気付くと、両手を広げて歓迎してくれた。
「そちらの美しい女性は……ライサさんでしたね」
「覚えていただいて、有難い限りです」
ライサは深々とお辞儀をし、礼を言った。前から思っていたことなのだが、もしかするとライサは俺より礼儀正しく、客からしてみれば受けが良いのではないだろうか。それもそうかもしれない。こんないかにも性格の悪そうな男と、若々しくて礼儀正しく華のように美しい女性と、どちらが評判がいいか。当然、後者だ。自分だって、後者を選ぶ。
「海賊たちに占領されてからここ数ヶ月で数える程しか人が来ませんでしたからねえ。クラインさん。首を長くして待っていましたよ」
「そんなに期待されても、売値は下げられませんよ」
「勿論ですとも。こちらも、こんなお世辞で安く買いたたけるとは夢にも思っていませんよ」
玄関から誰もいないロビーとテーブル席を通り抜けると、この商館の長であるフランシスコ・アルメンダリスが、一通り目を通したのだろうか、読んでいた書類をテーブルの上に置き、歩いてきた。
「一年前の取引では、儲けさせて頂きました」
「いえいえ、クラインさん、あれは貴方の提案でしょう。私はそれに手を貸しただけです」
アルメンダリスは首を振り、性格の良さを匂わせる笑みを作った。
一年くらい前、この町がまだ海賊に占領されていなかった頃にクラインはアルメンダリスと手を組み、銅鉱石の取引を成功させたことがあった。それ以来、クラインはガーボヴェルディでの商売はアルメンダリスを相手にすることが多くなったから、顔見知りの仲になっていた。
「で、本日は何を卸していただけるので?」
「これです」
クラインはあらかじめ荷台から小分けにした一袋出しておいたサルタナの詰まった袋をアルメンダリスに見せた。すると、アルメンダリスはそれを眼鏡越しに興味深く凝視した。
「……なるほど、良い香りですね。さぞかし高くお買われになられたのでは?」
「高いかどうかは、貴方の目と鼻が一番よくわかっているはずではないでしょうか」
「はは、確かに。否定はしませんよ。一応、褒め言葉として受け取っておきましょう」
そう、アルメンダリスは唇の端をわずかに歪ませた。しかし、そこで近眼のアルメンダリスは、一年前よりも人数が一人多くなっていることに気付いた。
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