第三章㉘
燃えて焦げついた街路樹にもたれかかる恰幅よく太った中年の男性は、服装から察するにもとは貴族だったのだろう。だが、もはやこの惨状ではそこいらの乞食と何の変りもない。兵士か傭兵ならその腕でまた立ち上がれもするだろうし、船乗りなら海賊になって又海に出ることもできようが、貴族は金と地位が無ければ、つまりこの貴族の様になってしまえばもう二度と立ち上がれないだろう。
ふとクラインが空を仰いだ先に、遠くにたたずむ折れ曲がった教会の尖塔が見える。ガーボヴェルディの中心にそびえたっていた、教会の跡だ。クラインが以前ガーボヴェルディに来た時に見た、その白塗りの教会は海賊たちの格好の標的となってしまったらしく、見るも無残に小さな尖塔と焼けた瓦礫のみとなってしまった。低い建物が並ぶこの街でその教会はよく映えたものだが、今ではその跡地が意外に広かったことに気を留める以外に何も感じはしない。
しばしの間三人は無言で歩いていたが、その無言がネウには耐えられない苦痛らしく、二人のうちのどちらかに応えてもらおうと言葉を紡いだ。
「……貴方、何よここ。みーんな気息奄々として。喰う気が萎えるわねぇ」
「元気だったら、喰う気でいたのですか?」
「ええ、まあ。でも、こんな人間を喰ったって、おいしくなさそうだから食べないけど」
「あらあら」
何気に聖職者が聞いたら悲鳴を上げそうな会話が成立していたが、ネウはそんなことを微塵も気にせずに、陰鬱なるガーボヴェルディ市街を見つめながらため息をついた。ここにはもう、誰が異端だの異教徒だの言う人間はもう、いないのだ。
「今だから堂々とそんなことが言えるが、なるべく吸血鬼に関連するような話は控えてくれないか? この街だったら……まあ大丈夫だろうが、教会に目を付けられると厄介だ」
「あ、はい。わかりました」
「えー」
ネウに言ったつもりだったのに素直に了解してくれたライサとは違い、ネウには言い分があるようだ。
「教会に追われたなら、追ってきた奴らを喰えばいいじゃない? 年老いた身とはいえ、まだそのくらいの気力はあるわよ?」
まだ年端もいかない幼い少女が自分のことを「年老いた身」と言ったのが何気に面白かったが、クラインは注意を続けた。
「お前はそれでいいのかもしれないが、俺としちゃあ、今後の商売活動に影響が出て、交易を続けられなくなる。……勿論、お前の旅にも同行できなくなってしまう」
「む……」
クラインが最後の言葉に力を入れて言うと、ネウはその意図に気付いたのか、視線をクラインから逸らした。
「確かにここで喰っても構わないけど……」
「喰うことが前提になってるぞ」
あたかも今からそこにいる人間を食べて見せようと言わんばかりに鋭くとがった牙を見せるネウをいさめる傍ら、ぼろぼろに黒ずんだ石炭のような銅貨を一枚、右側に見えた細い路地に投げた。ここまで黒ずんだ銅貨はもはや価値を持たないに等しく、捨ててしまっても何ら問題は無かった。
合間をぬっての投稿です。




